第19話 品行方正
事件が収束した翌日。
一大ブームと化していた「ホワイトドラゴンバラバラ死体事件」は、もはや児童の記憶から抹消されていた。
ただでさえ興味の移ろいやすい児童だ。仕方がないと言えばそうである。
事件が収束し、しかもそれがカラスの仕業なんてつまらないオチだったなら、一日も経てばすっかり忘れてしまう。
まあ俺にとってはこれが臨んだ終幕だ。
誰も傷つかずに、尚且つ児童はすっかり忘れている。
一切のあと腐れがない理想的な終わり方。
だがこれで俺はまた一人ぼっち。
そう思っている人も多いだろう。
確かに俺もこの事件が収束すれば俺に向けられた注目もきれいさっぱりなくなることとなり、ボッチ生活の再スタートを切ることになると思っていた。
今この昼休みも一人で無為に過ごすはずであった。
だがしかし!
なんとびっくりそうならなかったのが、現実である!
そう、俺はもうボッチにあらず。
なんせ俺にはもう友達がいるのだッ!
彼とは肉体的には同い年だが、精神的には20歳以上年の差が離れている。だが年の差なんて友情の前ではただの数字でしかない。
友情とは年齢の壁を超えるもの。小学一年生と友達になった俺がまさにそれを立証した。
「おーい、カケル。聞いてんのか?」
これで俺もボッチ卒業かぁ……。
思えば長い日々だった。
「シカトすんなよ。おい」
なんたって28年間もボッチとしての人生を送ってきたのだ。
長い年月を経てようやく手に入れた人生初の友達。
俺はしみじみと友達がいるこの喜びに浸っていた。
いやぁ~、友達がいるというのは良いものだなぁ……。
「……——おいッ!」
「わっ! え、な、なに!?」
「さっきからずっと話しかけてるだろうが」
「あ、そ、そうだったの? ごめん、林太」
俺と対面するように椅子の前後を逆に置き背もたれに胸で寄りかかって座っているのは、俺の友達一号である砂川林太であった。
喜びのあまり上の空になってしまい話を全く聞いていなかった。
「それで、何の話だっけ?」
「……いやぁ……なんていうかさー……」
俺がそう聞き返すと、林太は小恥ずかしそうに視線を逸らす。
「お、お前さ、……ミズイのことどう思う?」
周りの目を気にするように一旦辺りをキョロキョロ見渡してから、耳打ちでそう聞いてくる。
「水井って、水井ヒメさんのこと?」
クラスメイトの水井ヒメ。
このクラスに水井という苗字の児童は彼女を除いていないため、十中八九水井ヒメのことだろう。
彼女の話を振られたためか、教室の隅でクラスの女子数人と談笑している水井さんに視線を向ける。
生活態度に勉強に運動と全てが完璧な彼女。
それだけではなく大人顔負けの落ち着き払った性格に、将来は絶対にモデル級の美人になるであろう有望なルックスだ。
人生がゲームのように能力パラメーターがあったなら、きっと彼女はすべての分野でカンストしているだろう。
その水井さんの話が林太の口から出たなら、理由は一つであろう。
「あ、ああ、——い、言っとくけどおれが気になってるとかそんなんじゃねえからな!」
「わ、わかってるよ」
聞いてもいないのに早口でそう言い訳される。
本人は頑張って隠しているつもりなのだろうが、俺から見ればバレバレだ。
この行動からもわかるように、彼は水井さんのことが好きなのだ。
というか、彼だけではなくクラスの男子の大多数は水井さんのことが好きだ。
小学一年生男子なんて単純だ。可愛い女子がいればほぼ無条件で好きになる。
俺も一度目の小学一年生では彼女のことが好きだったのかもしれない。
流石に今は好きではないがな。
小学一年生女児を好きになる28歳男性。なんて字面だけでもういろいろアウトだ。
友情に年齢差は関係なくても、年齢差の愛情は一歩間違えば犯罪だ。
まあ現在の俺の体なら合法ではあるが……。
だがいくら何でも小学一年生を恋愛対象に見ることはできない。
これでも中身はおっさんと言っても差し支えないからな。
「別に好きとかそういうのはないよ」
「だ、だよな。……ふぅ」
林太は心底安心したような息を吐く。
失礼かもしれないが、林太は意外と純情なんだな。
正直水井さんは高嶺の花と言うか、そうやすやすと手の届きそうな存在ではないため、林太の恋は言っては悪いが成就する見込みはないだろうな。
だがまあ陰ながら応援してやろう。
友達として。……友達としてな(ここ重要)。
——友達というワードを強調して決意を固めていると、
「おい、ババア水井。またろーじん会でも開いてんのかよっ」
一人の男子児童が取り巻き二人を連れて水井さんに絡んできた。
それに対して水井と一緒に話していた女子児童たちは怪訝そうな様子で暴言を吐く彼を見る。
見ない顔だな。もしかして他のクラスのやつか?
