第8話 昼食時間

「せっかくだしフードコートで昼飯を食べていくか?」

「うん、いいんじゃない」

 ちょうど時計の針が12時半を示したころ、ばくばくバルーンを膨らませ片手に持った俺は父の提案に乗る。

 あれ? わきわきバルーンだっけ? まあどっちでもいっか。

 

 母さんの料理もうまいが、たまには外食もしたい。

 誘うときに言ってくれた父の言葉通り、家族水入らずの時間も大事だ。

 まあ姉貴はいないけど。というかいない方がいいけど。


 それにしてもフードコートかぁ。

 バイト店員としてここに来たことは何度もあるが、客としてここに来るのは小学生以来だ。もちろん1度目の人生での小学生だ。

 このフードコートのごった返した感じ、少なからず少年心をくすぐられる。


 一つの空間にたくさんの店が立ち並んでいるのだ。

 メニューの選択肢が最も広い飲食店は間違いなくフードコートだろう。

 客として来店することに若干胸を膨らませながら俺は両親とともにフードコートを回る。


 盆休みということもあってかなり人が多いな。

 かろうじて空席がちらほらあるため何とか座る場所は確保できそうだ。


「今日は好きなもの頼んでいいわよ」

「ああ、ステーキでもスペシャルバーガーセットでも何でもいいぞ」

 何でもいいと言われると逆に困ってしまうな。

 何せフードコートは品物の多さは尋常ではない。

 そう簡単に決めることは——あっ。


 昼飯を何にしようか悩んでいるとある一つの店が目に留まる。

 定食屋の「メシ処」だ。

 何を隠そう、この店こそ俺が1度目の人生フードコートでバイトしていた店だ。

 俺がカップ麺も食べられないほど経済的にピンチだった時には、よく店の賄を分けてもらったものだ。

 確か20年前ほどは全国チェーンとして勢力を拡大していたのだが、俺がバイトしていた時にはもうほとんどの「メシ処」は淘汰され、こことはまた違うフードコートに残った第8号店のみが存続した。

 何かと世話になった店だ。ご飯一つ注文するので恩返しにはならないかもしれないが、ここの飯を食べるとしよう。


「俺あそこがいい」

「ああいいぞ」

 父さんは意気揚々と「メシ処」の列に俺と母さんを連れて並び、順番を待つ。


「翔は何が食べたいの?」

「あ~、どうしよっかなぁ」

 この店はどの料理もおいしい。

 日本に洋食文化が浸透しつつある世の中、和食料理一本で全国展開してみせた店だ。

 どの料理も味は十分保証できる。

 でもやっぱり俺は、


「野菜炒め定食かなぁ」


 賄でよく出してくれたのもこれだった。

 飲食店でありながら家庭的な味わい、野菜をまとめて炒めるのではなくそれぞれに適した調理法で丁寧に料理されたその品はまさに絶品の一言に尽きる。

 これを食べずして「メシ処」の良さは語れないだろう。


「えっ、や、野菜炒め?」

「え、うん」

「や、野菜、き、嫌いじゃなかったっけ?」

「いやそんなことないけど……」

「「……」」

 

何やら2人は唖然としている。

 むしろ俺はこの店に来て野菜炒めを注文しないということの方が驚きだ。

 そんな2人をよそに列はどんどんと進んでいき、やがて俺たちの番が回ってくる。


「野菜炒め定食一つ。父さんと母さんはどうする?」

 レジにいる店員に俺の姿が見えるように、つま先立ちでカウンターから顔を出して野菜炒めを注文し、両親にオーダーのバトンを渡す。


「え、あ、ああ、じゃあ、……海老天丼で」

「わ、私は……ざるそばで」

 注文を取る2人はどこか上の空で、まるで他のことに気がとられているようだった。

 なんか疲れてんのかな?


「は、はいっ! 畏まりました!」

 女性店員は何処かぎこちない挨拶で番号札をレジ横の棚から探す。

 名札に研修生という文字と初心者マーク、それにまだ学生のような風貌。

 なるほど、新人の学生バイトか。

 この込み合う時間帯に接客一人で担当するのは大変だろうな。


「あ、あれ? ど、どこだったかな?」

 きっとまだこの仕事に慣れていないのだろうか。彼女は慌てながらも番号札を探す。

 実はこの「メシ処」の特色として注文する品によって渡す番号札のカラーが違うのだ。

 というのも「メシ処」ではフードコートでは主流の客に料理を取って来てもらうという制度を導入しておらず、店員が客の下に出向いて料理を渡すのがこの店の制度となっているのだ。

 それ故に店員がどの客が何を注文したのか瞬時にわかるように、番号札を色分けして素早く提供することを心掛けているのだ。

 このようなルールになっているのも「メシ処」の創業者はなんでもおもてなしである和の心を重んじており、常にお客様第一での接客内容となっているのだとか。

 だが客が楽をするということは店員がそれ以上に苦労するということだ。

 店員が瞬時にそして間違えずに料理を運ぶには、店員がどの番号札の色がどの料理かということを暗記しなくてはいけないのだ。

 しかも「メシ処」のメニューは49食。

 新人からすればかなりの鬼畜使用だ。

 まあ慣れさえすればスムーズに提供できるが、俺も新人時代は苦労したものだ。

 

 彼女も一応研修は受けているはずだが、そう簡単にマスターできることではない。

 飲食店でのバイトは何かとやることが多いからな。

 いくら棚にメニュー名が書いてあっても、49品もあればすぐには見つけられない。

 それに彼女は焦って視界が狭くなっているようだ。


 列が長くなってきて、モタモタしている店員にイラつきだしている人も見受けられる。

ここは俺が未来の先輩店員として助け舟を出してあげるとしよう。

 確かこの店は店員が混乱しないように年代、店舗関係なく棚に並べられている札の順番は全て統一されているはず。

 なら俺の記憶が正しければ、えーっと、


「店員さん」

 俺はつま先立ちのまま顔だけを出して店員のお姉さんに声を掛ける。

「あっ、す、すいません! すぐにご用意を——」

「野菜炒め定食は上から3列目の右から1番目の緑色の札だよ」

「えっ、あ、ほ、ホントだ」

 店員がクレームと勘違いしているのを遮り、場所を丁寧に教える。

「海老天丼は下から2番目の右から4番目の朱色の札。ざるそばは海老天丼から2個上の右隣の紺色の札。隣の焼き魚定食の青色の札と間違えないようにね」

「……す、すごい。全部あってる」

 

 客側からは見えないはずの棚順を言い当てたことに対し、店員は感嘆の声を漏らす。

 まっ、伊達に何年も「メシ処」でバイトしていないからな。

 店員は俺の指示通りに得た札をトレーに置き、それぞれに手渡す。


「あ、あの、本当にありがとうございます」

「いえ、お仕事頑張ってください」

 これもまた接客業で身に着けた技術である接客スマイルでそう返す。

 バイトの経験がこんなところで活きるとは思いもよらなかったな。

 人生2度やればどんな経験も活きるものだな。

 まあ普通の人は人生2度やることなんてないけど。


「さっ、今のうちに席確保しとこ。……? 父さん? 母さん?」

 俺がトレーを左手で持ち空いている席を探していると、父さんと母さんはまるで奇々怪々なものを見るような目で俺を見る。


「その、…………いや、何でもない」

 父さんは何かを言いかけたが、途中でやめてしまった。

 やっぱり今日は様子が変だ。


 右手に持ったばきばきバルーンを邪魔に思いながら、不審感を覚える。

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