第18話 贖罪行為

 翌日の早朝。

 事件発生から一日が経った。


「なあ、これって——」

「うん、昨日の事件のやつのことだよね?」

「まさかこれが犯人だったとはなぁ~」


 一階の多目的ホールの自由研究展示物コーナー。

 昨日ほどではないが多くの野次馬が訪れ、全員が視線を一点に集めていた。

 その視線の先にある物はかつて俺の「ホワイトドラゴン」が置いてあった場所で、今そこには一枚の張り紙が張ってあった。

 そこには、事件の真相となることが書いてあった。



【1年2組の最優秀作品を破壊したのは、校内に侵入したカラス】


      深夜に見回りの見逃しで開いていた窓からカラスが侵入。

      その後はカラスを見つけた職員が外へと逃がしました。

 

      児童の皆さんには多大のご迷惑とご心配をおかけしました。

      教職員ともども、今後このようなことがないよう見回りの強化

をしていきます。

 

 

 犯人はカラス。

それが学校側の発表した事件の真相だった。


 そして同時に、俺が考えた嘘の案でもある。


 実際には学校の窓など開いていないし、校内にカラスが侵入してもいない。

 破壊のされ方など細かなところ見ればカラスではなく人為的な破壊であることだとわかるが、小学生を騙すなら多少の粗がある嘘偽りでも問題ないだろう。

 それに、このことは教師が公表していることだ。

 一児童の俺が言うならまだしも、教師が事実として公表するならば児童は信じる他ない。

 だからこの案は俺一人ではできなかったのだ。

 ——カラスには悪いが濡れ衣を着てもらおう。(カラス「解せぬ」)


「なんだ、カラスのせいかよ」

「ちぇっ、つまんねー」

「教室行こうぜー」


 期待外れな真相に児童らはその場を去って行き、最終的には誰一人として多目的ホールに残ることはなかった。

 事件の最中はあんなにホワイトドラゴンを気にかけていたのに、いざ真相を知ればこの反応。小学生とは薄情なものだ。

 結局ホワイトドラゴンは俺にのみ弔われることとなり、生涯を全うした。

 少しだけホワイトドラゴンに同情する。

 ……あれ? そういえば俺ホワイトドラゴン何処に置いたっけ? 結局教室に放置したままだったかな?

——まぁいっか。所詮紙だし。(ホワイトドラゴン「解せぬ」)


「糸崎君」

 俺がすっかりホワイトドラゴンの所在を忘れ存在すらも記憶から消え去りそうになっていた時、多目的ホールで一人佇む俺に後ろから声を掛けてきた人がいた。


「あっ、……実里先生」

 そこには心配そうな目で俺を見る実里先生の姿があった。

「これで、……本当に良かったの?」

「はい、問題ありません」


 先生が気にかけていたのはこの結果について。

 昨日実里先生から聞いたところ、元々俺が考えていた案は教師の中でも一つの解決案として浮上していたそうだ。

 しかしそれを被害者の俺の気持ちを反故にして勝手にやるわけにはいかず、頭を悩ませていたとのことだ。

 嘘の真実を流布するなど、被害者である児童の気持ちを無視した教師としてあるまじき行為。

 というのが学校側の判断だった。

 

だが、その案が被害者の俺の口から出たなら別だ。

 俺が良いと言っているなら、教師は当然案を実行する。

 そうして現在に至る。というわけだ。


 俺からすれば願ったり叶ったりの終幕である。

 ——しかし俺の心中を知らない実里先生はいらぬ心配をしていた。

 俺が望んだ終わりなのだから何の問題もない。

 実里先生の心配は杞憂でしかないのだ。


「そう、……それならいいんだけど」

 俺の言葉に腑に落ちない感情を抱きつつも、納得はしてくれた。

 それと、先生は何か言いたげだった。

 不審な先生の様子に首を傾げていると、先生は口を開く。


「その……——ありがとうね。糸崎君」


 先生の口からは感謝の言葉が述べられた。

 身に覚えのない感謝に首は傾げたままだ。

 俺が嘘の真実を広めるよう提案したことに対する感謝なのか? 別に俺は提案しただけで実行したのはほとんど教師方、特に実里先生が頑張ってくれていた。

 むしろ感謝するのは俺の方だと思うが……。


「昨日私が砂川君を叱るのを止めてくれたでしょう? きっとあの時糸崎くんが止めてくれなかったら私は感情に任せて砂川君を叱っていたと思うの。砂川君の気持ちも考えずそんなことをした自分が今でも恥ずかしいわ。本当、教師失格ね」


 自身の行動を嘲るように、先生はそう言った。

 しかし、——


「それは違うと思います」


 俺はその言葉を否定した。


「先生は先生ができる最大のことをしました。それは恥じることでも、教師失格になることでもありません。あの場で誰よりも児童のことを重んじていたのは間違いなく実里先生です。先生が一番児童のことを考えていたことは、きっと俺だけではなく彼にも伝わっています。——だから自信を持ってください。貴女は立派な先生です」


