第24話 カントリーロード-24

 絹代がためらいながら何かを言おうとしたとき、呼ぶ声が聞こえた。

「上杉さん」

二人がはっとして振り返るとそこにはトレーニングウェア姿の葵がいた。

「おらけ?」

鉄子は自分を指さして言った。

「え?そうだけど」

「いや、こっちも上杉だから」と絹代を指さしながら言うと、

「おらのことはテツでいいだ」

「テッちゃんね。今日はどうしたの?大河内君の応援?」

「ん、いや、洗濯してたら何か声が聞こえたで、来てみたら会長さんが試合やってただ。それで、いとこのキヌちゃんと一緒に見てただ」

「そうなの」

「葵さんはなにしてるべ?」

「あたしは今日はクラブなんだけど、その前にちょっと応援に来たの」

「会長さんだな」

「うん。そう」

「会長さん、結構うまいんだな。おら感心して見てただ」

「うちのサッカー部も結構強いのよ。野球部ほどじゃないけど」

「葵さんはクラブはなにやってるだ?」

「あたし?あたしはテニス部」

「うまいのか?」

「ん…、まぁまぁってところじゃない」

「じゃあ、たいしたもんだ」

「そう、ありがとう。今度はテニス部の応援にも来てね」

「ん、そうするだ」

「じゃあ、またね」

 葵は校庭へと去った。にこにこしている鉄子とは裏腹に、絹代は沈んだ表情をしていた。そんな絹代に鉄子はようやく気づいた。

「どうしただ?」

「…あの人、葵さんなのね」

「そんだ。生徒会の書記の葵さんだ。いい人だ」

「…テッちゃん知らないのね。あの人と大河内君は恋人同士だっていう噂よ」

「へ?ほんとけ?んー、そう言われりゃ、そんな感じもするだな」

「だから、いいのよ。あたし、見てるだけで…」

「んだども、噂だろ。ひょっとしたら違うかもしれねえだ」

「でも、お似合いじゃない。サッカー部のエースとテニス部の副キャプテン。おまけに、二人とも生徒会役員だし」

「はぁ~、そんただことかぁ。そりゃ、まぁ、そうかもしんねえ…」

「もう、あたしのことなんて覚えてないだろうし…、いいの」

「思い出してもらえば、いいだ」

「いいのよ。もう、お節介なんだから」

「んだども、もったいねえだ、なんにも言わねえのは」

「むこうは秀才だし、葵さんも頭いいし、…あたしなんか」

 俯いて小さく見える絹代を前に、鉄子は頭を抱えてしゃがみこんだ。あぐらをかいて、頭を掻きむしりながらしばらく思案していた。そして急に立ち上がると、絹代の顔を覗き込むと、にんまり笑いながら言った。

「じゃあ、勉強教えてもらうだ」

「何言い出すのよ」

「そんだ、それがいい。勉強教えてもらって、思い出してもらって、仲良くなる。これが一番いいだ」

「もう、よけいなことはいいのよ。第一恥ずかしいじゃない。あたしはバカです、って言ってるみたいで」

また鉄子は黙り込んだ。空を仰ぎ見ながら思案すると、言った。

「おらも一緒ならいいか?」

「え?」

「おらも一緒に勉強させてもらうだ。キヌちゃんはおらの保護者ということで、付き添ってくれればいいだ」

「…そんな」

「おら、理科は得意だ。国語もまぁ大丈夫だと思うだ。んだども、田舎育ちだから社会はよくわかんねえ。英語は嫌いだ。数学は、まぁどっちでもねえ。おらの社会復帰のために、キヌちゃんだけじゃ大変だから、会長さんに頼むってことで、どうだ?」

「そんな…こと…」

「そうだ、それがいいだ。ついでにキヌちゃんも勉強見てもらうだ。な、そうしよう」

「イヤよ。そんなの…わざとらしいじゃない。やっぱり、イヤ」

 絹代は鉄子に背を向けたまま強くそう言い切ると、あたし帰る、と言って立ち去った。鉄子は頭を掻きながら絹代を見送った。

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