第9話 両親疑念

 まだ日が傾いてすらいない時間帯。

 昼食を済ませた俺と両親は早々に帰宅することとなり、今現在は車で帰路に就いている最中だ。


 その間、俺と両親の間で会話はない。

 両親は何やらよそよそしいというか、不安そうな面持ちでいる。

 しかしどうして両親がそのような態度になっているかを俺は察せていない。


 本来両親の誘いに乗った理由は2人の意図を知るためだった。

 唐突におもちゃを買ってあげると言い出したり、フードコートでは高価なものを買うことを勧められたり、とさまざまある。

 決して厳しすぎる家庭ではないが、理由もなくこんなに甘やかされたことはない。

 絶対何か理由があるはず。


 だが、そのことについて言及しても父さんと母さんからは煮え切らないような答えばかりが返ってくる。

 そんなに言い辛いことなのだろうか?

 疑念と気まずさが渦巻く車内では、ひたすらに沈黙だけが流れた。

 

 

 その状況が20分続き、ようやく家に着いた。

 いつもはあっという間に過ぎる20分がその時だけは丸一日のように長かった。


 家にはまだ姉貴の姿はない。

 どうやらまだ友人と遊んでいるのだろう。

この感じだと帰ってくるのは夕方時になりそうだ。


「わ、私ちょっと洗濯物しなきゃ……」

「あっ、ぼ、僕もちょっと所用が……」

父さんと母さんは言い訳をして逃げるように俺から遠のこうとする。

 

 俺もこれから勉強の続きをしなければいけないし、それに昼間にやるはずのランニングをまだやっていない。

 個人的な思いとしては早急に部屋に戻り、ランニングに出かけたいところだ。

 だがしかし、今ばかりはそうはいかない——。


「待って」

 俺はそそくさとその場から離れようとする2人を呼び止める。

 当然呼び止められれば父さんも母さんも足を止める。

 

「ど、どうかしたの?」

 ぎこちない笑顔で母さんがそう返す。

 ……。


「……2人共、俺に何か隠してない?」


「「……っ」」

 2人の表情からして図星といった感じだ。

 ……2人の不審な行動を解き明かさない限り俺は部屋に戻ることはできない。

 このまま両親の行動がわからないままでいられるほど、俺は両親に対して無関心ではない。

 理由を尋ねるまで、俺の言及は止まらない。

 そのことを両親が察したのか、母さんがゆっくりと口を開き始める。


「翔こそ、私たちに何か隠していることがあるんじゃない……」


 ドキッと一瞬心臓が跳ね上がる。

 隠し事と言われて身に覚えがあるからだ。


 当然、タイムトラベルのこと。

 俺が22年前の記憶を引き継いでここにいるということを、俺は両親に隠している。

 別に悪意があって隠しているわけではない。

 そんなことを言ったって子供の戯言だと一蹴されるとわかっているからだ。

 ならば黙って隠し通すのが最良の選択だと判断したのだが、ここで両親に重大なことを隠していたツケが回ってくるとは思いもよらなかった。

 

「別に責めているわけじゃないんだ。父さんと母さんはな、翔が急に変わってしまったことが不安なんだ」

「……それは」

 

 確かに最近の俺は小学一年生の俺らしからぬ行動を取ってきた。

 インドアだったのに急に運動を始める。

 勉強嫌いだったのに急に中学生の勉強を始める。

 今日の出来事も振り返ればそうだ。

 変身ベルトをいらないと言い出すし、たぶん子供の頃は嫌いであっただろう野菜を外食で注文する。おまけに新人バイトのお姉さんに仕事の助言までした始末だ。

 今の今まで両親は人の変化に鈍感であると高を括っていたが、ここまで露骨に変わってしまえば気づかない方があり得ない。

 それを確信か気のせいかのどちらかにさせるために、今日俺を連れ出したのだろう。

 

 第一俺は小学一年生の頃の俺がどんな風な子供だったのか覚えていない。

 それに俺は小学一年生を演じられるほど器用な人間ではない。

 俺がタイムトラベルした時点で、既に小学一年生の俺はいないのだ。

 

 ——いや、これは言い訳でしかない。

 

