小学一年生に戻ったので堅実に生きる
オカモト タカヒロ
第1話 時間逆行
糸崎 翔(いとさき かける)、28歳フリーター。
座右の銘は、「夢を見るな」
夢を見ることは誰だってある事だ。
しかしそれがいいことであるとは限らない。
ましてや凡人が見る夢ほど虚しいものはない。
夢を叶えられるのは才能と努力を兼ね備えた人間のみ。才能もないくせに努力ばっかいっちょ前の人間に叶えられるほど夢とは安くない。
それどころか、夢を見れば借金を背負うことになる。
青春を無為にしたこと、友人関係を投げ捨てたこと、勉学を疎かにしたこと。
その結果、俺は現在定職にもつかず狭い1LKの部屋で1人嫁も彼女も友人さえもいないバイト三昧の日々。
利子付きで借金となり、俺は大人になってそのツケを払っているのだ。
しかも日に日に利子は増大し、完済は不可と来た。
それも全て、過去の俺のせいだ。
過去の俺は夢を追うことを自分のすべきことであると信じて疑わなかった。
学校をサボってでも、友達が0人でも、テストが赤点だらけでも、俺は夢を追っている自分を正しいと思っていたのだ。
滑稽な話だ。
それで叶うならまだしも俺はスタートラインにも立てず挫折したのだ。
青春全て投資して、得られた結果が挫折。
努力は裏切らない。なんてふざけた言葉を言った人間がいるらしい。
そいつは俺の現状を見ても、努力に裏切られた俺を見てもなお、同じことを言えるのだろうか。
過去の自分が夢に振り回されたばかりに現在の俺が苦しんでいるのだ。
夢追い人の哀れな末路。
それが今だ。
叶うなら過去の自分ぶん殴って現実を見させてやりたいものだ。
だから夢を見てはいけない。
叶わない夢なら最初から見ない方がいい。
それを見てしまえば、憧れてしまうから、切望してしまうから、それになりたいと追いかけてしまうから、見ない方がいいのだ。
故に「夢を見るな」。
俺が28年生きて得た最大の教訓である。
30年近く生きてきた得られたものがこんな文字通り夢のないものなんて、我ながら薄っぺらい人生だ。
もし人生やり直せるなら今度は堅実に生きたい。
地に足つけて人並みに友人がいて、ちゃんとした定職について、ごくごく普通な家庭を持ちたい。
って、これも夢だよな。
見てしまえば追いかけてしまうから、考えるのをやめた。
「……寝よ」
狭い自室で1人呟く。
明日だってバイトがあるんだ。
1日でも休めば来月には住む家すら無くなっているかもしれない。
薄っぺらい敷布団と毛布に挟まれながら、俺はゆっくりと眠りに落ちる。
目が覚めた。
カーテンの隙間から入り込む朝日に眩しさを感じながら、目じりを擦る。
……なんか、俺の手小さくないか?
それに、なんだか体が動かし辛い。
まるで自分の体ではないようだ。
いや、そんなはずはない。
きっと体調でも悪いんだろう。
しっかりこれは俺の体のはずだ。
朝起きたら別人と入れ代わっているなんて某有名映画みたいな展開あるはずがない。
証拠にここだっていつもの狭い1LKの部屋。ボロボロの賃貸アパートの一室。
そう、いつもの見慣れた光景の……は……ず…………。
しかし辺りを見渡しても俺の部屋とは違う光景が広がっていた。
寝ていたのは薄っぺらい敷布団じゃなくてふかふかのベットだし、部屋の中には隙間風が入ってきそうな隙間はなく、洗濯して地面に放り投げた服も、散らかしたカップ麺のゴミも、俺の部屋にあったものすべてがなくなっている。
ま、まさか本当に他人と入れ代わって……。
——いや、でもおかしい。
この内装、見たことがある。
見たことない風景を見たことがあると勘違いするデジャブではない。
確かな記憶で俺はこの部屋に既視感を覚えている。
そして何より、何処か懐かしい。
と、とにかく、起きて現状把握をしよう。
もしかしたら寝ている間に誘拐されたなんてことがあるかもしれない。
いやしかし俺みたいな貧乏人を誘拐する価値なんてないと思うが。
憶測で頭をめぐらせながら、ベットをおりるとすぐに違和感に気づく。
目線が低い。
手が小さく感じることと身体が動かしづらい時点では若干風邪気味のため体調が悪くその症状の一環と思っていたのだが、流石にこれで変化に気づかないほど鈍感じゃない。
まさか……ち、縮んだ!?
