第7話 玩具購入

「ふ~んふふ~ん♪」

 日課のランニングを終えた後、俺は自室にて意気揚々と勉強に取り組んでいた。

 流石は子供の体といった感じで運動だけでなく、勉強に関しても呑み込みがいい。

 

1度目の人生では俺は名称を言ってはいけないGの存在よりも勉強が嫌いだった。

 何故ならできないからだ。

 できないことを頑張り続けられるほど俺は強い人間ではなかったし、その頃には既に「勉強は嫌なモノ」という考えが完全に常識として俺の頭に浸み込んでしまっていたからだ。


 しかし今は違う。

 きっかけはひもじい生活からの脱出目的ではあった。

だが物覚えの良いこの体で目に見えるほどの成長を実感するたび、できるようになることの快感を脳が覚えつつあった。

勉強に取り組み、それが目に見える形で成果として積み重なっていくうちに、俺の過去に刻まれた「勉強は嫌なモノ」という認識が払拭されつつあり、今では勉強することに楽しささえ覚えていた。


一度目の人生で勉強を忌み嫌っていた学生時代の俺が、今の俺を見ればきっと目を剥いて驚くだろう。

それ程の変化だ。


そんな鼻歌交じりで方程式を解いていると、

「コンコン」

と、部屋のドアをノックする音。

ドアをノックするということは姉貴ではないな。

姉貴ならノックなんてせずドアを蹴破らんとする勢いで開けるからだ。


となると、父さんか母さん。もしくは、


「翔? ちょっといいか」

「少し用があるの」


 その両方。

 両親が2人揃って俺の部屋に訪れた。しかも神妙な面持ちで。

 何やらただ事ではなさそうだ。


「ど、……どうかしたの?」

 な、なんか俺やらかしたのか?

 別に怒られるような真似はした覚えはないけど……。


「これから、父さんたちと買い物にでも行かないか?」

「翔の好きな変身ベルト買ってあげるわよ」

先の神妙な顔持ちが一転、にこやかにそう言う。

 

買い物の誘い。

 めちゃめちゃただ事だった。


 い、一体どういう風の吹き回しだ?

 三日前は「誕生日意外おもちゃは買わない」と断言した母が、特に何でもない今日に限って唐突に買ってあげると言い始めたのだ。

 何か裏があるのか?

 でも一体どんな裏があるのか皆目見当もつかない。


「な、なんで?」

 流石に不自然過ぎる誘いに、疑問を投げかける。


「べ、べべべべ、別にぃ! かかか、翔のこと確か——じゃなくてぇ! そ、そう! ただ最近翔が勉強頑張ってるみたいだから、ご、ご褒美でもあげようかと思って!」

「そ、そそそそうだよ! ほらっ! た、たまには家族水入らずで、ねっ!!」

 目がものすごい勢いで泳いでいる。


 その動揺っぷりからして、明らかに何か隠している。

 だが未だに意図が読み取れない。

 一体どのような理由で俺を誘っているんだ?

 

「……まぁいいけど」

 誘いに乗らない限りその理由はわからなさそうだ。

 父さんと母さんが俺を嵌めようなんて企んでいるとは考えにくいし、きっと何かわけがあってのことなんだろう。


 俺が首を縦に振ると両親は心底ほっとしたように胸を撫で下ろす。

「じゃ、じゃあ早速行こうか」

「お母さんたち車に乗ってるから。用意出来たら来て頂戴」

「うん」


 それだけ伝えると、2人は足早にその場を去る。

 今日の2人は何処かよそよそしいな。




 車内にて。

「やっぱおかしいわ。あの翔が変身ベルトで食いつかないなんて」

「ああ、前は変身ベルトという単語を出しただけで飛びついてきたのにな」

 そこでは、愛子と翔太による作戦会議が行われていた。

「でしょう! もうこのまま病院に連れて行っちゃいましょう!」

「ちょっ! そ、それはいくら何でも尚早だよ。もう少し様子を見よう」

「……まあ、アナタがそう言うなら」

 会議の結果今の段階ではまだ様子見ということになった。



  ◆



 家から車で20分のところにあるショッピングモールの一角にあるおもちゃ売り場に着いた。

(姉貴は友人と遊ぶ用事があったのでパス)

 店内には俺と同年代程の子供たちが瞳をキラキラさせながら、品物であるおもちゃを物色していた。

 しかし俺の目は彼らとは対照的に冷め切っている。

 

 堅実に生きるという重大な目標を達成させるために日々努力に勤しんでいる俺が、よくわからないおもちゃ選びのために時間を浪費していると思うと憂鬱で仕方がない。

 父さんと母さんの意図が知りたいという理由以外にここに来る価値はない。

 早く帰って勉強したい。それにまだ昼のランニングもしていないのに。


「ほらっ、翔。好きなもの買っていいんだぞっ」

「え、あ、うん」

 父に背中を押され、渋々ながら店内の物を眺める。

 こんなことを言ってしまうと子供向けグッズが好きな大人の方やおもちゃメーカーの反感を買ってしまうかもしれないが、


 正直、超絶いらねえ。


 俺中身28歳だぞ? 変身ベルトもヒーローなりきりグッズもなんちゃらソードとかいうやつも全く興味を示せない。

 一体俺にどんな気持ちで子供向けグッズを買えっていうんだ?

