第2話 家族構成
俺は、若返った。
脳年齢がとか肌年齢がとかではなく、本当に若返ったのだ。
俗にいうタイムトラベル。
バッ●トゥザフュー●ャーの過去バージョンである。未来に行ける車はないけど。
その事実、俺が小学一年生に若返った事実を知った俺が次にとった行動は、
寝る、だ。
正直、頭が混乱していて何も考えられない。
とりあえず脳を一度休ませよう。
1日休息をとれば少しは考えが巡るはずだ。
あまりに衝撃的な事実を知り心身ともに疲弊していた俺は、ベットに横になるや否やすぐに眠りに就くことができた。
そして翌日。
若返ってから2度目の朝を迎える。
やはり体は小学一年生のままだ。
実は朝起きると全部夢だったということも期待していたのだが、まあ期待はあっけなく砕け散ったな。
流石に24時間も眠ると体がだるくなる。
若干の気怠さを覚えつつも強引に体を起こす。
1階からは何やら物音がする。
それに2階の俺の部屋からも伝わってくる香ばしい匂い。
ここが我が家であり下で調理をしている人と言えば、一人しかいない。
タンタンと軽い体重で階段を降りる音を発しながら2日着続けたクシャクシャのパジャマで1階に降りる。
そこには、
「おっ、ようやく起きてきたか翔」
「あんた昨日丸1日寝てたでしょ。夏休みだからって怠け過ぎよ」
リビングには新聞を広げてソファに腰掛ける父さんと、キッチンで朝食の用意をする母さんの姿。
過去に見慣れた風景、のはずだが。
「父さんに母さん!? 若ッ!?」
22年前になって俺が若返っているのに父さんと母さんは変わらないというのもおかしなことだし若返っていることはむしろ自然なのだが、驚きを隠せない。
22年前ってことは、父さんは31歳、母さんに関して言えば若返る前の俺と同じ28歳だ。
俺と母さんが同い年というのはなんだか複雑な心境だ。
まあ今の俺は6歳だから肉体的にいえば同い年ではないけど。
「あら何よ、急におだてちゃってぇ。そんなこと言っても何も買ってあげないわよ♪」
母さんは口ではそう言いつつも弾んだ声色だ。
別におだてるつもりで言ったつもりはないんだけど、まあそういうことにしておくか。
実は俺は28歳で朝起きたらタイムトラベルして小学一年生に戻っていたんだ!!
なんて言っても信じてもらえるわけない。
下手すれば病院に連れられてしまう。勿論精神科にな。
事実であろうとそんなぶっ飛び発言をしたって状況を悪化させるだけだ。
黙っておくことが両親にとっても俺にとっても最善である。
まあ両親についての問題はこれから解決するとして、それよりも問題となる人物が俺の家族に入る。
それは、
「おい愚弟、ボーっと突っ立てんじゃねえよ。蹴り倒すぞ」
幼い声色に対して汚い言葉遣い。
その声は俺の真後ろつまり階段か掛けられ、反射的に振り返る。
そしてその主は、
糸崎 優愛(いとさき ゆあ)、俺の姉貴だ。
俺と姉は2つ年が離れており、今が22年前なら姉貴は8歳の小学三年生になる。
なので当然、
「姉貴、小さっ」
ポロッと口から洩れてしまう。
こんなことを言えば、この姉貴は、
「あ゛!? テメェの方が小せえだろうが、クソ弟!!」
「い、いでででぇ!? や、やめろクソ姉貴ッ!」
怒り心頭となった彼女は眉間に血管を浮かばせすぐさま俺にアイアンクローをくらわせる。
性別は違えど年齢差があり、おまけに姉貴は空手を幼稚園児の頃からやっているのもあって力が強い。
そういえば、俺と姉貴の関係を言い忘れていた。
俺と姉貴は、死ぬほど仲が悪い。
別に仲が悪くなるきっかけがあるわけではなく、ただ単に性格が相容れないだけだ。
姉貴は基本的に口が悪く(母親譲り)何かと突っかかってきては、それに対して俺も反発してしまう性分で結果的に喧嘩が起きる。
それが毎日毎日繰り返された結果、俺と姉貴は仲が悪くなった。
積み重なった結果として不仲になったのだ。
しかもその中の悪さは一般家庭のそれを超える。
普通幼少の頃は喧嘩していても高校にもなればお互い大人になって喧嘩が怒りにくくなるものだが、うちの場合は真逆だった。
年月を重ねるにつれて姉貴の突っかかりはヒステリーなのではないかと本気で疑うことさえあるほどに増えていき、それに対して黙ってやられられない俺も負けじと言い争いになり、最終的には高校生でありながら殴り合いの喧嘩さえするようになる。
それがほぼ毎日続いており、目を合わせる度に喧嘩をしていた。
酷いときには骨折の被害が出ていた。主に俺が。
その喧嘩が治まるようになったのは姉が大学生になって一人暮らしを始めてからだった。
