第20話 成果発揮
ふふふっ、とうとう来たなこの時がッ……!
時刻は進み5時間目。
今日最後の授業となるその科目は「体育」
過去の俺は体育が大の苦手だった。
体力もないし、体も固いし、運動音痴だし、と1度目の人生は運動に不向きな体をしていた。
しかし2度目は違う……!
なんたって夏休み期間中はほぼ毎日ランニングに打ち込んでいた。(夏休み中両親が頑張り過ぎを心配することがあったので週2で安息日を取っていたので「ほぼ」なのである)
バージョンアップし、糸崎翔2.0となった俺は一味違う。
そんな俺が挑む体育授業内容は、50メートル走。
小学生といえば足が速ければ男女問わず一目置かれ、そうでなければ見向きもされないという実力社会。
今回の50メートル走の結果が俺の小学校生活を左右すると言っても過言ではない。
今までの俺なら緊張しているか、虚勢を張っているだろうが、今だけは違う。
今この瞬間だけ、俺は自信に満ち満ちていた。
なんせちゃんとこの日のためにランニングだけでなく短距離に向けた瞬発力のトレーニングもしてきたのだ。
備えは万全。
絶対的な自信を持てるだけの努力をしてきたのだ。
後は成果を発揮するだけである。
ふふっ、クラスメイトの驚く顔が目に浮かぶようだ……!
「フフ、フフフ」
男子更衣室の用途を持つ空き教室でクラスメイト男子らが学校指定の体操着に着替え紅白帽を被っている中、俺は一人不敵な笑みを浮かべていた。
「お、おいカケル。なに一人で笑ってんだ? 悪いもんでも食ったのか?」
「フフフ、フフフフ」
「……?」
◆
5時間目始業のチャイムが鳴った。
その時には既にクラスメイト全員がグラウンドに男女別の出席番号順に座って並んでいた。
ちなみにうちの学校の体操着は男子が白い半袖Tシャツに藍色の短パン、女子が同じ上着で赤色の短パン、と男女で差別化が図られている。
「はいっ、皆さん揃いましたね。ではまず準備運動をしまーす」
ジャージ姿の実里先生が笛をぶら下げそう指示すると、児童らは立ち上がり等間隔に広がる。
小学校の先生というのは全科目担当しなければいけないから大変だよな。
俺は児童の前に立って準備運動をする実里先生を見て、他人事ながらそう思う。
一体何年ぶり、下手すれば十何年ぶりにやったラジオ体操第一は存外体が覚えているもので、周りの行動を真似せずともできた。
そうしていい感じに体がほぐれ、迎えた授業本番。
50メートル一直線のレーンが2つ。
男女それぞれ出席番号の奇数偶数で別れ、左レーンが奇数の若い順に右レーンが偶数の若い順に走ることとなる。
男子が先にやり出席番号の若い順でやるこのやり方なら、出席番号三番の俺が走るのは左レーンでの二番目となる。
まあ結果が良ければやる順番など関係ない。
問題は右レーンの相手だろうな。
俺と同じ二番目で走るのは、出席番号四番今井君。
彼は小学生低学年向けのサッカークラブでエースとして活躍しており、クラスの中では断トツのスポーツセンスを持っており、当然足も速い。
しかも中性的で均整の取れた顔立ちをした、いわゆるアイドル顔だ。
サッカークラブのエースで足が速くておまけに美少年とか、なんていうかもう色々反則だろと苦言を呈したくなる。
こんなにわかりやすいモテ男設定が詰め込まれた奴もまた珍しい。
かたや俺は運動音痴のただのボッチ。
正確にはボッチではないが、クラスメイトからの評価はそれと同等だろう。
もはや勝負結果は目に見えている。
これはタイムを図る目的のものであって競争ではないが、授業の趣旨と児童が注目するものが必ず同じとは限らない。
いくら速いタイムを出したとしても敗者であれば存在は霞んでしまう。
目立つには勝つのが最低条件。
しかし壁はあまりにも高い。
自信満々だと言っていたが、正直彼に勝てる見込みは極めて低い。
——だが、高い壁を乗り越えればそれだけ得られるものは大きい。
もし何の期待もされていなかった俺が彼に勝利したなんてことがあれば、クラスメイトからの注目度は凄まじいものになるだろう。
むしろ好機と受け取るべき状況。
今なら強い相手を前にしてワクワクしているアクションマンガの主人公の気持ちがわかる気がする。
高揚感で鼓動が高鳴るのを感じ、順番が来るのを待つ。
「相田君11,1……青木君11,7秒。——じゃあ次、糸崎君と今井君」
早々に回ってきた順番。
緊張と期待の2つが入り混じり、鼓動はより早く脈打つ。
「糸崎ゼッタイ負けるよな」
「だって相手は今井君だもんねー」
クラスメイトの憐れむような声が聞こえてくる。
今はむしろそれが心地良いくらいだ。
なんせその期待を大いに裏切れるのだからなッ——!
