第14話 事件発生

 登校初日から2日が経った。

 俺の自由研究、作品名「ホワイトドラゴン」はその後、クラス内での自由研究最優秀賞に文句なしで選ばれ、翌日には1階多目的ホールにて「1年2組の最優秀作品」として展覧されることとなった。

 俺の作品は学年問わず人気を博し、展覧日には多くの見物人がドラゴン見たさに押し寄せていた。

 そして2日経った現在でも時々「すごい作品がある」という噂に釣られて見に来る生徒が現れている。

 今も尚、絶賛人気中のホワイトドラゴンさん。

 それに比べて俺はというと——、


「なあ、グラウンドでサッカーしようぜ!」

「うん、やるぅ!」

 昼休みでは多くの生徒が友人との交流を深めている中、俺だけただ一人自分の席にポツンと座りボッチ進行中だ。

 

 自由研究という一イベントで注目は浴びたものの、所詮それは一時的なものでしかなかった。

 変化はなくもない。

 

時折俺にドラゴンの折り紙の作り方を聞いてくるクラスメイトの男子が来るも、100工程以上もある高難易度の代物だ。

 俺が小5の時だって習得するのに2か月もかかったのだ。

 それをガサツな人間が多いであろう小学一年生男子という部類の者たちが、ちょっと教えただけでできるようになるはずもなく、お願いしといて途中で「飽きた」と投げ出しては俺の元を去って行く始末だ。

 小学一年生男子などお世辞や気遣いを知らない身勝手な者が多い故、仕方がないことではある。

 しかしそれだけで納得できるほど寛大な人間でもなく、苛立ちは感じている。

 かと言ってそのことに対して相手に怒りを向ければ、自由研究での成果を全てふいにすることになる。

当て場のない怒りを一身に宿しながら、俺は変わらずボッチ生活を送っていた。

 

あの日以降クラスメイトからの俺の評価は「ただのボッチ」から「自由研究ですごい物を作ったボッチ」という者にランクアップ。

ボッチであることに変わりはない。

このままでは一生「ホワイトドラゴンを作った人」として学校生活を送ることになってしまう。

そ、それは嫌だ!

たった一回の自由研究のみで俺の輝かしい小学校生活終了なんて絶対に嫌だ!


くそぅ、未だにホワイトドラゴンは人気だというのに、当の俺は発表中の1分半しか人気を得られなかった。

いや、その時でさえ向けられていた注目は俺ではなくホワイトドラゴンへのモノだったのかもしれない。

まさか自分の創作物に全てを横取りされるなんて……!

完成時は愛情さえ注いでいたが、今ではあのホワイトドラゴンが憎いッ!!

ホワイトドラゴンに理不尽な憎悪を向けながら俺は相も変わらず寂しい学校生活を送っていた。

 

——そんなある日のこと。



事件は起きた。


 

 自由研究発表から3日が過ぎた日のこと。

いつも通り学校に登校した時、通りすがった1階多目的ホールで人だかりができている。

またあの白トカゲ野郎が人気になっているのか?

しかしなんだかそういうわけでもなさそうだ。

見物人というより野次馬のようにざわざわと騒いでいる。

そこにいる人の視線が展示物に集中しているためきっと自由研究に関することなのだろうが、人だかりのせいでその肝心の展示物を見ることができない。

一体何事なんだ?

と、遠巻きから首を傾げていると、


「あっ、本人来たよ」

「やっぱり伝えたほうがいいよね?」

 野次馬が俺の存在に気づくと展覧物に向けられていた視線が俺に移る。

 な、なぜ急に俺の方に視線が集まるんだ?

 まさかついに白トカゲ野郎から俺の方に注目が移ったのか!?


 って、そんなわけないと冷静になる。

 この状況で俺に注目が集まるということはきっと俺の自由研究に関することで、この野次馬ができているのだろう。

 

「糸崎くん!」

「え、あ、み、水井さん」

 俺が野次馬から視線を一身に浴びていると、クラスメイトの水井ヒメさんが慌てて駆け寄ってきた。

 彼女の様子からしてただ事ではなさそうだ。


「な、なんかあったの? すごい野次馬だけど……」

「じ、実は糸崎くんが作った自由研究が大変なの」

「えっ、白ト、ホワイトドラゴンが?」

 咄嗟に言い間違えそうになった名称を言い直す。

危うく白トカゲと言ってしまうところだった。危ない。危ない。


「とりあえず見てもらった方が早いと思う」

「う、うん……?」

 そう言われると俺は水井さんに先導され展示物の方へと向かう。

 野次馬の生徒も俺が通ると気遣って道を開けてくれて、難なく向かうことができた。

 その際に野次馬方に可哀そうなものを見るような目で見られたり、知らない上級生の人に「元気出して」となぜか励まされたりと、不可解な目に遭う。

 なんで急に負けた選手を見るような生暖かい目で見られているんだ?


 しかしその理由は展示物を見た瞬間すぐにわかった。

「……っ! こ、これは……」

 

 

そこには俺の知っているホワイトドラゴンの姿はなく、代わりに無残にも引きちぎられた自由帳のページの残骸があった。



 頭部は切り落とされ、両翼はもがれ、胴体は握り潰され、尻尾は捻じられていた。

 もはやそこにホワイトドラゴンの原型はなく、あるのは惨たらしく殺された死骸だけ。

 この殺され方からして、明らかに強い恨みを持ったことによる。

 一体誰が……。


 …………いや俺じゃないからね。

 確かに少なからずコイツのことはよく思っていなかったが、殺してやるほどの恨みは持ってはいない。

 仮にも俺はホワイトドラゴンの生みの親だ。

子供にこんな残虐非道なことはできない。

 

それにこんな自作自演をしてまで注目を集めようとするほど俺は落ちぶれてはいない。

 さらに言えばこんな事件の被害者みたいな立ち位置で注目されたいわけじゃない。

 人気者になりたいのであって同情されたいわけではないことをご理解願いたい。


 ……となると一体誰が。

 そう推理しようと思ったが、やっぱりやめた。

 犯人探しなどやめよう。悲しみを生むだけだ。

 思い入れはあろうと所詮は物だ。形あるものいつか壊れると言うしな。


 俺はこのことを大ごとにはしたくないし、この件はここで捜査打ち切りとさせていただこう。

 被害届が出なければ事件が始まらないことと同じで、被害者の俺が「気にしていない」と言えば丸く収まる話だ。

 ホワイトドラゴンの死骸は俺が責任を持って弔ってやることにしよう。


「なあ、これやっぱセンセーに言った方がいいよな?」

「えっ、いやそれは——」

「だよね。さすがにヒドすぎるもん」

「その、あまり大事には——」

「そうするべきだ! このままじゃ糸崎カワイソウすぎる!!」

「俺は別に気にしてないんだけど……」


 俺の意に反して事態はどんどん大事になっていく。

 仕舞には「警察を呼ぼう」なんて言う輩まで出てくる始末だ。

 こんな子供の悪戯のようなことで国家権力を使うな!

 実際この事態は警察どころか教師も必要ない。

 俺一人が納得すれば終わる簡単な話なのに、事の大きさはどんどん増していく。


学校全体にまで広まることになったこの事件、通称「ホワイトドラゴンバラバラ死体事件」は一大事と化してしまう。


 ど、どうしよう……。


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