そ、そんなハズは……。
と恐る恐る視線を下に向け、胸部から足先までの体を見下ろす。
明らかに小さい。
脚とか胴体とかの一部分がではなく、全体的に小さくなったいる。
夢かと思い頬を抓って見るが、痛覚は正常に働いていた。
……夢じゃない。
ある朝目覚めた時体が縮んでいたら人はどんな反応をするべきなのだろうか。
悲鳴をあげたり、ショックで気絶したり、全てを忘れ二度寝したりするのか。
実際体験した俺は、絶句する他なかった。
まだ状況が呑み込めない。
何故こんなことになったのか、訳が分からない。
黒づくめの男たちの取引を目撃した覚えも、後ろから近寄る人影に気づかなかった覚えも、怪しい薬を飲まされた覚えもない。
この状況を一瞬で理解出来るほど肝は座っていない。
しかし思考できないほどパニックにもなっていない。
一旦落ち着こう。ここで慌てふためいても何も始まりやしない。
まずは状況を整理しよう。
➀夜中はいつも通り床に着いた。
➁朝目覚めると見知らぬ場所にいて体が縮んでいた。
……訳が分からない。
整理したところでこの奇々怪々な出来事を納得することなど不可能だ。
異世界転生と違って神様が懇切丁寧に説明してくれるわけもない。
自分でこの状況を理解しなくては。
なら最初にこの部屋から出よう。
ふかふかのベット、筆記用具と教材が置かれた学習机、ヒーローベルトなどが入ったおもちゃ箱、部屋の隅にはランドセルがあった。
小学生の部屋と思しき場所。
ここからわかることは、俺が住んでいたぼろアパートの一室ではないということ。
あとは多少の懐かしさを感じる。
ここから得られる情報もあるかもしれないが、それは後回しでもいい。
知るべきは、「俺が変わったのか」もしくは「世界そのものが変わったのか」
後者ならばどのような世界になったのか確認しなくてはならない。
扉を開けたら異世界とか、外に出たらゾンビだらけとかだった場合、俺の体が縮んでいることよりも一大事だ。
ドキドキと不安からなる鼓動を聞きながら、慎重に部屋の扉を開ける。
そこには、……いたって普通の廊下があった。
どうやら扉を開けたら異世界ということはなさそうだ。
でもちょっとは期待してしまった。
俺だって男の子だし、異世界転生とか一度は憧れるよね。
だがまだゾンビの可能性もその他の可能性もあるわけだし、慎重に進もう。
……それにしても、やっぱり見覚えがある場所だ。
抜き足忍び足で廊下を歩いていると、目覚めた部屋の中同様既視感を覚える。
思い出せない。だが確かに記憶の中にはこの光景が刻み込まれている。
悶々としながらも階段を降りて一階にたどり着く。
誰もいない。空き家なのか?
でも家具や家電は一通り揃っているし、家全体に掃除が行きわたっていている。人が住んでいる形跡はあるようだ。
現在進行形で誰かが住んでおり、今はその誰かである住民が出払っている状態なのだろう。
ならば住民が帰ってくる前に一通りのことを調べておこう。
住民が誘拐犯とか黒の組織とかやばい系の人たちかもしれないしな。
最初に向かったのは玄関。
最も恐れるべきゾンビ世界になっていないかの確認だ。
玄関の扉を少しだけ開け、覗き見るように家の外を見る。
そこには、いたって普通の住宅街の風景。
家の前の歩道を犬の散歩中のおばさんが歩いており俺と玄関越しに目が合うと優しく微笑み「おはよう」と挨拶をしてくれた。
それに対して軽く会釈をして返し、俺はそっと玄関の扉を閉める。
ゾンビで溢れかえったらあんなのどかに犬の散歩をするわけないし、あのおばさんがゾンビであるとは考えられない。
どうやらゾンビ世界という線はなさそうだ。
次に冷蔵庫を確認する。
食料が入っていれば少し胃を満たしておこうという考えだ。
体が縮んで見知らぬ場所にいたとしても腹はすくものである。
人様の冷蔵庫を開けるのには若干の抵抗がありつつも、上の冷蔵室を背伸びして開ける。
体が縮んだせいで冷蔵庫もつま先立ちしなければ開けられない。縮んでもいいことはないな。
不便を嘆きながら手元から一番近くにあった鶏肉に手を伸ばす。
ちゃんと食材は入って……ん?
