第11話 第一歩目
「服装よしっ、——宿題よしっ、——ランドセルよしっ」
今日は9月1日。
長くもあり短くもあった夏休みが終わり、とうとう迎えた登校初日。
俺は玄関にて最終確認を行っていた。
ジーンズに半袖というシンプルなファッションに、黒色のランドセルを背負っている。
ランドセルを背負うなんて一体何年ぶりだろう?
28歳にもなってランドセルを背負うのはなかなかにキツイな。
ランドセルが似合う肉体年齢ではあるのだが、やはり気恥ずかしさは否めない。
しかしそんなことを気にしていたら小学一年生の生活なんて送れない。
恥をかなぐり捨ててでも俺は小学一年生の学校生活を謳歌してやる!
そのために今日まで体力作りも勉強も頑張ってきた。
おかげで体力も頭脳も初期の俺とは大違いだ。
クラスで人気になれる要素は兼ね備えた(コミュニケーション能力を除く)、あとは実戦あるのみ!
——なんて自信に満ち満ちた心持ちだが、実際は不安でもある。
交友関係とは複雑だ。
運動ができるから、勉強ができるから、なんて単純極まりない理由だけで友人関係になれるかの確証なんてない。
それに今までの人生ずっとボッチだったこの俺に、いきなり友人ができることなんてあるのだろうか。
2度目の人生を得たって人格が変わるわけじゃない。
俺はまだ1度目の人生を送っている俺と同じだ。
もしかしたら俺は同じ過ちを繰り返すことになるかもしれない。
いやそれどころか1度目の人生よりもひどい結果に……。
一度ネガティブな思考をしてしまうと、次々と悪い考えが頭をよぎる。
その不安を拭い去るために、俺は心の中で虚勢を張っているのだ。
不安と期待。
心臓は2つの理由で鼓動を速めている。
「大丈夫……、俺なら大丈夫……、俺なら友達100人できるはず」
ブツブツと自己暗示をかけ、玄関の扉の取っ手に手をかける。
そこで深く深呼吸を二回。
覚悟を決めて、俺は玄関の扉を開ける。
◆
自宅から徒歩5分。
住宅街を抜けた先にそびえたつ、月山小学校。
生徒数約1000人、今年で創設30年。特に説明するような特色もない至って普通、ノーマルオブノーマルな小学校である。
そんな何の変哲もない小学校。
校門をくぐり、俺は自分の教室である1年3組の扉の前で立ち止まる。
ここで俺の学校生活が灰色か薔薇色か決まる。
暑さのせいか緊張のせいか、額からにじみ出た汗が頬を伝い滴る。
扉の前に立つまでは期待と不安は五分五分で均等にバランスをとっていたのだが、今になって不安が増大する。
扉の取っ手にかけた手が小刻みに震えている。
自己暗示の効果はもはやない。
虚勢を張れるだけの余裕が残っていない。
こうなれば気合いで扉を開けるしかない。
ここまで来て精神論なんかに頼りたくはないが、心的余裕がない今、もはや根性のみが頼りだ。
「——……っ!」
意を決して教室の扉を開ける。
がやがやと賑わいを見せている教室の中では俺が扉を開けた音など容易にかき消され、誰も扉の方になど見向きもしない。
注目されているわけでもないのに、無意識に体を強張らせ「ウィーン、ガシャン」という効果音が付きそうなカクカクした歩き方で入室する。
幸いなことに黒板には座席表が張られており、一度黒板で座席を確認してから自身の席にロボット歩行で向かう。
コマ送りのような動作で椅子を引き、腰を落ち着かせる。
と、ととと、とりあえず落ち着こう。
本日2度目の深呼吸をして精神を落ち着かせる。
おかげで少し緊張がほぐれ、思考がまとまってくる。
教室には既に生徒が多く登校してきており、それぞれが仲の良いグループで固まり夏休みの話題に花咲かせている。
そのどのグループにも俺は属していない。
ポツンと一人、席に座っている。
やはり俺はこの頃からボッチだったようだ……。
周りが楽しそうなのに反して疎外感を感じずにはいられなかった。
だ、だがそれは分かり切っていたことだ。
——ここで俺がすべきこと、
それは仲間を見つけること。
仲間とはつまり同類、俺と同じようなボッチを見つけることだ。
まずは一人、そして二人と徐々に徐々に人脈を広げていき、最終的に大きな友人関係を築く。
それが俺の作戦だッ。
……しかし世の中上手くいかないのが常、
さてさて、ボッチ仲間を探すとしよう。
そう意気込み、辺りをキョロキョロ見渡す。
……。
…………。
…………………。
ボッチ俺以外誰もいねえッ!!
こ、これは完全に予想外だ。
まさか俺以外にボッチの人間がいないなんて!
俺の計画は仲間(ボッチ)がいる前提でのものだったので、それが異なるとなればこの策は通じない……!
