第6話 カントリーロード-6
直之と絹代に続いて鉄子はマンションの外に出ると、背中のデイバックに目を遣りながら嬉しそうにくるりと回ってみせた。絹代はそんな鉄子が妙に可愛くて仕方なかった。
「似合ってるよ、テッちゃん」
「そっかぁ」
そう言いながら、鉄子は照れ笑いを見せた。直之も二人の様子を微笑みながら見ていた。
「いい天気だな」
直之がそう言うと、二人は空を見上げた。
「ホント、真っ青な空。ね、テッちゃん」
絹代の問い掛けに鉄子は怪訝な顔を見せた。
「どうしたの?」
「ん、空が……青くねえ」
「そう?」
鉄子は空を見上げたまま、沈んだ顔をしている。
「いい天気だと思うけど」
「ん、いい天気なんだけど、違うんだ。空が、霞んでる…もやがかかってるってったらいいんかな」
「まぁ、スモッグのせいだろう。一時よりはだいぶ少なくなったんだが」
「テッちゃんトコってそんなに空がキレイなの?」
「んにゃ、ここが…きれいじゃないんだ」
沈んだ表情の鉄子に絹代は不安になった。
三人は学校着くと、直之は鉄子を連れて職員室へ行った。絹代は別れて、階段を上がる途中で同級生の古木に会った。
「おはよう」
「おはよう。ね、キヌちゃん、今日一緒に来てたの、誰?」
「あ、あれ、いとこのテッちゃん。転校してきたの」
「そうなの、同じクラスなの」
「パパはそう言ってたけど」
「よかったわね、キヌちゃんが一緒だと、あの子も」
「ん…」
「どうしたの」
絹代には不安があった。朝丘らがどう反応するかが、怖かった。
ホームルームの時間に緑川由起子先生が鉄子を連れて入ってきた。あいかわらずデイバックを背負ったままだった。周りから、特に朝丘の周りから、くすくすという笑い声が沸いてきた。鉄子は昨日初めて会ったときと同じように、目を輝かせてすっくと立っていた。
由起子先生が促してバックを下ろさせて自己紹介を勧めた。鉄子は、慌ててバックを下ろすと、挨拶をした。
「おら…あたし、上杉鉄子と言います。よろしくぅ、お願いしますぅ」
大きな声だった。はっきりとした挨拶だった。それがかえって鉄子の訛りを強調してしまい、朝丘らの間から笑いが漏れた。
「おら、だって」
「訛ってるわよ」
「ヘンなの」
口々に話し声が湧き出てる中で、由起子先生が黒板に鉄子の名前を書くと、鉄子はまた大きく頭を下げ、
「よんろしくぅ」と挨拶をした。
また笑いが漏れた。しかし、鉄子は気にすることなく、由起子先生に促されるままにいちばん後ろの席についた。嬉しそうにバックから真新しい教科書を取り出して授業の用意をする鉄子を、みんなが盗み見ているように感じて、絹代は俯きながら小さくなっていた。由起子先生が出ていくと入れ代わりに一時間目の赤松先生が入ってきた。そのまま授業が始まって、絹代は少しほっとした。
一時間目が終わると、朝丘は仲間に目配せをして、鉄子の周りに集まった。取り巻いた朝丘らを鉄子はきょとんとした顔で見回しながら、
「どしただ?」と訊ねた。
くすくす笑いながら鉄子を見ている連中の中から朝丘が話し掛けた。
「はじめまして、あたし、朝丘というの。よろしくね」
差し出された手を鉄子は驚いたように見ると、照れくさそうに朝丘の顔を見た。朝丘は目配せをして、さぁと合図した。鉄子は照れながら恥ずかしそうに握った。と、朝丘は叫び声を上げた。慌てて手を振りほどくと、きっと鉄子を睨んだ。
「あんた、何考えてるのよ」
「おら、そんなに強く握っただか?」
「あぁ、痛ぃ。バカ力ね」
「きっと田舎で百姓でもやってたんでしょ」
「ん、そだ。おら、うちの畑だけじゃなく、高橋先生んちの田圃も手伝ってただ」
「なに、ホントに百姓なの」
「んだ」
「『んだ』だって。変なの」
「変…か?」
「まぁ、いいわ。許してあげるわ。でも、絹ちゃんの家に住んでるんでしょ。絹ちゃんも大変ね」
朝丘は振り返って絹代を見た。そっと様子を伺っていた絹代は目線があって、はっと顔を逸らした。朝丘は勝ち誇ったような顔でそんな絹代を見ていた。
「これから、仲良くしましょう」
「ん、よろしく。でも、ごめんな、そんなに痛かっただか?」
くすくす笑いが溢れる中で鉄子は周りが気になりながらも朝丘の顔を見た。朝丘はにっこり微笑んでしっかりと頷いた。鉄子は少し気後れしながら、照れ笑いをした。と、振り返って朝丘は鉄子から離れた。そして絹代に近づいた。
「いいわね、素敵ないとこが来て」
絹代は硬直したまま動けなかった。朝丘は絹代の様子を一瞥するとそのまま自席に着いた。朝丘の取り巻きが鉄子の周りでくすくす笑っていると2時間目のチャイムが鳴った。ばらばらとみんなが席に戻ると、山元先生が入ってきた。絹代はじっとしたまま、動けなかった。得体の知れない気分が重くのしかかってきていた。
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