第17話 犯行動機
砂川林太。
俺のクラスメイトで、クラスではムードメーカーのような立ち位置である。友人が少ない訳では無いが決してクラスメイト全員に好感を持たれる人物ではない。
というのも、彼は度々クラスで問題を起こしては先生やクラスメイトの頭を悩ませていた。
俺の過去の記憶の中で、砂川君は問題児として定着していた。
そんな彼が応接室に入って来てから数分が経った。
先生が彼の言葉を代弁し、俺の席の向かいにあるソファに並んで腰かけてからというもの、応接室には気まずい沈黙が流れていた。
砂川君は背を縮こませながら時折俺の顔色を窺い、何かを言いたげな表情をする。
そんなもどかしい態度をとっている砂川君に対して実里先生は「ほらっ、砂川君」と何かを催促するような行動を見せる。
きっと俺に謝るよう事前に伝えたのだろう。
いくら小学一年生といえど、自分でやったことは自分で謝らなければいけない。子供だからといって何でも大人任せにせず、むしろ子供だからこそこういったことを自分から言わせるのが大事なのだ。
自分から謝れない偏屈な大人にならないための教育。
だから俺は口を挟むことはせず、彼から話してくれるのを待っていた。
しかし彼にとって自分から謝罪の言葉を述べるというのは簡単なことではないだろう。
彼は少なからず俺に良くない感情を抱いていたから、あんなことをしたのだ。
動機は知られざるも、そうであることは間違いない。
それだと言うのに、そんな相手に頭を下げなければいけないのだ。
取り繕ったり上辺だけの事を言うのが易々とできない子供にとって、そのような相手に頭を下げることはさぞかし自尊心を傷つけることになるだろう。
しかし、俺が彼の謝罪も聞かずに許すのは間違っている。
これは俺だけの問題ではないからな。俺が許せば終わるような問題なら、こんな場を設ける必要さえない。
今この場は砂川君の為にあると言ってもいい。
「…………」
でも肝心の砂川君はだんまりだ。
先生もなかなか口を開かないことに困り果てている様子だ。
このままでは時間が過ぎ去るだけだ。
あまり口出しはしたくないが、やむを得ないか。
「どうして壊したりしたのか教えてくれない?」
責め立てる気持ちがないことを伝えるため、優しい声色で尋ねる。
「……そ、それは、…………」
おどおどした様子で言葉を詰まらせる。
「話して頂戴。どうしてあんなことしたのか話してくれないと先生も糸崎くんもわからないわ」
彼の動機を知らない様子の先生もまた、話してくれるように促す。
そうして少しの間を置いてから、砂川君は話し出す。
「………………お、おれ、……くやしかった」
一言目に、そう切り出す。
「自由研究、……おれ、がんばったのに、……一番取れなくて」
彼の声はだんだんと涙声になる。
俯いて見えないはずの彼の目が、潤んでいるのを感じた。
「で、でも、……さいしょは糸崎のドラゴン、……カッコいいって思った。……けど、みんなに、すげえってほめられてるの見てると、……い、イヤな気持ちになって」
ズボンを握りしめる手の甲には、涙が落ちていた。
辛い気持ちや後ろめたい気持ちを必死に押し殺し、鼻をすする声が時折混じりながらも彼は一生懸命に説明を続ける。
「そ、それで、……つ、つい、……………壊した」
「……」
決して要領のいい話ではなかった。
でも彼の気持ちはしっかりと俺に届いた。
彼が俺の自由研究を破壊した理由は、——嫉妬。
決してそれが壊していい動機になることはない。
その動機が許されるなら、全ての犯罪がまかり通ってしまう。
だから、
「そんな理由で壊したの……!?」
先生は棘のある口調で責め立てるように言った。
「あのね、砂川君。どんなに悔しくても人のモノを壊しちゃダメなの! 砂川君が頑張ったように糸崎君だって頑張ったのよ!」
先生は涙を流す彼を強く𠮟りつける。
やり過ぎにも見言える行為かもしれない。
だがこれは正しいことだ。
児童が間違ったことをすれば正すのが教師の役目。しかもそれが大人になってからやれば立派な犯罪行為になってしまうことなら尚更だ。
例え今砂川君を傷つけることになっても、反省させることが何よりも彼のためになることだ。
モンスターペアレンツという言葉が囁かれるこのご時世で、こうして児童のためにしっかり𠮟ることができる先生は良い意味で珍しい。