それを大前提にしていた俺の詰めの甘さが何よりの問題だ。
だが普通はいるものだろ! ボッチは!
クラスには絶対2人や3人はいるであろうボッチがこの教室内には存在しない。
いやそれは別に悪いことではない。むしろクラスみんなの仲が良くて仲間外れの人間がいないのは良いことだ。
……俺という例外を除いてな。
こ、こうなってしまった以上致し方ない……。
ハードルは高いが、高ければ高い程得られるものはまた大きい。
ハイリスクハイリターンの挑戦。
もはや俺に残された手はこれのみ。
グループの輪に入るッ!
既に構成されたグループに飛び込むにはなかなかの覚悟がいるが、しかしここでグダグダ時間を潰していても何も始まらない。
まずはグループの現状を知ろう。
女子に関して言えばほぼ一塊になっている。
十数人の女子が机を囲み輪のような形を形成し、団欒している。
まああそこに入るのは無理だな。
女子十人以上のグループに一人で特攻できるほど俺は勇敢ではない。
というかそんな勇者はまず存在しないだろう。
やはり最初に話しかけるならば同性の男子一択だ。
不可能と決まれば俺は早々に諦め、男子の方に目を向ける。
こっちは四、五人のメンバーで複数のグループを作っているな。
これなら何処かのグループに話しかけることができるかもしれない。
いや、かもしれないじゃない。やらねばならないのだ!
俺は男子のグループを凝視し、最初に話しかけるのに向いているグループかをしっかり吟味する。
やはり初手に仕掛けるべきグループは比較的落ち着いている部類の物が好ましい。
いきなりバリバリのザ・スポーツ少年みたいなグループに入るのは場違いすぎる。
……となると、…………あのグループだな。
俺は一つのグループに狙いを定める。
元気溌剌といった感じのクラスメイトが多い中、あのグループだけは比較的穏やかに談笑している。
ここならコミュ力皆無の俺でも何とかなじめそうだ。
よしっ、行くんだ俺!
大丈夫、この日のためにいろんなことを頑張ってきた。
勉強運動はもちろん、挨拶の発声練習もしたし、フランクな接し方も練習したし、最初に話しかける言葉は千個以上考えてきた。
準備は万全。オールグリーン!
何の問題もない!
それに小学生というのは単純なものだ。
一度話してちょっと遊べばもう友達。
中学高校に比べれば友人のハードルは低い。
パッと話しかけてチャッと友達になるだけ。
そう簡単だ。とっても簡単なことだ。
行けるぞ俺! 行くんだ俺!
腰は既に椅子から離れ、すぐにでもグループに突撃できる体勢だ。
後はちょっとの勇気だけ……!
なけなしの勇気を振り絞り、歩みを進めようとした瞬間。
「おはよう、糸崎くん」
突如として一人の女子生徒に話しかけられる。
「ぴゃっ! ぱ、は、はいっ!」
思わず変な悲鳴を上げてしまった。
は、恥ずかしい……。
に、にしても、ボッチの俺に話しかけてくれる女子がいたとは思いもよらなかった。
驚きながらも目の前に現れた少女の顔を見る。
肩ほどまで伸びたセミロングの髪に、新雪のような色白肌。あどけない顔立ちの中に何処か大人っぽさを隠し持っていて、俺に向けられた穏やかな笑みはとても小学一年生のモノとは思えないほど大人びていた。
二十年ほど前の記憶だが、この子のことは覚えている。
確か名前は、……水井 ヒメ。
誰にでも気さくに話し掛けられて男女ともに人気のあるというラノベとかでは使い古されたような設定だが実際はそうそういない人物。
コミュ障の俺とは対極なコミュ強である。
小学生の間はずっと同じクラスで印象深かったのもあるが、何より彼女の小学生らしからぬ大人びた性格が記憶に深く刻まれていた。
小学生の中にいる彼女の存在は他とは一線を隠していた。
立ち振る舞いもどこか上品でもしかするといい所のお嬢様なのかもしれないな。
「久しぶりだね」
「そ、そそ、ソウダネ」
動揺のあまり片言で話してしまう。
予想外の出来事だがこれはチャンスでもある。
なんせわざわざ向こうから話しかけてきてくれたのだ。
ここから話を広げて、ある程度仲良くなることができればそこからの人脈形成も可能である。
とにかく話題を振って話を広げるんだ!
ここは妥当に「夏休みなにした?」と当たり障りのないものにしよう。
たった七文字言うだけ、言うんだ俺!
「……なつやす「キーンコーンカーンコーン」」
無情にも始業のベルが鳴る。
「あっ、チャイム鳴ったから席座るね」
「え、あ、……うん」
十年ぶりに聞いた学校の鐘に対し、俺は殺意が沸いた。
何してくれとんじゃ、鐘ぇええええッ!!
学校生活初日の第一歩。
成果は一人の女子と二言三言話しただけ。
上々な結果、……とは言い難いな。
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