第12話 始業式日

夏休みが終わった登校初日。

 早速何の成果も出せずに幸先不安なスタートダッシュを切る。

 唯一会話を交えた水井ヒメさんとは大して親睦を深められた様子もない。

 第一歩目の成果はゼロと言っていいだろう。


 だがあまりネガティブに考えるのはやめよう。

 マイナスにならなかっただけまだマシ。

 ゼロの状態のままならば、挽回の機会はまだ十分にある。

 悲観せず、かと言って楽観的になり過ぎずに思考を切り替える。

 

 そのチャンスを窺っている最中行われたのは始業式。

 一年生から六年生まで例外なく全員の生徒が椅子を持ち寄り、体育館に集合する。

 千人余りの生徒が体育館に男女別で出席番号順に並び整列し、教師陣は壁に背を向けた形で等間隔に座りまるで生徒を監視しているようだった。

 ようだ。ではなく本当なのかもしれないな。

 規律を守ることができる五、六年などの高学年ならまだしも、俺らのような低学年の小学生たちは友人とじゃれ合ったり、落ち着きがなく無断で席を立ってしまう者まで出る。

 その抑止力となるために先生方が目を光らせているのだろう。

 教師というのも大変だな。と他人事のようにそう思う。


 にしても人数が多いな。

 うちは別にマンモス校というわけではないが、中高と違って六年制の学校であるが故に生徒数が多くなってしまうのは必然だ。

広い体育館と言えど千人近い人間を集めれば狭く感じる。

 それに一クラスでもあれほどの賑わいを見せていたのだから全校生徒約20クラスも集まれば、最高潮に盛り上がったライブ会場さながらだ。

 思わず耳を塞ぎたくなる。


 そんな人の声が渦巻く体育館で校長と式進行の教師がステージに登壇し、ステージ上で一番視線の集まるであろう中心に置かれている演台に校長が立ち、式進行の教師は隅で目立たないように騒ぐ生徒を静観する。


『えー、皆さん少し静かにしましょう』

 マイクを通してできるだけ棘のないような優しい声色で校長が諭す。

 その注意に過半数の物は従い口をつむいで背筋を正す。

 しかし他の者は注意を無視、というより話し合いに夢中で聞こえていない様子である。

 そのような生徒に対しては体育館を囲むように配置された先生方が生徒の元まで出向き注意を行う。

そうしてようやく静寂を得た体育館でマイクと進行プログラムが書かれているであるう紙を持った式進行の教師が話し出す。


『それではこれから始業式を始めます。まずは校長先生からのお話です』

『えー、皆さんおはようございます。校長の古谷です。えー、皆さん夏休みは楽しめましたか? えー、宿題はちゃんとできましたか? えー、皆さん夏休みではいろいろなことがあったと思います。えー、私は海に行きました。えー、他には——』

こんな調子で校長の話が続く。

 

校長先生の話がつまらないのは時代が変わっても同じなのだな。

 生徒も騒ぎ立てるようなことはしていないものの、真摯に話を聞いている者は見受けられない。

 全員うわの空で話を聞き流しているのがほとんどだ。

 それ以外の者は先生にバレないようコソコソ話をしたり、校長が「えー」という度に指を折りカウントしていたりしている。

 大抵クラスに一人は校長の感嘆詞をカウントする奴がいるが、あれは一体何の意味があるのだろう。

 報告義務でもあるのだろうか。

 校長の話を左耳から右耳へと通り過ぎながら、なんてことを考える。



『——続きまして、生徒代表による作文発表です』

 永遠にも感じられた校長の話がやっと終わり次のプログラムに移行する。

 ちなみに「えー」は87回言っていた。

 

 すると俺より一回りほど大きい男子生徒がステージに登壇し、緊張した面持ちで演台にて作文用紙を広げる。

『夏休みの思い出。4年2組、今村康太。僕は夏休みにハイキングに出かけました。お母さんとお父さんと一緒に行きました。とても楽しくてとてもはしゃぎました』

 小学生ならではの拙い日本語に初々しさが垣間見える。

 練習したのかゆっくりハキハキとした声で作文を読み進めている様子はあるはずのない母性を刺激させる。

 なんかこういうの見るとすごく応援したくなるのは俺の中身が結構おっさんだからなのだろうか。


 校長の長々とした話の時とは打って変わって、俺はしっかり耳を傾けて作文発表を聞いた。

 我が子の作文発表で泣く親の気持ちが少しだけわかった気がする。

 

 

 次にPTA会長からの挨拶などのもろもろのプログラムを滞りなく消化させていき、最期に残るプログラムは最後となった。

『最後に賞状の授与を行います。——1年1組、出席番号1番、浅倉 薫(あさくら かおる)』

「はいっ!」

 中性的な名前に一瞬性別がわからなかったが、ハツラツとしたトーンの高い声を聞いてすぐに女子だということがわかった。

 しかし髪形や容姿はまるっきり男子そのもので、声を聞かなければ男子と勘違いしていたかもしれない。

 体にはくっきりと日焼け跡が残っており、まさにボーイッシュなスポーツ少女といった感じだ。


 彼女はしっかりとした足取りで登壇し、賞状を持った校長に向かい合う。

『えー、全国小学生水泳大会。自由形、優勝おめでとうございます。ここに栄誉を称え賞状を授与します。——おめでとう』

「ありがとうございますっ!」

 校長に渡された賞状を深々と頭を下げて受け取り、マイクを通した校長の声よりも大きな声で感謝の声を発する。

 小学一年生で優勝とは大したものだな。これは将来有望そうだ。


 賞状が授与されると彼女には惜しみない拍手が送られ、それに応えるように彼女は賞状を掲げてⅤサインを送る。

 ああいう子が将来的に大成するのだろうな。

 俺は凡人らしく堅実に生きることに努めよう。

 遠い存在を見るように俺も拍手を送る。


                   ◆


 そうして終わりを迎えた始業式。

 6年生から順に教室に戻り、俺の属する1年2組は終盤にて席を持って体育館を後にし、教室へと戻った。

 10分休みを挟んでから、2時間目となるホームルームが始まる。

 

「これからホームルームを始めますっ。ではまずみんな宿題を出してね」

 担当教師の実里先生の穏やかな声色の言葉にクラスメイトは「えぇー!」という反対の声が上がる。

 きっと生徒の中にはまだ宿題が残っているという児童もいるのだろう。


 まっ、俺に関して言えば何の問題もないがな。

 思い出作文も、読書感想文も、国語や算数のドリルも、完璧に終わらせている。

 宿題をやっているという当たり前のことで、得意気になり一人でそのことを鼻にかける。

 もはや中学一年生の勉強さえマスターしているこの俺が、小学一年生の宿題に手こずることなどあり得ない。

 夏休み中盤で余裕綽々で終わらせた俺に怖いものなどない。


「うぅ~ん、なんだか反対意見が多いみたいだねぇ。……じゃあ最初は楽しい自由研究発表から始めましょうか!」

 実里先生が嫌がる児童に気を利かせて、楽しいことで釣る。


 自由研究からやるのか。まあそれも悪くはない。

 俺は中盤ですべての宿題を終えているが故、どれから先に来ても全く問題ない。

 当然自由研究だって俺は、………………。

…………ん? 自由研究?

…………あれ?

………………………。




俺自由研究やってねえじゃんッッ!!!!????


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