ラノベとかでは仲が悪いと思いきや実は弟想い。なんて展開がよくあるが、現実はそんなことあり得ないし、そうなる予定もないのは他でもない未来を知っている俺が保障する。
きっとこの姉貴は俺が死ぬボタンがあったら、迷わず連打するはずだ。
それぐらい姉貴は俺を嫌っているし、俺もまた姉貴を嫌っていた。
犬猿の仲。
それが俺と姉貴の関係である。
血の繋がりさえなければこんな野蛮人とは絶対かかわりを持たなかった。
「ちょっと朝っぱらから喧嘩なんてやめなさい!」
「チッ、……はぁ~い」
母さんの一喝により渋々ながらもアイアンクローを解く。
「……ゴリラ女(ボソッ)」
「カチンッ(姉貴がキレる音)」
腹いせに漏らしたその一言で姉貴は更に怒り、今度は俺の口に親指を突っ込みそのまま上に吊り上げ左頬を引っ張る。
「んだとオラァアア!!!」
「ふははれふそふぁふぇぎ!!(くたばれクソ姉貴!!)」
「なんつってるかわかんねえよクソがァ!!」
黙ってやり過ごせばいいものを姉貴に対してだとついやり返さずにはいられなく、一言余計なことを口にしてしまい、火に油や焚火を投入する結果となってしまう。
そのせいで喧嘩はエスカレートしてけがを負うことになるのだ。主に俺が。
俺は自分が思っている以上に学習能力がない。いやわかってはいるのだがやり返してしまうのだろう。
多分俺はこの姉貴にだけは負けたくないのだと思う。
「あんたたちいい加減にしなさい!!」
母さんは手が出る喧嘩にまで発展した俺たちに近づき、「ゴッ!」という鈍い音とともに俺と姉貴の脳天に拳骨が炸裂する。
瞬間的な痛みが過ぎると、じんわりと伝わる二次痛覚に襲われる。
姉貴の暴力的な面は間違いなく母さん譲りだ。
「はぁ~い」「ふぁ~い(はぁ~い)」
母さんの暴力により俺も姉貴も矛を収め、食卓に着く。
「お父さんも、ほらっ。早く座って」
「あ~、うん。わかった」
父さんは広げた新聞を丁寧に4つ折りにして座卓に置いてから、食卓に着く。
父さんは温厚な性格で、母さんとは対極的だ。
姉貴に対してあんな態度をとった後からでは説得力がないかもしれないが、俺の性格は割と父親似だ。
基本的に争いごとはしないし(姉貴を除く)、あまり感情を荒立てたりはしない(姉貴との喧嘩を除く)。
しかし激情を抑えきれなくなると姉貴との喧嘩のように母親の面が出てしまうのだ。
まるで二重人格だと我ながらに思う。
「翔、ボーっとしてないで早く食べなさい」
「あ、うん」
母さんに催促を駆けられ箸を持つ。
白米に味噌汁、金平ゴボウにメインは焼き魚。
スタンダードな日本食メニューである。
……母さんの手料理か。
そういえば久しく食べてなかったな。
一人暮らしの時はカップ麺ばかりだったから、手料理自体久し振りだ。
感慨深くなりながらも、左手でお椀を持ち味噌汁を一口。
彼是1日以上食材を口にしていなかった体が故、味噌汁の塩味が五臓六腑に染み渡る。
久々のお袋の味ということもあって涙が出そうになった。
続いて焼き魚に箸を伸ばす。
箸で丁寧に骨と身を取り分け、骨を皿の端に避けてから魚の身を口にする。
一人暮らしをしていると魚を食べる機会なんて滅多に訪れないため、少しばかり感動している。
空腹がスパイスになっているのか、とてもおいしく感じる。
と、俺が普通にご飯を食べていると家族全員が俺の方を見て愕然としている。
「……? な、なに?」
「翔、……お前そんなに箸の使い方上手かったか?」
父さんが唐突にそんな疑問を投げかけてくる。
逆に28歳にもなって箸使えなかったらやばいだろ。
「え、いや、こんなもんでしょ。普通」
「いやだってあんた、前まではご飯もろくに掴めないどころか持ち方も変だったじゃない。それがどうして急に魚の骨取り分けられるようになったのよ」
あっ、そういえば俺今小学一年生だった!?
たった1日で箸の使い方がうまくなっていれば、家族も不審がって当然だ。
「い、いやぁ~、な、なんて言うか、1日寝たら急に上手くなっててさ~。じゅ、熟成理論ってやつ?」
目を泳がせながら苦しまぎれの言い訳をする。というか言い訳にすらなっていない。
流石にこれは、気づかれるか?
「へぇ~、珍しいこともあるんだなぁ」
「まあ変な持ち方が治って良かったわ」
「……」
姉貴は不審そうに俺をジッと見ているが、両親はあっさり納得してくれた。
両親は案外鈍感で助かった。
これからは、ボロを出さないように気を付けよう。
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