第16話 犯人発覚

「なあ? どうやってハンニン見つければいいんだ?」

「さあ? わかんない」

「とりあえず、ゲンバケンショーしようぜ!」


 俺が見事にやらかしてから数分が経った。

 学級会は難航していた。

 まあこうなることは予想できた。

 「三人寄れば文殊の知恵」という言葉があるように凡人でも複数人集まれば案外いいこと思いついたりするものだが、小学一年生がいくら集まったところでこの難事件を解決することはできないだろう。

 指紋検証も取り調べもなしに推理だけで犯人を言い当てられる小学一年生なんてコ●ン君くらいしか思いつかない。

 それにこの事件が解決されない決定的な理由がある。


 ——俺はこの数分間彼らの言動を見てわかったことがある。

それは大多数がこの事件を楽しんでいるだけであるということ。

 というのも、別に彼らはこの事件を本気で解決しようとしているのではなく、俺のためとかかこつけて探偵ごっこをしているだけなのだ。

 被害者の俺からすればはた迷惑な話だ。お遊びのためにホワイトドラゴンの死を出しにしたのだからな。


 だがそれならそれでいいとも思っている。

 お遊びで犯人探しをしているなら、犯人自身が名乗り出ない限り犯人がわかることはない。

 それにクラスメイトが自ずと気づけば、飽きて学級会は閉幕となるはずだ。

 

まあ一番の問題はその飽きるまでの時間がどれほどかかるかということなんだけど。

例えこのクラスに犯人がいても吊し上げられる心配はなくなったが、無意味な学級会が続くという問題は解決していない。


それに学級会という問題を解決したとしても、「ホワイトドラゴン(中略)事件」に関しての問題は解決されない。

うちのクラスが事件について飽きても他の生徒がそうなるとは限らない。

どのような形にせよ、この事件は収束しなければいけない。

俺もいつまでも事件の渦中になんて居たくはないしな。


しかしどうしたものか……。

解決案はあるにはあるがそれは俺一人の力で成しえることはできない。

一体どうすれば、と四苦八苦していると。


「パンッ!」

 

 と実里先生が一度手を叩く。

 すると生徒たちはピタリと話をやめ、先生の方を向く。


「とりあえずみんな一旦席に座って。あっ、水井さんも座っていいわよ」

 先生がそう指示するとクラスメイトはそれに従い席に着く。

 先生が行動を起こしたということは生徒だけではらちが明かないと判断したのだろう。

 第一にいくら生徒が主体になる学級会でも、小学一年生に全て丸投げするのは教師としてどうなのかと思うがな。

 そうして先生は水井さんがいた教壇に立ち、話し始める。


「どうやら糸崎くんの自由研究を壊した人が見つからないようなので、これからやった人に名乗り出てもらいます。……じゃあみんな机に顔伏せて」

 何故そうしなければいけないのかという疑問を抱いた様子ながらもクラスメイトらは言われたとおりにする。

 おお、まさかこんなお決まりのことをやることになるとはな。

 最初からこれをやっとけばよかったのではと思うが、それは先生の「生徒に考えさせる」という教育方針なのだろう。


「はいっ、みんな伏せましたね。——じゃあ、先生怒らないから糸崎くんの自由研究を壊した人は正直に手を挙げてください」

 なんとも懐かしいフレーズだ。

 学校で問題が起きる度に実里先生を含めた記憶の中の歴代の先生方はよくこれをやっていた。


 だけど、それで名乗り出た生徒は一人たりともいなかったな。

 この時の先生の「怒らないから」という言葉以上に信用できないものは無い。

 いくら小学一年生と言えど馬鹿正直に名乗り出るとは到底思えない。

 

