第10話 休暇最終

 8月下旬。

 長かった夏休みもとうとう最終日を迎えた。

夏休みの最終日と言えば、宿題に追われるのがお決まりだろう。

 

だがしかし! 人生2度目の俺がそんな無計画なわけがない。

 なんせ俺は2度目の人生を堅実に生きてやると決意した男。

 当然宿題など夏休み中盤に全て終わらせている。

宿題1つ計画的にできない無計画な男が、人生をやり直すなんて笑止千万。

計画無くしてやり直せるほど人生甘くない。

人生1度目で落ちぶれた俺が言うんだから間違いない。

ちゃんと俺には今後の計画も頭にあるので、乞うご期待を。


と、まあ、俺は全くもって夏休みの宿題は問題ない。

だが、彼女の場合はそうはいかないようだ。


「お母さぁん! 宿題終わんないから手伝ってぇ!」


一通りの家事を終えて煎餅をつまみながら連日ドラマを見る母さんに空白だらけの夏休みの宿題を持って泣きついてきたのは、

うちの姉貴である。


「何よあんた、まだ終わってなかったの?」

焦る姉貴を母さんは呆れた目で見る。

「しょうがないじゃん、道場とか遊ぶ約束とかいろいろあって出来なかったんだもん」

「それが言い訳になるわけないでしょ。馬鹿なこと言ってないで自分でやりなさいっ」

母さんの発言は最もだ。

例え道場があろうと約束があろうと宿題をやる時間は十分にあったはずだ。

怠慢が招いた自業自得。同情する余地はない。


「えぇ〜、お願いだからぁ〜」

「甘えたこと言わない! あんたも少しは翔を見習いなさい」

「はァ? なんであんな愚弟のこと見習わないと行けないの?」

まるで母さんが冗談でも言ったかのように姉貴は鼻で笑う。

父さんと母さんは夏休み中の急激な変化を知っているが、姉貴は違う。

姉貴の中ではまだ俺のイメージは運動も勉強も嫌いな馬鹿小学生のままなのだろう。

ふっ、そう嘲笑っていられるのも今のうちだぞ、馬鹿姉貴っ。


「その愚弟はあんたと違ってちゃんと宿題を終わらせているのよ」

「は!? ウソッ!?」

母さんから告げられた衝撃的な事実に、食卓で悠々自適にメロンソーダを飲んでいる俺に勢いよく視線をやる。

そして、俺の手には全ての問題が埋まった夏休みの宿題があった。


どうせあの暴力しか取り柄のない姉貴のことだから、宿題なんて終わらせているはずなどないと踏んでいた。

それならばと! あの暴力で負かされてしまうことの無い勉強というステージでマウントを取りまくってやろうと、予め終わった夏休みの宿題をわざわざ食卓にまで持ってきたのだ。

それも全て、あの忌々しき姉貴に一泡吹かせるためだッ!!

(注※姉貴と俺は死ぬほど仲が悪い)


