第5話 カントリーロード-5
ごそごそする物音に気づき、絹代は目覚めた。まどろみの中で鉄子が部屋をそっと出て行くことを悟った。何時だろうと思い、枕元の目覚まし時計を取って見ると五時半だった。
「なによぉ、こんな時間に」
絹代は背を丸めてもう一度布団にもぐり込んで眠りに戻った。
コンコンとノックがすると、鉄子が部屋に入ってきた。
「キヌちゃん、朝だよぉ」
鉄子が窓のカーテンを開くと、日差しが部屋一杯に光を運んでくれた。絹代は寝ぼけたまま起き上がると、ニコニコと立っている鉄子を見た。
「おはよ」
元気良く挨拶する鉄子に呆れながらも、おはよ、と挨拶を返した。七時だった。毎日この調子なんだろうかと思いながら、鉄子が制服を着ていることに気づいた。
「あ、テッちゃん、それ、制服?」
「わかったぁ。いいでしょ、おばさんが用意してくれたんだぁ」
「ん。いいね」
まだ寝ぼけていた絹代は生返事のまま、起き上がって着替えはじめた。
「おら、こんな制服に憧れてたんだぁ。んでも、スカートなんて、なんか、たよんねえな。スカスカして」
「履かないの?」
「何年ぶりだろ、わかんね」
「昨日の荷物も小さかったけど、着替えは別に送ってくるの?」
「んん、あれだけだ。下着とシャツとズボンと、あと歯ブラシと鉛筆と消しゴムくらいだ」
「あれで全部なの?」
「ん、そだ」
「タンスとか本棚とか、あと鞄とか靴とか」
「ない」
「学校行くのにどうするの?」
「どうするって?」
「教科書とか体操服とか、リコーダーとか」
「そんなの風呂敷で充分だ。おら、三枚持ってる」
一瞬で眠気が吹っ飛んだ絹代は、無垢に微笑んでいる鉄子をただ見つめるしかなかった。風呂敷で登校する女子中学生の図を想像するとともに、その奇っ怪な女子中学生と一緒に歩かなければならないことを考えるとぞっとした。しかも、一つに入りきらなければ、二つ三つと風呂敷を携えている制服姿の女子中学生、それはテレビのバラエティ番組の罰ゲームのようだった。しかも、朝丘らにいじめのネタを提供しているようなものだった。絹代は慌ててタンスからデイバックを引っ張り出した。
「ね、これ使っていいよ」
ピンクのデイバックを差し出された鉄子は満面に喜びの感情を表して受け取った。
「いいんか、これ借りて」
「いいのよ。今度の日曜にでも、新しいの買いに行こ」
「おら、風呂敷でいいんだども、でも、こんなので、制服着てガッコ行くのもカッコイイしな、…借りてもいいか?」
「いいわよ、どうぞ」
はしゃぎ回る鉄子と一緒に絹代は食卓についた。
「今日はちゃんと起きてきたわね」
「ん、まぁね」
「いつも、今日みたいに起きてくれれば助かるんだけど。この子、朝が弱くてね」
「だって…低血圧なのよ」
「テッちゃんなんて、六時前に起きてきたのよ。ひとりで」
「そんなの、無理よ」
「テッちゃん、いつも早起きなの?」
「ん、おら、だいたいいつもお陽さんが出たら起きんだ」
---野生児、と絹代は思いながらパンをかじった。鉄子は、ニコニコしたままバッグを見ている。
「テッちゃん、ご飯は?」
「ん、おら、もう食べただ」
「もう?」
「ん、おら、ハラが減ってたんで、先にいただいただ」
「昨日あんなに食べたのに?」
「ん」
呆れる絹代と直之とは裏腹に、美津江はニコニコして見ていた。
「子供はそのくらい元気でいいさ」と直之が取り繕ったが、絹代はますます野生児という印象を持っていった。ふと、気になったので、
「何枚食べたの?」と訊くと、
「おら、パンは嫌いだから、ご飯にしてもらっただ。三杯だけど」
「ホント、よく食べるから楽しくなっちゃう」
母の言葉は絹代の耳に入って来なかった。あたしの一日分を一食で食べてる、と思うと食欲がなくなってきた。
「テッちゃん、それ絹代のでしょ?」
鉄子がニコニコしながらデイバッグを抱えているのを見つけて美津江が訊ねた。
「ん、貸してもらっただ。おら、風呂敷しかねえから」
「あ、そうね、鞄がいるわね」
「今度の日曜にでも買いに行きましょうよ」
「また、この子は何かねだるつもりね。まぁ、いいわ、テッちゃん、おばさんがいいの買ったげるわ」
鉄子はまた満面に笑みを浮かべながら、あんりがとう、と言った。
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