 少しお節介を焼いてしまった。

 指導していただいている児童として、そして人生の先輩として。



「……糸崎君。…………なんだかとても大人っぽいわね。小学一年生とは思えないわ」


 その言葉に「ぎくッ!」と図星を刺されたように驚き飛び上がる。

 実際図星だった。


「なななな、なに言っているんですか先生! お、おお、俺は正真正銘清廉潔白の小学一年生ですよ! や、やだなーもぉー!」

「…………まあ、そうよね。水井さんだってすごく大人びているし、最近の小学生は私より大人なのかもしれないわね」

 先生はクスクスと笑いながら冗談交じりに言う。

「あ、あはは、…………」


 あ、危ねぇえ! な、何とかバレなかった……。

 水井さんという前例があったことは本当に助かった。

 小学一年生のフリをするのは大変だ。もう一体何回ボロを出したかわからない……。

 

 まあタイムトラベルになったなんて誰も思いもよらないだろうし、存外そんなこと誰にもバレないかもしれないな。

 それでも俺は今一度気を引き締めた。



      ◆



 5時間目が終わり、迎えた放課後。

 昨日あれだけ俺の周りを囲んだいた人だからが嘘のように、俺は一人ぼっちに逆戻りだ。

 別に昨日のあの状況に戻りたいということは決してないが、こうなってしまうのもまた悲しくはある。

 事件の騒動があったせいで俺の友人作りは全くと言っていい程進展していない。

 

「はァ……」

 思わず溜め息が漏れる。

 彼是1週間近く学校生活を送っているのに、進展ゼロなんて。

 流石の俺も落ち込んでしまう。

と、俺が落胆していると、そこに近づく一つの影が。


「おいっ」

「っ!」

 乱暴な口調で声を掛けられた。

 俺が座る席の前に立ちふさがるようにそこにいたのは、砂川林太君だった。


 声を掛けてきたその人物を知り俺は一瞬ドキッとする。

 問題児であり、俺の自由研究を破壊した張本人。

 彼のことを恨んでいることは決してないが、よく思っているということもない。

 そしてそれは、彼もまた同じだろう。


「ちょっと来い」

「……え、ちょ」

 それだけ言って歩き出す砂川君に、俺はついていくしかなかった。



 彼の後姿を追うように若干の不安を抱きながら俺は歩いていた。

 や、やっぱり自由研究絡みのことだよな?

 彼からすれば俺は自分がどうしてももらいたかった賞を横取った憎い奴。

はっ!——まさか……!

 しかも砂川君はまだ自制心がしっかり働いていない小学一年生、気に入らなければ殴り倒すという選択肢だって頭の中にはあるはず……!

 ぼ、ボコられる!?


 で、でも、彼もあのことには反省していたし、俺の勘違いかもしれない。

 そ、そうだよ。人をそんな風に考えてはいけない。

 いくら小学生と言えど暴力で物を言わせることなんてしないはず——。


「ここなら人は来ないよな」

 薄暗く人気が一切ない校舎裏で立ち止まり彼はそんな独り言を呟く。


 完全にボコる気だ!!??

 砂川君はやる気満々、いや、殺る気満々だッ!

 身の危険を感じ、逃げ出そうかとも考える。

しかし今逃げれば後が怖い。

こういった直接的なものより陰湿ないじめの方がもっと厄介だ。


こうなれば、俺も立ち向かうしかないッ……!

大丈夫、伊達によく姉貴と殴り合いの喧嘩をしていない。

俺ならいけるはず。

そうきっと、それなりの怪我で済むはず!!(既に負ける前提)

さぁ! いつでもかかってこい!


 俺が歯を食いしばると、それとほぼ同時に彼が振り向き腕を振りかざす。

「——ッ! …………………?」


 覚悟を決めて目を瞑るも、なかなか痛みが来ない。

 まさか姉貴との喧嘩の成果で鋼の肉体を手に入れたのか? それなら痛みを感じないにも説明がつく。

 しかしそんなはずないと思い、うっすらと目を開ける。


 するとそこには、一つの紙袋が差し出されていた。


「……え、えっとぉ…………」

「んっ」

 砂川君は俺と目を合わそうとせずそっぽを向き、手に持った紙袋だけを差し出していた。

 う、受け取れって意味だよな?

 そう解釈した俺は恐る恐る紙袋を受け取り、中を覗く。

「あっ、これ」



 そこには、壊れた部位が補修されたホワイトドラゴンが入ってあった。



 セロハンテープで羽や頭を付けているため、首の角度が若干おかしかったり羽の裏表が逆だったり粗はある物の、一生懸命直した形跡があった。

 間違いなく砂川君が直してくれた物だ。


「それ、こわしてごめん」

 恥ずかしさからなのか、彼は視線を合わせられないまま謝罪をする。


「それと、あのときセンセーからかばってくれてありがとう」

 同じ調子でお礼も言う。


 彼なりの誠意がこのホワイトドラゴンとその二言に詰まっていた。

 正しい誠意の示し方とは言えないかもしれないが、その気持ちは俺には十二分に伝わった。

 これ以上に心が温かくなる誠意なんて俺は知らない。

 

彼なりの贖罪。

それは確かに、俺の心に響いた。


「こちらこそ。わざわざ直してくれてありがとう、砂川君」

 俺は自然と笑みが零れた。

「……林太でいい」

 彼は少しだけ耳を赤くしてそう言った。


「そ、そう? えっとじゃあ、林太君」

「くん付けすんな。同い年だろうが」

「あっ、そうだよね。ご、ごめん、……林太」

「……んっ」


 28年の人生。


 俺は2度目の人生で初めての友達を得た。

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