「位置について」
立った状態で右足を後ろに引いてやや前のめりになるスタンディングスタートの姿勢を取る。
「よーい」
胸の高鳴りは最高潮に達し、固唾を飲む。
「……——ピィー!」
「——ッ!」
スタートの笛が鳴った瞬間、両者駆け出す。
序盤のスタートダッシュは完璧といっていい程の同時。
そして10メートル地点までは目立った差はない。
瞬発力はほぼ互角、こうなれば残りの距離をどれだけスピードを加速させ続けられるかのスタミナ勝負になる……!
力の限りで体を動かし、アキレス腱が引きちぎれそうなほど強く地面を蹴った。
それでも今井君とは差を付けられることができない。
——しかし、俺もまた彼に差をつけていない。
30メートル地点にて全く差がつかないのだ。
この時点でもう足の速さが互角であることを知った。
もはや勝つにはゴールの一瞬に賭けるしかないッ!
0,01秒でも早くゴールラインを通過する。
それが残された勝利の道!
両者一歩も引かない走りを見せ、10メートル、9メートルとどんどんゴールまでの距離を詰めていく。
既に隣の今井君を見る余裕などなく、ただひたすらに足を走らせた。
そうして残り5メートルとゴールライン目前で、最期の力を振り絞りレーンを駆ける。
少しでも……! 少しでも先に前へ!
——……そうして辿り着いたゴールライン一歩手前。
俺は一瞬でも先にと可能な限り上体を前に突き出し、ゴールラインを超える。
通り過ぎざまに聞こえた実里先生による判定結果は——。
「今井君9,5————糸崎君9,5秒」
結果は、——同着。
ズゴオオオオオオオオオ!! とそのまま勢い余ってヘッドスライディングを決める。
そ、そうだ。これは所詮小学校の計測であって、本格的な短距離走の大会じゃない。
大会で使われるようなタイム計測器も、ビデオ判定だって当然ない。あるのは先生の目視での判断と、100円均一で売っているようなストップウォッチだけ。
0,01秒でも早く。なんて言ったがそれだけの差異なら同着扱いになってしまう。
勝利でも敗北でもない。
な、なんとも言えない結果になってしまった……。
不完全燃焼な気持ちでうつ伏せになった状態から四つん這いになり立ち上がろうとする。
残念ながら今回のチャンスは逃したことに——。
と諦めかけていた時だった。
「糸崎お前スゲーな!」
「足あんなに速かったなんて知らなかったぞ!」
「うんっ! まさかクラスで一番速い今井君と同着なんてビックリだよ!」
列を作っていたはずのクラスメイトらがこちらに駆け寄り、俺に賞賛の言葉を掛ける。
俺はその光景をポカーンとした顔で眺める。
この50メートル走。俺は勝敗に拘っていたが、別に勝たなくてもよかったのだ。
クラス一速いあの今井君と僅差であること自体が賞賛されるべきことで、それが同着ともなれば周りからの高評価は十二分に得られる。
俺は勝たずして、目的を果たしたのだ。
ま、マジか……。
あまりに唐突に得られた好感度に喜び勇しむこともできない。
だが、俺の中には確かに嬉しい気持ちが宿っていた。
「いい走りだったよ。糸崎くん」
一緒に走った今井君は四つん這いになった俺に手を差し伸べ、爽やかな笑顔を浮かべる。
「あ、ありがとう」
俺はその手を取り、立ち上がる。
成果が現れた瞬間だった。
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