食材のラベルを見てみると消費期限が2006年7月29日となっていた。
嘘だろ……、22年間も鶏肉放置していたのかよ。
さ、流石にこれは食えないな。
俺はそっと鶏肉を冷蔵庫に戻して、そっと冷蔵庫のドアを閉じる。
20年以上放置していた割には腐乱臭とかしなかったな。20年以上も肉を放置したことはないからよくわからないけど。
今度はテレビをつけてみることにした。
テレビのニュースさえ見れば大方の世間事情を知ることができるはず。
リビングの座卓に置かれていたリモコンを使いテレビをつける。
『やっほー! 五十嵐お兄さんだよ! 今日もみんなと一緒に朝の体操をしていくよー!』
うっわ、これ懐かしいな。
電源ボタンを押して真っ先についたのは朝方にやっている子供番組だった。
確か番組名は「お兄さんと一緒」だったはず。
子供の頃よく見ていた番組だ。
幼児向けの番組で一般の幼稚園生を対象としている番組なのだが、この五十嵐お兄さんのユーモアに富んだ発言が好きで俺は小学三年生まで見ていたな。
でもこの番組は確か俺が小学校を卒業とするときと同時に放送打ち切りになったはずだ。
この五十嵐お兄さんが複数の女性とトラブルを起こすという、とても子供には説明できない不祥事を起こしてしまったが故に五十嵐お兄さんが番組から降板。
番組と顔となっていた五十嵐お兄さんが抜けたことにより、視聴率は低下の一途をたどりそのまま放送打ち切りとなってしまったのだ。
そのまま五十嵐お兄さんともどもこの「お兄さんと一緒」はテレビから葬り去られてしまったと思っていたのだが、まさか再放送するとは思わなかったな。
でも不祥事を犯した芸能人を再放送で出してしまっていいのだろうか?
座卓にはリモコンと一緒に今日の新聞もあったので番組欄を見てみる。
8時半の1チャンネルには確かに「お兄さんと一緒」の欄がある。
だが再放送という文字がない。
印刷ミスなのかと思い他の番組にも目を通してみる。
すると奇妙なことにどの番組も過去に打ち切りになったものや長寿番組の第1回目の放送、ヒーロー番組も今よりずっと前のキャラクターの奴だ。
一体どうなっているんだ? 急に過去の番組が流行り出したのか?
いやそんなわけないと思い、新聞の日付を確認してみる。
「……2006年、……7月25日…………」
つまり、今から22年前。
そ、そんな、……そんな……わけ……。
22年前に来て、見知らぬ家にいるなんて——ッ!?
違う! 見知らぬ家なんかじゃない!
そうだよ、なんで忘れてたんだよ俺っ!
ここは俺の家だ……!
正確には22年前の俺の家。
確か俺の小学校入学と同時に入居し4年生で引っ越して約3年間という短い期間での我が家であったため、記憶が薄れていたのだ。
だとしても普通自分の家を忘れるか!?
自分の記憶力のなさに嫌気がさす。
「……っ!? ってことは……!」
俺は急いで鏡のある洗面所へ駆ける。
22年前。
俺の家。
そして、縮んだ体。
ここまでヒントを得て答えにたどり着かないわけない。
むしろ今の今まで気づかなかった自分が馬鹿だ。
本当なら体が縮んでいる時点でこのことに気が付くべきだった。
俺の体は〝縮んだ〟のではない——。
洗面所に着くと、真っ先に鏡の前に息切れした状態で立つ。
この体だと見た目通りの子供体力しかなく、ちょっと走っただけで呼吸が乱れる。
そして、乱れた呼吸を止めるのと覚悟を決めることの2つの意味で深呼吸をする。
「——っ」
勇気を振り絞り、俺は鏡と向き合う。
そこには、俺がいた。
別人の体でもなく、縮んだ28歳の俺でもない。
そこには22年前の、つまり小学一年生の俺がいた。
「………………ま、マジかよ……」
28歳フリーターの糸崎翔は、
小学一年生の自分に戻っていた。
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