第13話 自由研究
前回のあらすじ。[とにかくピンチ]
まずい! 本当にまずい! 2度目の人生史上もっともまずい!
というのも、俺は自由研究という宿題を忘れてしまったのだ。
しかも、家に忘れてきたのではない。
自由研究という宿題そのものの存在を忘れていたのだ。
なので当然俺の手には自由研究として発表できるものなどない。
だ、だがまだ最悪の状況ではない!
自由研究を忘れてしまったのが俺だけだと目立つが複数人いれば一人だけ悪目立ちということにはならないはず!
大丈夫! まだ希望は残され——。
「自由研究忘れる奴なんているのかな?」
「いないだろ! だって初めての自由研究だぜ!」
「だよなぁ! 忘れるなんて馬鹿だよな!」
最悪の状況だッ!!
残念なことに俺以外に自由研究を忘れている奴はいない。
それどころか全員少なからずこの自由研究発表会というイベントに胸を膨らませていた。
それはまあ自然なことだろう。
なんたってクラスメイトにとっては初めての自由研究だ。
小学生という創作意欲の盛んな年頃にその意欲を存分に発揮できる初の自由研究というイベントを忘れる者などいない。
そんな奴がいるとすればそれは、中身が28歳で創作意欲のその字もないような奴。
つまり俺だ。
絶体絶命の大ピンチ!
危機的状況だ!
もしもこのまま自由研究を出さなかったら、クラスメイト全員から冷ややかな目で見られることになる。
そんなことになってしまえば俺のクラスメイトからの好感度はゼロからマイナスに変わってしまう。
そうなってしまえば俺の友達100人計画は絶望的!?
それだけは絶対に回避せねばッ!!
「それじゃあ一人ずつ教団の前に立って発表してもらいますね。今回は席順で砂川 林太(すながわ りんた)くんからお願いね」
「はぁい!」
早速右前端の席にいる生徒が発表することになり、砂川くんは自信に満ちた様子で教壇に立ち、巨大な袋から作品を取り出す。
「おれが作ったのは、キョダイなロボットです!」
彼が袋から取り出したのは空のペットボトルやトイレットペーパーの芯を組み合わせて作った全長30cmほどの工作ロボットだ。
セロハンテープでくっつけた部分が見えるという詰めの甘さもまた小学生ならではの作品という味があってよいものである。
微笑ましい作品に思わず心がほっこりする。
——って、ほっこりしてる場合じゃねえッ!!
今俺に他人を気にしている余裕なんてない! 一刻も早くこの事態を解決させねば!
幸いなことに左後ろ端付近の席にいる俺は順番が回ってくるのは終盤だろう。
一人の発表が大体1分半と考えれば30分ほどの猶予はある。
し、しかし、一体その短時間でどう解決しろというのだ。
自由研究とは普通2日とか3日、長ければ1週間はかけて作る物だ。
かと言って手を抜いて簡易的なものを作ったりすればクラスメイトからの反応は忘れた時と同等かそれ以下のものだ。
俺がこの危機を脱するための条件は2つ。
1に、30分以内に作品を完成させること。
2に、周りと引けを取らない作品を作ること。
しかしたった30分でそのほかの自由研究と見劣りしないような作品を作ることなどできるのか?
それに問題はその他にもある。
作るための道具も材料もない!
今俺の手元にある物は自由帳とプリントに筆記用具の三点のみ。
カッターどころかハサミも糊もない。
万事休す。
手詰まりである。
俺に発表できることがあるとすれば校長が挨拶中に87回「えー」といったということくらいだ。
そんなこと発表すればドンずべり間違いなし!
忘れることよりも大惨事を招くことになる!
い、一体どうすれば……!