「あれれぇ~? もしかしてぇ、姉貴は夏休みの宿題終わってないんですかぁ~??」

わざと姉貴を怒らせるように挑発的な態度をとる。

案の定姉貴の額には血管が浮かんでいる。

「こんな愚弟ですら宿題を終わらせているというのに~、優秀な優秀な姉貴様はまだだとぉ~?」

「~~ッ!? ちょ、ちょっと見せなさい!」

怒りで真っ赤になりながらも何とか暴力には走らず、姉貴は強引に俺の宿題を引ったくりページをパラパラと捲る。

捲れるスピードと同程度の速度で目を動かし、本当に宿題をやっているか確認する。


「う、ウソ……。本当にやってある…………」

当然だ。

俺はきっちり夏休み中盤の2日間のみで宿題を全て済ませておいたのだ。

もちろん偽装なんてしてないし、問題も全てあっているだろう。

こちとら28年生きて来ているんだ。小学3年生の姉貴とは頭脳の年季が違う。


「まあ、頭の出来が違うんだよネェ~w」

「なっ!? ……しょ、小一の宿題終わらせてるくらいで調子乗ってんじゃねえぞ愚弟! テメェの宿題と私がやってる宿題が同じと思うなよ!!」

怒り心頭の姉貴は自身の夏休みの宿題を突き出し、俺の煽りを一蹴してみせる。

まあ姉貴の言い分もわかる。

小学1年生と小学3年生の宿題ではかなりの差がある。

なんせ2年も離れているのだ。年が経つにつれて授業や問題レベルが上がるのは当たり前だ。

その2年の差は決して小さくない。

小学生という成長の早い年頃での2歳差は、高校生や社会人での2歳差と同等ではないのだ。

2年授業を受けているか受けていないかでは大きく差がある。


――だが、俺からすればそんなもの微々たる差だ。


「ふんっ、貸したまえ」

小馬鹿にしたような上から目線で姉貴の手からサッと宿題を抜きとる。

そしてテキトーなページを開き、一通り問題に目を通してから予め持ってきていたペンを手に取る。

なるほど、掛け算の問題か。

確かに普通の小学1年生なら解けないな。

普通の、ならな。


俺はスラスラとペンを走らせる。

フハハ! 解ける! 解けるぞ!

某大佐のようになりながらも俺は暗算と答えを書く作業を交互に行い、1分もしないうちに見開き1ページの問題が解き終わる。


「ふふっ、造作もない」

そして俺は時終わったページを姉貴に見せる。

それを見た姉貴は目を丸くし、1度目を擦ってからもう一度見て、1度目を横に逸らしてからまたもう一度見る。

「なっ!? と、解けてる……だと!」

ふっふっふ、どうやら姉貴は俺との差を2歳差だと勘違いしているようだが、正しくは違う。


本当は、20歳差! もちろん俺の方が上での20歳差だ!

フハハ!! これ以上に愉快なことなどない! なんせ今まさに姉貴にひと泡吹かせてやったのだ!!

遂に、あの暴力の擬人化のような野蛮姉貴に一矢報いてやったのである!


「おやおやぁ~? 違う学年の宿題なのに俺も解けちゃったぞ~? 俺の言う通りやっぱり頭の出来が違ったのかなぁ??」

姉貴の顔はまさに爆発寸前といった感じだ。

今にも爆発して襲いかかってきそうな様子である。


ここで引いておくのが得策だろう。

今逃げれば勝ち逃げになる。

今まであの姉貴からは暴力で制され続け、1度たりとも黒星を飾れたことは無い。

だが、今戦略的撤退を行えば俺の勝ちとなる。


しかし、俺はそれを許さない……!

俺が欲しいのは逃げによる勝利ではない。誰にも文句を言われないような圧倒的な勝利。

完膚無きまでに姉貴を言い負かさないと気が済まないのだ!


「おいおい何とか言ってくれよ姉貴さんよぉ~。何なら俺が手伝ってあげてもいいんだぞぉ? もちろんちゃんと頭を下げたらだけどねえw フゥッハハハハ――ハ?」


これでもかと高笑いをしていると、気づけば俺の視界は悔しそうに顔を真っ赤にする姉貴ではなく自宅の天井が映し出されていた。

急に天井と姉貴が入れ替わったはずはない。

位置が入れ替わったのはむしろ俺の方だ。


そう、こうなってしまった種は存外簡単なものだ。

俺が調子に乗りまくったせいで、とうとう姉貴が爆発し、その爆破に巻き込まれた俺は姉貴に腕ひしぎ十字固めを食らわされている。

その結果、

「イデデデ! お、折れる折れルゥウウ!!??」

痛みで地面をのた打ち回ることになる。


「うっせえクソ弟! このまま腕が折れて死ね!!」

「腕が折れただけで人が死ぬかよ――ってイデェエエエ!!」

腕ひしぎ十字固めは姉貴の怒りにより万力のような力を発揮し、どんどんと俺の腕を締め付けていく。

ミシミシと今まで聞いたこともないような音が腕から鳴っている。

ま、不味い! このままでは本当に折れてしまう!

だが、この場は千載一遇のチャンス!!

今ここでギブアップしてしまえば姉貴への勝利はなくなる!

さっきまで優勢に立てていたというのに、こんな説得力の欠けらも無い暴力に屈して負けるなんて認めたくない……!

雪辱を晴らせるなら腕の1本や2本くれてや――。


「ギブギブ! マジごめん! ごめんなさいぃいい!!」


やはり腕を犠牲にするのは惜しかった。

俺には2度目の人生を堅実に生きるという目標があるのだ。こんな姉貴とのくだらない喧嘩で大怪我を負うわけにはいかない。

明日の学校を片腕骨折のまま行くなんてことがあれば、変な注目を集めてしまう。

至って合理的判断によるギブアップ。


けどなぁー。勝ちたかったなぁ。

今度格闘術でも習おうかな……。

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