「——……はい、みんな顔を上げていいですよ」

 10秒とせずに先生は顔を上げるように指示し、誰が手を挙げたのかとクラスメイトはザワザワする。


「センセー! ハンニンはだれなんですかっ?」

 好奇心旺盛な子供は何でも聞かずにはいられず、生徒の一人がそんなことを尋ねる。

 それだと机に伏せた意味がないだろ。と思いながらも俺も少し先生の言葉に興味を示す。


「犯人は、…………………いませんでした。どうやらこのクラスの生徒ではなかったみたいですね」

 優しい笑みで先生はそう告げる。

「そんなはずないよ! ゼッタイこのクラスにいるよ!」

 しかし生徒はそのことに納得していないようだ。

 クラスメイトらは犯人推理の名探偵ごっこだけでなく、クラス内で犯人を探り合うという、いわば人狼ゲームのようなものも並行して楽しんでいたのだ。

 それなのに人狼、つまり犯人がいないというのは納得できないのだろう。


「でも、糸崎くんの自由研究は学校のみんなが触ることができる多目的ホールにあったんだよね? なら他の生徒が壊してしまってもおかしくないでしょ」

 先生は反対する生徒を優しく諭す。

 なるほど、先生は生徒たちにそのことを気づかせるためにわざわざこのようなことをしたのか。


「ま、まあ、たしかにそうかも……」

「じゃあこのクラスにはハンニンいないってこと?」

「なーんだ。つまんねえの」

「じゃあもう帰ろうぜ」

 クラスメイトに犯人がいなかったことはむしろいいことなのだが、期待外れだった彼らは肩を落とす。


 とにかく先生のおかげでひとまず学級会の問題は解決した。

 しかし根本的な問題は解決してはいない。

 この事件が収束しない限り、俺は被害者であり続けてしまう。

 時間が解決してくれるのを待つしかないのだろうか……。

 クラスメイトが次々帰宅する中、俺は椅子に座り少しばかり解決策を思案していると、


「糸崎くん、自由研究のことについてちょっと話したいことがあるから、あとで職員室に来てもらってもいい?」

「え、は、はい」

 実里先生はそれだけ伝えると、正門に向かっていく生徒たちの後を追った。

 事件絡みのことだろうけど、一体何を話されるんだろう。

 疑問を抱きながらも、俺は職員室へと向かった。


                  ◆


 職員室に訪れ事務員に事情を説明したところ、応接室に案内された。

 普段は来客に案内する部屋なのだが、今日は使用する予定がないので特別に入室を許可された。

 外部の人を接待する場なだけあって向かい合うソファやその間にあるテーブルは値の張りそうなもので、部屋全体も小奇麗であった。

 豪華絢爛とまではいかないが、公立でしかも創設30年のある程度年季の入ったこの学校の内装と比べると別世界だな。


 そして、15分ほど経った頃だろうか。

 なかなか来ない実里先生が来ないということで、勝手に茶棚を開けたり、ソファで寝転がってみたりと少し遊びだしてきたころに先生が現れ、俺は慌てて寝転がった体を起こして平然を装う。


「ごめんね、糸崎くん。待たせっちゃって」

「い、いえ、大丈夫です」

 ギリギリソファで寝転がっていたところは見られていないようだ。あ、危ない危ない。

 とちょっとだけ掻いた額の冷や汗を拭い、先生が入ってくるのを見る。


 するとそこには、クラスメイトの砂川 林太(すなかわ りんた)君もいた。


 自由研究の発表で最初にやっていた子だよな? 確かロボット作っていたはず。

 なんで彼がここに?

 一瞬そんな疑問がよぎるも、すぐに事を察した。

 自由研究の話をするのに無関係な人物を呼ぶはずがない。

 なら関係があるから彼をここに呼ばれたのだ。

 大体の見当は立っている状態ではあるが、俺からは口を開かず言葉を待つ。



「……実はね。………糸崎くんの自由研究を壊したのは、砂川君なの」



 砂川君が言うべき言葉を先生が代弁して言う。

 俯きつつもチラチラこちらを見る彼の目には、反省の色が垣間見えた。


 どうやら、見当違いではなかったようだ。


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