完全に困り果ててしまった俺は頭を抱え、机の表面を凝視するしかできない。
ハサミも糊も使わずにプリントや自由帳を使って作れて、しかも30分以内で周りに手抜きだと思われないような物。なんてこの世に存在しな——。
————…………いや、ある。
俺は古い記憶を呼び起こし、一つの結論に至る。
それは、折り紙だ。
それも紙飛行機や折り鶴なんて簡易的な折り紙じゃない。
複数の紙を組み合わせて作る〝ドラゴン〟の折り紙だ。
これは俺が1度目の人生での思い出だ。
小学5年生の頃、当時も現在同様ボッチだった俺は夏休みの自由研究でとあることを考えていた。
それは「自由研究ですごい物を作ってクラスメイトの目を引こう」という安直なものだった。
動機もまた安直で、単純にクラスメイトの気を引きたかったのだ。
そこで俺が作ろうとしたのが、今まさに考えているドラゴンの折り紙。
それは決して容易いものではなく、完成度の美しさに無会うだけの高難易度な代物だった。
本などで説明を見ても不器用な俺が高難度の折り紙を簡単に成功させることなどできず、何度も作っては失敗し作っては失敗してのトライアンドエラーを繰り返した。
その結果夏休みいっぱいは折り紙制作に専念し、最終的には100工程以上あるにもかかわらず説明書を見ずにドラゴンの折り紙が折れる極致にまで辿り着いた。
——そうしてドラゴンの折り紙を完成させて迎えた夏休み後の学校初日。
俺は不運なことに登校中に作品を下敷きにして転んでしまい、ドラゴンの折り紙は無残な圧死という最期を遂げてしまった。
作り直すわけにもいかなかった俺は泣く泣くドラゴン(死体)の折り紙を自由研究として発表し、クラスメイトから自由研究にゴミを持ってきた人物として定着してしまった。
そんな悲しみを背負った思い出が、今まさに活かされようとしている。
作り方の工程は2か月以上費やしたおかげで今でも完璧に覚えている。
おまけにこの作品なら材料は紙だけで済むし、完成させられれば間違いなく周りの作品と比べても見劣りしない力作となる。
なんたって俺の夏休みいっぱいが掛かっている作品なのだ。
しかし、問題は時間だ。
一つ作るのに大体一時間はかかる。
あれから時間が経過し既に5番目の発表が始まっている。
もはや製作時間は製作可能時間の半分もない。
……だが、やるしかない……!!
俺に残された手はこれのみ!
迷っている間にも時間は過ぎ去っていくのだ!
リスクや確率を考えるのをやめ、俺はすぐさまドラゴン制作に取り掛かる。
自由帳のページを定規で綺麗に切りとり、頭部の作成を始める。
折り紙とは厚さも形も違うため手こずりはするが、乗り切るしかあるまい!
焦燥で掌から溢れ出る汗を何度も拭い、急ピッチで工程を進める。
俺の人生これからが本番!
こんなところで躓いてられるかよッ!!
◆
「では次に、……糸崎翔くん」
「……はい」
先生からの指名を受け、俺は立ち上がる。
俺は教卓へと向かい、クラスメイト全員の方を向く。
そして、俺の手には——。
「——俺の作品は、折り紙で作ったドラゴンです」
完成されたドラゴンの折り紙があった。
やり遂げた! やり遂げたぞ俺は!
歓喜に震えながらも表向きにはそれが見えないように平静を装いながら発表をする。
材料が足りなかったため配色は白しか選択できなかったが、まあホワイトドラゴンということにしておけばいいか。
なんにせよ俺はあの短時間でこの力作を作り上げることができたのだ!
自画自賛せずにはいられない。
喜びに打ちひしがれながらクラスメイトの顔色を見渡す。
彼らの反応はというと——、
「すげぇ! なにあれ!?」
「ドラゴン超かっけええ!」
「糸崎くんって器用なんだね!」
反応は上々。
小学一年生の初めての作品でこれほどの物の作品は俺のドラゴンを置いて他にいないだろう。
明らかに他の作品とは一線を隠す精巧な作品となった。
よっしッ! と心の中でガッツポーズをとる。
5年生の頃とは違い、見事にクラスメイトの関心を引く作品を完成させた。
大ピンチではあったが、それと同時に大チャンスでもあった。
ここで秀作を打ち出すことができれば、5年生の頃の俺の思惑通りに注目を浴びることに成功した。
自他ともに認める名作!
展覧期間が終わったら自分の部屋にガラスケースを被せて飾ることにしよう!
あの日の努力は決して無駄ではなかったのだッ!
最高潮に盛り上がった気分で作品詳細を話し、自身の発表を終える。
発表終了時には教室内が拍手喝采に包まれ、自身に向けられる拍手に少し照れる気持ちもありながら自分の席へと戻った。
生まれて初めて良い意味で注目を浴びたが、なかなかに心地よい気分だった。
この調子で友人作りも頑張るとしよう!
……俺はこの時、まだ気づいていない。
忍び寄る小さな悪意の存在に——。
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