第4話 カントリーロード-4
絹代が鉄子を部屋に案内すると、もうベッドの横に布団が敷いてあった。鉄子の食事がなかなか終わらなかったので、その間に用意しておいたものだった。鉄子は持ってきていた風呂敷包みをポンと布団の上に乗っけるとそのまま引っ繰り返って、大の字に寝ころんだ。
「あーっ、満腹満腹」
オヤジみたいな台詞だと思いながら、絹代はクスクス笑った。鉄子はそんな絹代を見て身を起こすと、何かおかしいか、と訊ねた。
「んん、別に」
「そっか」
また訛ってると思いながら、絹代は楽しくなった。
「あんのさ、キヌちゃん」
いきなり、キヌちゃん、と呼ばれて戸惑いながらも、絹代は笑みを浮かべながら鉄子に応えた。
「ガッコ、難しいんか?」
「編入?編入は大丈夫だってパパが言ってたわよ」
「んにゃ、勉強。なんか、進学校っだって聞いたから…」
「勉強、ダメなの?」
「だって、おらんとこ、中学生なんて全部で四人しかいなかったんだ。二年はおらとカッちゃんの二人だけ」
「カッちゃん、って?」
「川越のカッちゃん。勉強なんてなんもできせん。中学出たら、家のリンゴ園やるって言っとった」
「へぇ、リンゴ園?素敵ね」
「んにゃ、カッちゃんとこはたいして大きくねえから、あんまり儲かんねえ」
「テッちゃんのお父さんは何してたの」
「おらの父ちゃんは、ガッコの先生さしてたんだ。っても、時々山さ下りて、講師やってるだけだから、ほとんど山ん中で百姓やってたようなもんだ」
「何教えていたの?」
「タヌキ」
「え?」
「タヌキの生態を、大学で教えていただ」
「へぇ、大学の先生なのね」
「ん、まぁな」
「学校って、さっき小学校と中学校と一緒だって言ってたわよね」
「ん、一応、小学生と中学生は別の部屋だけど、先生は交代で五人の先生が回ってくるんだ。んだども、一日の半分くらいは父ちゃんに勉強教えてもらってただ」
「他の先生はどんな人なの?」
「高橋先生は、えらい爺ちゃんで、おらのいってた分校の校長先生なんだけど、大体小学生ばっかり教えてる。おら、あの先生に理科だけ習ってた。川越先生はおばちゃんで、大体なんでも教えてくれてた。うちの父ちゃんも、理科、国語、数学、技術、体育…あとなんだっけ、社会も教えてくれてたかな。それから」
「楽しそうね」
「ハハ、みんな遊んでっから、授業中ずっと。先生も、ここ勉強しとけよ、つうて、それで終わり、あとはしょぉもねえ事、べらべら喋ってた」
「なにを?」
「今年のリンゴの出来はどうだの、熊に会わないようにするにはどうしたらいいかとか、ヘビの捕まえ方とか、色々」
「ヘビなんて、どうするの?」
「食べんだよ。食わねえか、こっちは?」
「ヘビなんて、動物園でしか見たことない」
「そっか?おらんとこなんて、なんぼでもおるよ。マムシ捕って暮らしてる権三なんて人もおるし」
「マムシなんて、おいしいの?」
「マムシは業者に売るんだ。薬かマムシ酒にするんだって」
「なんか、聞いてるだけで寒けがする」
「ヘビ、嫌いか?」
「嫌いよ。あんな変な気持ちの悪いもの」
「ま、ちょっとなまぐさいけんどな。結構おもしろいんだ、こう、ぐるぐる回しても、なかなかあいつら目を回さねえんだ」
「ちょっと、もうやめて」
「ん、ごめん」
「でも、うちの学校は結構厳しいわよ。成績なんか掲示されたりするんだから」
「はぁあ、そりゃえらい学校だ」
「上位成績者だけだけどね。でも、普段の授業もきついし、ちょっと成績が悪かったら、土曜日補習よ」
「へえぇ、そんなに勉強して面白いんかね」
「面白くはないけど、でも、勉強は大事だから。高校に行けなくなっちゃう」
「そっか、なら、おら大丈夫だ」
「どうして?」
「おら、高校行かねえから」
「じゃあ、どうするの?」
「おら、郷里に帰って、働く」
「高校行かないの?」
「義務教育までで、充分だ」
「でも……、なにするの」
「なんでもいいんだ。…おらの、父ちゃん、タヌキの生態調べてたんだ。おらも、そんなのやりたい。ちょっと、働いて食えりゃ、それでいい」
「でも…、…そんなの、へんだよ。みんな高校行くのよ。それで、楽しく高校生活するのよ…。したくないの?」
「おら、タヌキやヘビのほうが、おもしろい」
「…でも」
「キヌちゃんは、ここの生活が合ってるんだ。おらは、おらの郷里の生活が合ってるんだ、たぶん。今はまだ未成年で、義務教育を受けなきゃなんねえ。しかたないんだ、身寄りもねえし」
「嫌々来たの?」
「んん、そんなことはねえ。キヌちゃんもいい人だし、キヌちゃんの父ちゃんも母ちゃんもいい人だし、おら、ありがたいと思ってる。ただ、やっぱり父ちゃんの好きだった山が好きだ、おら」
「…そう」
「それに、ちっとは街の生活にも興味あったしな。ずっと、おら、田舎育ちだから。新幹線にも乗ってみたかったし、まぁ、明日からも楽しみだ」
「そうね。あ、あたしお風呂入ってくる。テッちゃんはほんとにいいの?」
「ん、おら、いい」
「そう、じゃあ」
絹代が風呂から戻ってくると、鉄子は着替えもせずに布団の上に大の字になってもう眠っていた。まだ九時なのにと思いながら、鉄子の下から掛け布団を引きずり出し、そっと掛けてあげた。鉄子は熟睡していて大口を開けて寝ている。ベッドに腰掛けてそれを見ているだけで、絹代は楽しくなってきた。妹というより弟みたいだ、と思いながら濡れた髪をタオルで乾かし、明日からの生活が楽しみになってきた。
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