 きっと俺はアニメを全く知らない奴がアニメイトに連れて行かれたような表情をしていることだろう。

はっきり言って参考書を買ってくれる方が100倍嬉しい。


「お、おかしいな。翔ならおもちゃ売り場を見ただけではしゃぐのに(小声)」

「ええ、まるでアニメを全く知らない人がアニメイトに連れていかれたような冷めきった眼をしているわね(小声)」

 

 両親が後ろで何かコソコソ言っている。

 まあそれはいいとして、だ。——流石に何も買わないというわけにもいかないか。

 一応形だけでも何かかしら購入して置こう。


 とりあえず母さんが買っていいと言ってくれた変身ベルトのコーナーに行ってみる。

 子供の頃に見たヒーロー番組はよく覚えていないため、商品を見ても懐かしさも何も感じられない。

 ただただ無関心。

 テキトーに一番近くにある、なんたらヒーローというやつのベルトを手に持ってみる。


まあこれで——って7500円! 高っ! あのテキストが五冊も買えるじゃないか!

変身ベルトってこんなに高かったのか……。そりゃあ母さんも誕生日くらいしか買ってくれないよな。

こんなのねだられるたびに買っていたら家計が火の車だ。


となるとますます疑問だな。

何故こんな高価なものを急に買ってくれるというのだろうか?

それ程に俺を買い物に連れていくことが大切なのか?

全くわからない。

まあそのことに関しては、今はまだ保留でいいか。

ここでいくら考えても答えには辿り着けそうにはないし。


 それよりも問題はこのおもちゃ選びだ。

 うちは決して貧乏というわけではないが、かといって金持ちというわけではない。

 節約できるなら節約したいというのが本音だろう。

 それなのに俺が欲しくもない変身ベルトのために一万円近いお金を使用するなど、あってはならないことだ。

 無駄なことが家のお金を使わせるわけにはいかない。

 子供の立場である俺でもそれくらいの気は使える。


 俺の養育費だってただじゃない。

 これから中学に進んで、高校にも行って、しかも大学に行くとなればさらにお金がかかる。

 義務教育で高校などに比べて比較的お金のかからない今こそ将来のために貯蓄をするべきだ。

 まあ俺の金じゃないから偉そうなことは言えないけど。


 兎にも角にも! こんなところで無駄遣いをしていいほど我が家に余裕などない。

 変身ベルトを買うなど言語道断。

 可能な限り安い物を買おう。


 となるとキーホルダーなどの小物系か?

 ダメだ! キーホルダー一つで1,000円なんて高すぎる!

 もっと安い物があるはず——っ! 


これだッ!

 宝を発見したトレジャーハンターのように俺はその商品を掴み取る。


「父さん、母さん。俺これが欲しい」

「ん? どれどれ…………えっ」

 俺がその商品を差し出すと、父さんは絶句した。


 俺が差し出したのはワゴンセールで店員が発注ミスで大量に注文した物を処分するように山積みになっていた「わくわくバルーン」という名前の変な顔がペイントされた風船だ。

 この商品を見て一切わくわくする要素がないのはさて置いて、経済的にはとてもやさしい値段なのは確かだ。

 税込み100円。しかもワゴンセールで半額となり、今ならなんと50円。

 これなら俺のなけなしのお小遣いでも6個は買える。

 おもちゃ屋という空間で値段が3桁未満の商品なんてこれ以外に見たことがない。

 何なら名前を「安価バルーン」とか「お得バルーン」に変えたほうがいいんじゃないかって程良心的な値段だ。

 

「えっ、ほ、本当にこれでいいの?」

「うん」

「変身ベルトでもいいんだぞ?」

「いやこれがいい」


 何度も確認を取られが、俺は頑なに変更しない。

 だってこれが一番お得なんだもの。かけを。

 

「……ま、まあ、翔がそれでいいって言うなら」

 釈然としない様子だが、父さんは50円の安価バル、じゃなかった、わくわくバルーンをレジに持って行った。

 店員も「まさかこの商品を買う人がいるとは!?」というような驚きの表情を見せつつもレジ打ちをしていた。


 やはり発注ミスだったのかな、わくわくバルーン。


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