第21話 蹴球遊戯

「悪いカケル。おれさき帰る」

「あ、うん。わかった」

 体育の授業を終えて突入した放課後。

 昨日は一緒に帰った林太は、今日に限っては用事があるため先に帰るという。

 本来俺の下校道とは少しずれた方向に自宅のある林太はわざわざ俺に付き合って遠回りをしてくれたのだ。

 なんだかんだで優しい奴なのだ。


 別に今日だって俺が遠回りして一緒に帰ってもいいのだが、何やら急ぎの用事らしく話しながら帰っている余裕がないらしい。

 その証拠に帰りの会が終われば彼は飛び出すように教室を後にした。

 唯一の友達が先に帰ってしまった俺も特に教室に残る理由もないのでとっとと帰ろう。

 勉強だって運動だってしなければいけないからな。

 そう思い、俺がランドセルに教材を詰めて帰る身支度をしていると、


「なあ、糸崎くん」

「っ? な、なに?」

 今井君を筆頭としたクラスメイト男子数人のグループが俺の元へとやってきた。

 一体何の用な——ッ!? ま、まさかッ……!?


(俺の妄想)

「今井君と同着なんて気に入らねえなぁ」

「生意気なんだよボッチのくせに!」

「ボコって埋めちまいましょうぜ旦那!」

「ククク、俺様と同着だったことを死んで後悔するんだな……!」

(妄想終了)

 なんてことになり集団リンチにッ——。


「一緒にサッカーしようぜ」

「……………………はい?」

 唐突な誘いに思わず聞き返す。

「おれ達よく放課後のこってサッカーやってるんだよ」

「せっかくだし糸崎もさそおうと思ってさ」

「そうそう、大人数でやった方が楽しいしな!」

 …………。


 自分の汚れた考えがつくづく恥ずかしい。

 せっかくの厚意に対して被害妄想を膨らませるなんて、俺はどれほど矮小な人間なんだ……。

 いっそ自分をボコって埋めてやりたい。


「それで、いっしょにやる?」

 そ、そうだ返事をしなくては!

 自己嫌悪に陥るのは後でいい、今はとにかく返事をするんだ。

 ——もちろん答えは一択のみ。


「——や、やるよ!」


 俺が首を縦に振ると、彼らは二カッと笑みを浮かべた。


      ◆


 俺が彼らと遊ぶことを決めた。

 三対三でゴール2つを使った広いコートで目一杯遊び、——2時間ほどが過ぎた。



「ゼェ、……ゼェ、……も、もう無理」

 完全にへばった俺は地面に倒れこんだ。

 いくら体力作りをしていると言っても2時間ずっとボールを追って全力疾走していれば体力はあっという間にそこを尽きる。

 体力にはそれなりに自信があったのだけどな……。


「糸崎くん、もうバテたの?」

 今井君は地面に仰向けで寝そべる俺を見下ろし、そう尋ねる。

 彼はもちろん他のクラスメイトらもまだまだ体力に余力がある様子だ。

 す、すごいな。

 彼らはただボールを追って数回しかボールを蹴れなかった俺とは違って幾度となくドリブルや全力シュートを決めており、体力消費は俺よりも高いはずなのにへこたれている様子は一切ない。

 子供の体力は無限大というが、まさにその通りだ。

 いやまあ俺も肉体は子供なんだけどね。


「ご、ごめん。す、少し前まで、運動とか、全く、し、して、なくて」

 息も絶え絶えになりながら言い訳混じりに言う。


 やはり夏休みから体力作りを始めた者と幼少からずっと外で毎日のように遊んでいる者では、体力に大きな差がでる。

 1か月ほどのトレーニングからなる体力など、彼らを前にすれば付け焼刃もいいところだ。

 体力の底上げは運動期間の長さが命であることを今この瞬間に身を持って知った。


「じゃあそろそろ終わりにしようぜ。日もくれてきたしさ」

 一緒に遊んでいた内の一人がそう切り出す。

 確かに彼の言う通り日は傾き、辺りは夕焼けに染まりつつある。

 子供はもう家に帰る時間だ。

 

「なら今日はもうかいさんにしようぜ」

「だなぁ、俺んちモンゲンきびしいし」

「俺も帰ろ~」

 解散の流れになると校庭の隅に置いたランドセルを背負って、各々自身の帰路に就いた。

 散り散りになっていく彼らをよそに俺はまだグラウンドのど真ん中で仰向けになっている。


「今日はありがとう、遊びに付き合ってくれて」

 仰向けになる俺を見下ろす今井君はわざわざ丁寧に礼を言う。

「い、いや、俺の方こそ、誘ってくれてありがとう」

「はは、どういたしまして。またいっしょに遊ぼうね」

 爽やかな笑顔で手を振り、彼もまた下校する。


 ……俺も帰るか。

 軋む体を無理やり起こし、衣服に付着した砂を掃う。

 そういえばランドセルを教室に置きっぱなしだった。

 疲労困憊の状態ではあるが取りに行かないというわけにもいかない。

 重たい体を動かし俺は校舎の方へと足を進める。


      ◆


 上履きに履き替え、一直線に自分の教室へと向かう。

 放課後の校舎ということもあって児童はほとんど残っておらず、特に人通りの多いはずの校舎1階の廊下が閑散としている。

 これだけ広い校舎に人の姿が見えないと、まるで校舎を俺一人が独占しているような気分になるな。

 

 そんなちょっとした特別感に浸りながら廊下を歩いていると、放課後になっても解放されている図書館を見かける。

 図書館って放課後も出入りできるようになっているのか。

 図書館に立ち寄る機会がなかった俺は今日初めてそのことを知る。

 前の人生だって図書館による場面など調べもの学習ほどしかなく、存在のみを知っているというだけで馴染みは一切なかった。

 

 ……せっかくだし、少し寄ってみることにしよう。

 放課後に図書館に2時間以上も残っている児童なんてそういないはず。今なら貸し切り状態で図書館を見ることができるだろう。

 小学校の学校図書館だし中学生用の教材が置いていることはないだろうが、それなりに勉強できる書物はあるはずだ。


 そんな気持ちで足を踏み入れ、俺は陳列した本棚を眺める。

 図書館なのだから当然ではあるが、本がたくさんあるな。

 歴史書に、図鑑に、児童文学とさまざまな種類の物が、きちんとジャンル別で棚に並んでいる。

 

 カウンターを見るも司書さんの姿がない。

 少し席を外しているのだろうか?

 まあ誰もいないなら好都合だ。

 誰の目も気にせず自由気ままに物色できる。

 と、そう思っていたのだが。


 窓側の座席に、一つの人影があった。


 あれは、……水井さん?

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