第15話 断罪裁判
俺の自由研究作品こと「ホワイトドラゴン」が破壊され、それが校内全体に広まったのは一瞬の事だった。
それは野次馬から生徒へ、生徒から教師へとどんどん情報拡散の規模を広げ、事件当日の昼休みにはもはや知らない者の方が珍しいほどだ。
昼休みや休み時間にはその事件、通称「ホワイトドラゴンバラバラ死体事件」(俺が勝手にネーミングしているだけで浸透してはいない)は常に話の種となっていた。
ついには根も葉もない噂が飛び交う始末で、例えば「犯罪集団の仕業」という何の根拠もなく犯罪集団に結び付けたモノや、「製作者に殺害予告としての意味をはらんだ犯行」という制作者本人としては笑えないモノや、「ブラックドラゴンの逆襲」とかいう訳の分からないモノまでもが一説として浮上している。
そんな推測が建てられるほどにこの事件は反響を呼び、生徒全員がこの事件の真相を知りたがっている。
そうなれば当然、事件の渦中にいる俺は、
「ねえ糸崎くん、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫」
「糸崎くんがガンバって作ったのにはんにんヒドいよ!」
「お、俺はそんなに気にしてないよ」
「殺し屋が来てもブラックドラゴンが来てもおれがたおしてやるから安心しろよ!」
「う、うん。ありがとう」
過去一の注目を集めていた。
昼休みの今はたくさんのクラスメイトが俺を取り囲み心配だったり、励ましだったりの言葉を掛けてくれる。
——確かにこの状況は、俺が望んだものだ。
だが正直全く嬉しくない。
この注目は俺が人気になったからというわけではなく、単純に話題の事件の被害者という立場が故のものである。
それに小学一年生に気を遣われるというのは、大人としてとても複雑な気持ちだ。
なんだか自分が情けなく感じる……。
状況は望んだものだが、それに至るまでの過程や動機は不服なものなのだ。
まあどうせこの状況も、今日で終わることだろう。
所詮は物一つが壊れただけの事件だし、被害者の俺はそのことを気にしていない。
これは本来すぐに収束するはずだった話だ。それが1週間も1か月も続くはずがない。
どうせ飽きやすい小学生のことだ。翌日になれば事件のことなんてすっかり忘れているということになるかもしれないな。
なんて俺は楽観的に考えていた。
——だがしかし、それだけでは終わらない。
◆
6時間目を終えて迎えた放課後。
帰りのホームルームでそれは行われた。
いつもなら教壇には担任の実里先生が立っているのに、今日は先生は教室の隅に座り、代わりとして水井さんが立っていた。
そういえば水井さんは学級委員長だったな。
クラスの中で誰よりも大人な彼女はまさに適任だろう。
しかし一体何が始まるっていうんだ?
週に一度学級委員長がホームルームを取り仕切る制度なんてあったか?
疑問を抱きながらも俺は自分の席に座って教壇に立つ水井さんを見る。
そして彼女はゆっくり口を開く。
「それではこれから緊急学級会を始めます。議題は糸崎くんの自由研究についてです」
………………へ?
きんきゅうがっきゅうかい?
唐突に始まった学級会に目が点になる。
俺のホワイトドラゴンが議題ってことはあの事件のことだよな?
でもなんでそのことでわざわざクラスメイト全員呼び止めて、しかも学級会なんてものまで開かなければいけないんだ?
ま、まさかとは、思うが、〝あれ〟をやるんじゃないだろうな?