 きっと俺は周りが見えていなかったのだ。

 鈍いから大丈夫と高を括り、小学一年生は演じることができないと諦め、何かしらの理由を付けては周りを見ないようにしていた。

 そうなったのは俺が自身の成長に夢中になりすぎたからだ。

 クラスメイトの人気のための体力作りや将来のための勉強にかまけて、両親の気持ちをほったらかしにしていた。


 嬉しいことにはしゃいで周りが見えないとか、俺は見た目通りの子供同然じゃないか。


「父さんたちに話してくれないか」

「……」

「何かあるなら話して頂戴」

「……」

 父さんと母さんは俺と視線を合わせるよう立ち膝になり、誠心誠意尋ねる。

 それに対して俯き黙ることしかできない俺。


 だからだよ。

 だから言えないんだよ、母さん。


 母さんも父さんも本気で俺のことを心配してそう言ってくれている。

 だからこそ俺はタイムトラベルのことなんか話せない。

 本気で頭を悩ませ、不安になって、出費覚悟で外に連れ出してまで確かめようとした2人に対して、一体どうすれば「タイムトラベルした」なんてことが言えるだろう。

 

それが真実でも言えない。

 俺が逆の立場でそんなことを言われれば、きっと深く傷つくことになる。

 真剣なことに対して冗談で返されたのと同じだ。


 故に口を開かない。

 開けないのだ。

 俺は自分の変化に対してタイムトラベルという真実以外のものでなおかつ2人が納得できるような言い訳を持ち合わせていない。

 例えあったとしてもそれが嘘であることに変わりはない。


 この状況で俺が言える最大の誠意の言葉。


「……俺は、色々変わったと思う。変わり過ぎたと思う。

自分のことにばっか夢中になって、父さんも母さんのことも考えないでいろいろ突っ走り過ぎてちゃって、それは本当にごめん。

確かに俺は趣味趣向とか勉強や運動への取り組み方は変わったけど、別に別人になっちゃったとか頭打ったとかそういうのじゃ全然なくて。

……その、なんと言うか」

言葉に詰まりながらも俺はちゃんと伝えたいことを両親に伝える。



「俺は、父さんと母さんの子供だから。それだけは絶対間違いないよ」



俺が保証できることはこれくらいしかないのだ。

今後もきっと小学生らしからぬ言動をとったり、2人が不審になってしまうような急激な成長や変化をしてしまうかもしれない。

だけど、このことだけは絶対保証できる。


例えタイムトラベルしても、中身が28歳でも、俺が父さんと母さんの子供であることに変わりはない。

俺が変わりすぎて、本当に俺が自分たちの子供なのかと疑うことだけはないように、それだけは両親にしっかり知っておいて欲しいことなのだ。


自分がこんなことしか言えないのが情けない。

こんな気休めみたいな言葉しか俺は両親に伝えることができない。



「…………ええ、そうね。その通りだわ」

「ああ、翔はうちの子だ」

 俺を優しく抱擁し、2人は俺にもしくは自分自身にそう言い聞かせる。


 100パーセント納得してくれてはいない。

 何の釈明にも弁明にもなっていないのだから。

 ——でも、それでも、俺の気持ちだけはしっかり伝わった。




その日以来、俺は勉強や体力作りに根詰めすぎるようなことはやめた。

単純に過労で倒れないように休憩をしっかりとるという意味もあるが、何よりは、

あまりに急成長すると父さんも母さんも心配するからだ。

他にも時々父さんと母さんに勉強や体力作りの経過報告をしたりする。

俺の成長度合いを知らないこともまた父さんと母さんを不安にしていた原因だと思い、俺なりの配慮の意味を込めた行動だった。

逆にそれで驚かせてしまうこともあるけど……。

でも前とは違い、驚くだけではなく俺の成長を父さんと母さんは喜んでくれる。

——それに俺は、大事なことを忘れていた。


俺は2度目の人生で、人との交流を努力すると決意した。

 それは1度目の人生で、人との関わりがなかったから。

 俺はそれを取り戻したいという願いからなる行動であり、


 その取り戻したい中には、1度目の人生で疎遠になってしまった両親の存在も含まれているのだ。


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