「悔しい気持ちは誰にだってある物なのよ! 砂川君だけが壊していい理由になんてならな——」
「先生」
「——っ。……な、なに糸崎君? 今少し先生は——」
「やめてもらえませんか」
教師として正しいことではある。
だが、俺は止めずにはいられなかった。
「で、でもね糸崎君。これは君だけの問題じゃなくて、砂川君の——」
「わかっています。わかっている上でお願いしています」
これが砂川君のための叱責であることなど重々承知だ。
しかしやはり、止めるべきだと俺は思った。
彼には叱る必要がないと思ったからだ。
「……砂川君は十分に反省しています。それは先生もよくわかっているはずです」
彼がどうしてここにいるのか。
それはきっと先生が手を挙げるよう指示した時、自分が犯人だと名乗り出たからだ。
あの状況なら嘘を吐いたってバレやしない。
ひた隠しにすればこの事件は迷宮入り、先生に叱られることも被害者の俺に責められることも決してない。
小学一年生と言えどそれぐらいのことは分かっているはずだ。
それなのに手を挙げた。
先生に叱られ、俺に責められるリスクも承知で挙手したのだ。
その理由は明白だ。
「砂川君がやったことを告白したのは、きっと俺に謝りたいという気持ちもあったからなんだと思います」
それは彼の中には少なからず俺に対する申し訳なさややったことに対する反省があったからである。
反省すべきことをしたという自覚があるから、彼は自ら名乗り出た。
「先生が叱らなくても砂川君は自分が間違っていたことをしたのはわかっています」
彼に叱る必要はないと断言した。
叱るということは反省していない人間もしくは反省の足りない人間にすべきことであり、自らその過ちにしっかり気づいているなら不要な行為だ。
それに、叱責を止めるのには俺の個人的な理由もあった。
彼の話を聞いて正直いたたまれなかった。
彼はきっと自由研究で最優秀賞をとるために夏休みを頑張ってきたのだろう。
その努力は砂川君の作品からもわかることだ。
それなのに、俺は経験という力で彼の努力をねじ伏せ、彼が得たかった賞を横取りしてしまった。
そのことに対して罪悪感を覚えないほど面の皮は厚くない。
俺は努力をしても報われない辛さを知っている。
それは決して俺だけが味わう辛さではない。そのことをもっと肝に銘じておくべきだった。
大人げない行為だったと俺もまた反省したのだ。
だから砂川君だけが一方的に叱られるのを見てられなかったというのもある。
「彼も反省している、俺も気にしていない。それなら先生が砂川君を叱る理由はないですよね」
「……それは」
正しいことをしている先生を責めるのは正直心苦しい。
先生だって泣いている児童を叱ることを快くは思っていないはずなのに、その気持ちを押し殺して叱っているのだ。
ここに絶対的な悪など存在しない。
むしろ全員が自分の正しさのために行動した。
それを全員が理解したのならば、もはやこの場は必要ないだろう。
「じゃあ、この話は終わりにしましょう」
砂川君は泣き止み赤くなった目を擦り、先生は叱る気が失せている。
終わり時と感じた俺は重くなった空気を壊そうと明るく振る舞う。
俺の気持ちも少し沈み気味なため、上手くそう振る舞えているかはわからない。
けどこの中で一番気持ちの沈みが軽度なのは俺だから、気を使う人間も俺でなければいけない。
「そ、そうしたいのだけど、……この事件はもう学校全体に広がっているの。学校側でもどうにか事件を収束させようと先生たちが手をこまねいている状態でね」
「……でも、真相を学校全体に広めるわけにはいかない。ですよね」
「ええ」
犯人が砂川君と知れれば、彼の名誉は傷つき最悪いじめにまで発展するだろう。
それだけは絶対に避けねばならない。
時間が経てば噂は風化するが、教師側としては児童たちが事件の真相解明に振り回されている現状をよく思っていないようだ。
一刻も早い事件の終息を求めている状況だ。
だが、これは大した問題ではない。
「——それなら俺に案があります」
この事件を収束させる方法。
それも誰も傷つかず、あと腐れなく事件が終わらせられる方法だ。
俺一人では決してできないが、教師が味方となれば実現可能である。
児童の期待を、ことごとく裏切ることとしよう。
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