俺は嫌な予感を覚えつつも、進行を続ける水井さんに耳を傾ける。
「学級会ということで進行は学級委員長の私が勤めます。
そして今回の学級会の目的は糸崎くんの自由研究を〝壊した人〟を見つけることです」
予感が的中した。
嫌な予感の時に限ってよく当たる。
未来って本当理不尽にできているよな……。
俺が言った〝あれ〟とは、〝犯人探し〟のことだ。
どうして俺が犯人探しを嫌がるのか。
それはその行為が限りなく無意味だからだ。
理由はいろいろある。
何度も繰り返すようだが俺はこの事件について気にしていないし、犯人を咎めたいとも思っていない。
それに犯人を見つけ断罪することに一体何の意味があるのか。反省させる目的にしても学級会でつるし上げるようなことはどの過ぎた行為だ。そんなことをしても被害者が2人になるだけ。
所詮は子供の悪戯。成長して行けば自ずとこのようなことはしなくなる。ならば今回の事件は許してあげるのが犯人のためと言える。
——そして最も学級会が無意味な理由として。
犯人がこのクラスにいないかもしれないということ。
確かに俺に恨みを持ってやったことなら俺と少なからず関わりのあるクラスメイトを容疑者にするのは分かるが、そうではない場合だってあり得る。
だってそうだろう。
俺の自由研究は多目的ホールという誰でも出入り可能という場所にあったのだ。
ホワイトドラゴンの無残な死骸からして事故で壊してしまったということはなさそうだが、全く無関係な人間が悪ふざけで故意に壊したという可能性もある。
犯人のいないところでする犯人探しほど無意味なものなどない。
なんせ探し人はいないのだからな。
しかしそのことに気づく生徒はいない。
クラスメイト全員犯人探しにヤッケになっており、視野も思考も狭まっているのだ。
その事に気づいているであろう実里先生は今回、傍観に徹している。
先生は多分生徒に自主的に気づかせたいのだろうが、俺からすればいい迷惑だ。
やはり生徒の中で唯一気づいている俺がそのことを伝えなくてはならないのか……。
正直、ハードル高いなぁ……。
俺はまだクラスメイトとまともに話すこともできない。
それだというのにいきなりやる気になっている皆に対して一人で反対意見を言うなんてそんなことが果たして俺にできるのだろうか。
いやでも、やるしかないよなぁ……。
渋々ながらも俺が緊張した面持ちで口を開こうとすると、
「そうよ! やるべきよ!」
え?
「そうだそうだ!」
へ?
「糸崎くんカワイソウだもん!」
いや、ちょ、……ちょまてよ!
俺が言うより先にクラスメイト達は一致団結する。
これだと余計に言い出しにくいじゃないかッ!
「なぁ! 糸崎もやるべきだと思うよなッ!」
名前の知らないクラスメイトの男子が俺にそんな言葉を振る。
オイやめろ! このタイミングでそんなこと聞かれたら首を横になんて振れないだろうが!!
しかもクラスメイト全員俺に注目してしまっている。
全員が俺の答えを待っている状況に、不幸にもなってしまったのだ。
これじゃあますますNOと言いにくいじゃないか!
あの名前の知らないクラスメイト男子は絶対許さん!
正当な怒りを男子Aに向けながらも俺はこの緊急事態に困惑する。
とても反対できる空気ではない。
だ、だが、言うしかない。
気づいているのは俺だけだ。ここで言わなければこの無意味な学級会は延々続いてしまうかもしれない。
言うんだ! 「この学級会をやる意味はない」と言ってやるんだ!
掌に浮かんだ汗を握りつぶすように強く拳を作り、精一杯の勇気を振り絞る。
俺なら言える、絶対言える!
お得意の自己暗示で無理やり口を開かせる。
「こ、………………そ、…………そう……だね…………」
何故言えない俺ェエエエエエエエエ!!??
俺のバカ野郎! チキン野郎!! ヘタレ野郎!!!
自身の行動に激怒し、心の叫びが爆発する。
激しい自己嫌悪が俺を襲う。
「だよな! やっぱりそうだよな!」
「やるべきだよ! 糸崎くんがこう言ってるんだし!」
本当にすいません! コミュ障でマジすいません!
時間を無駄にすることになったクラスメイトになのか、いるかもわからない犯人になのか、それともまた別の人物になのか、俺は心の中で謝罪の言葉を連呼した。
ほ、本当に自分が情けないです……。
自分がここまで意気地なしだとは思わなかったのです。本当にすいません。
申し訳なさのあまり心の声が敬語になる。
俺がことごとくやらかしてしまった学級会。
果たしてこの学級会は終わりを迎えることができるのだろうか!?
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