わざわざ違うクラスにまで乗り込んでちょっかいをかけに来るなんて、随分と水井さんにご執心な様子だ。
説明するまでもないだろうが、彼もまた水井さんを好いている人間の一人なのだろう。
そのことは彼の行動で丸分かりである。
小学生男子が女子にちょっかいをかける行為など、もはや求愛行動と同じだ。残念なことに裏目に出てしまうのだけど。
小学生男子と言うのは何とも不器用な生き物だ。
ちなみにババアと言う悪口は、「大人びている=年より臭い=ババア」というこじ付け的な発想から生まれたものと推測される。
幼稚と言うか安直と言うか、なんとも小学生らしい悪口だな。
「ちょっと隆二! あんたまた来たの!」
水井さんと話していた女子が好戦的な姿勢で応戦する。
どうやら彼、隆二君は1度や2度ではなく常習だったようだ。なんとも熱烈なことだ。
「テメェにはカンケ―ねえだろ!」
「関係なくないもん! わたしたちヒメちゃんの友達だもん!」
「知らねえよバァアアカ!」
「バカって言った方がバカよ!」
「うっせえブスッ!」
「ぶ、ブスじゃないもん!」
「ブスはブスだろうが! ブぅース!」
隆二君の方はひたすらに少ないボキャブラリーで暴言を吐き続け、好戦的なクラスメイト女子の方はその低俗な暴言が堪えたのか半ベソになっている。
このままだと大喧嘩に発展しそうだな。
今は昼休み中ということもあって抑止力となり得るはずの先生が不在だ。
俺もこの喧嘩を止められる自信はない。
だって俺コミュ障なんだよ? コミュニケーションレベル1くらいの雑魚なんだよ?
それが喧嘩の仲裁なんてできるわけがない。
逆に俺みたいなのがあの激しく燃え盛る喧嘩に突入すれば、自身に飛び火するか、ガソリンを注ぎ込むような結果になってしまいかねない。
できることは傍観、もしくは喧嘩という火が消えるように雨乞いをするくらいだ。
エスカレートしていく喧嘩を止められる人物はこの教室にはいない。
——かのように思われた。
俺がテルテル坊主でも作ろうかと考えていたときだった。
「二人共、喧嘩はやめて」
隆二君と女子Aの間に割って入ったのは、水井さんだった。
落ち着いた口調で宥めるように仲裁する。
「美香ちゃん。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、あんまりアツくなり過ぎちゃうのは良くないよ。私はそんなに気にしてないから。——それと美香ちゃんは十分可愛いよ」
水井さんは持参したハンカチで女子Aこと美香ちゃんの潤んだ瞳を拭い、優しく諭す。
しかも傷ついた美香ちゃんのフォローまでするなんて、惚れ惚れする神対応だ。
「隆二君。女の子にそんな酷いこと言っちゃダメだよ。女の子はとっても繊細なの。せめて言うなら私だけにしてくれない?」
更に隆二君に対しては彼の自尊心を傷つけないように優しく注意し、自己犠牲的な提案をして見せた。
「ひ、ヒメちゃんがそう言うなら」
「チッ、もう行こうぜ」
水井さんの仲裁により美香ちゃんは矛を収め、隆二君は自身のクラスへと撤退した。
「……すごいな」
思わず声に出してしまう。
それ程に感嘆すべきことだ。
俺が言うのもなんだが、とても小学一年生とは思えない。
実は俺と同じでタイムトラベルをしてきたんじゃないかと冗談抜きで疑ってしまう程だった。
水井さんを見ていると自分が酷く情けなく感じる。
大人びた彼女に対し、俺は劣等感を否めなかった。
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