第6話 両親会議
「……あの子、最近おかしいわ」
深刻な声色でそう切り出す。
深夜零時。
子供たちが寝静まった時刻。
食卓で向かい合って座るのは、糸崎家の専業主婦こと糸崎 愛子。
それと糸崎家の大黒柱、糸崎 翔太。
その二人が今、子供たち抜きでの緊急家族会議を開いている。
議題として挙がっているのは、糸崎家長男。糸崎翔についてだ。
「翔ってば最近毎日朝と昼にはランニングしているの。あの幼稚園の頃から運動嫌いだった翔が自主的によ。それだけじゃないわ。一昨日なんて急にテキストが欲しいなんて言い出すの。最初はおもちゃを買うための嘘かと思ったけどちゃんとテキストを買ってきていてね。しかも買ってきたのは小学生のじゃなくて中学生の奴だったのよ。間違って買ったのかって聞いてみたらあの子は「ううん」って否定するし、本当に中学の問題やっているのか気になって昨日の夜中にこっそりテキスト見てみたらちゃんと問題解いていたのよ。
あの子まだ小学一年生よ! それなのに急に中学生の問題が解けるようになっちゃうなんて信じられない……」
動揺と混乱が混じりながらも愛子は、翔太に事の顛末を伝える。
普段は人の変化に疎い愛子だが、一昨日の翔の「テキスト買って問題」が決定打となって彼女も息子の異変に気付き始めた。
一方の翔太はというと、
「別にいいんじゃないか」
とても楽観的だった。
「いいんじゃないかって、アナタってば本気で言っているの!! 実の息子のことなのよ!! 父親としてもっと心配しなさいよ!!!」
彼の言葉は愛子の逆鱗に触れ、彼女は深夜でありながらも大声で怒鳴り散らし、翔太の胸倉を掴んで前後に激しく揺らす。
彼女は怒るとすぐに手が出る。
ちなみにこれは長女優愛にも遺伝している。
「あ、あばばばば! お、落ち着いてよ、愛子さん」
「落ち着けるわけないでしょ!」
翔太が宥めようとするも彼女は怒りに満ち満ちた様子で一蹴する。
「た、確かに翔は変わったよ。それは僕も感じ取っていることだ。……けど、それが決して悪いことだとは思わないんだよ。なんなら僕としては息子が前よりもいろんなことに前向きになってくれて嬉しいんだ」
「それは…………そうかもしれないけど」
煮え切らない気持ちはありながらもその言葉にある程度の理解を示したのか、愛子は掴んだ胸倉を離す。
翔太の言葉は一理ある。
子供に限らず人とは常に成長するものだ。
男子三日会わざれば刮目してみよ、という言葉があるように人間急激に成長することもある。翔の場合は一日だけだったが。
翔太が楽観的に見ているのは決して翔の身を軽んじているからではない。
人それぞれの成長速度がある物だと理解しているが故の発言である。
「でもやっぱり不安なのよ。まるであの子が別人になっちゃったみたいで」
そして愛子の言葉もまた一理ある。
いくら人それぞれの成長速度があると言っても、あまりに翔の成長速度は急激に早くなり過ぎである。
それこそ本当に、人が変わったように。
「もしかしたら何か病気なんじゃないかしら」
「急に前向きになる病気なんて聞いたことないけどなぁ……」
「でもそうじゃないと説明がつかないじゃない!」
「まあそうかもしれないけどさ……」
「——本当にどうしましょう……」
「……」
沈黙が流れる。
彼らが何より恐れていることは、このままでは自分たちの知っている糸崎翔という息子が消えてしまうのではないかということ。
その不安は愛子だけでなく、翔太の心の内にも少なからずくすぶっていた。
子供の事情が心配でない親などいない。
だから今、この瞬間二人は悩み、沈黙が続いているのだ。
「………………なら、確かめよう」
そう切り出したのは、父 翔太だった。
「確かめるって、何を?」
「本当に翔は人が変わってしまったのか確かめるんだ。ある程度のことを知れば僕も君も安心できるはずだ」
この二人にとっての不安要素は翔の変化の度合いによるものだ。
翔がどれほど変わってしまったのか、それをわかっているかわかっていないかでは不安の大きさは大きく変動する。
何より不安なことは未知であること。
それが身近な息子という立場の人間に関することとなればなおさらだ。
「…………ええ、やりましょう」
愛子にとって息子が本当に自分の知っている息子であるかを確かめることに、多少の後ろめたさがあった。
それは自分の息子の存在を信じないのと同義であるからだ。
——だが、彼女にとって息子のことを本当の息子かどうか疑い続けることの方が恐ろしかった。
それ故の決断だ。
「なら、明日翔を家に連れ出して確かめてみるとしよう」
決行日は明日。
その日に、翔は試される。本当の彼かどうかを——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます