第二話



周りには、たくさんの職員が網なんかを手に話をしている。


曰く、今回のターゲットは白いイロツキであること。

曰く、優先順位の低い個体は捨て置いてかまわないということ。


震える手を強く握る。

こんな筈じゃなかった。動物が好きだった。

だから、ここに入って、しているこれは、僕は一体。


虚ろな目で前をぼーっと見ていたら、

「あれ」を詰めた投薬器が目に入った。


「ーーーあ、っうぇ、え゛え゛」


胃の中身をぶちまける僕を、周りの職員は遠巻きに笑っていた。




■■■



「おい!そっちにいったぞ!!!」


網を振りかぶる男の足の間をキャトルの首をくわえて駆け抜ける。


突然の事でパニックになる頭を必死に動かす。

いきなり追いかけられて知らない場所に来てしまった。

どうにかしてお兄ちゃんを見つけないと。


「そっちだ!」


そう声のした方と逆に走る。

しかし、直ぐにそれが罠だと知った。


「行き止まり…!!!」


キツネのままのキャトルを抱えるように人間の姿をとる。


「私たちに何の用かしら!!!」


叫ぶように威嚇する私に男は構うことなくじりじり、と距離を詰める。


「…っう、お兄ちゃん!!!」


私が叫んだのと男が倒れ込むのはほぼ同時だった。


「梅乃!!!キャトル!!!無事か!??」


男に体当たりをかました兄がこちらを見ながら確認してくる。

けれど、私には男がニヤリと笑ったのがはっきりと見えた。


「…き」気を付けて。その言葉は男の大きな声にかき消された。

「四肢を狙え!!胴体には当てるなよ!!!」


瞬間、銃声のようなものが聞こえた。

けれど、私達をかばう兄に浴びせられたのは、

弾丸ではなく何か液体の入った注射のような形の何かだった。


「お、にいちゃん」


兄はなんだか信じられないと言うように、それを見て


「あ、」


"それ"のささったお兄ちゃんの左腕がどろりと溶けた。


「あああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああ

 あああああああああああああああああ」


気が触れたような兄の叫び声を聞いた後のことは、

ほとんど覚えていない。


なんとなく、

「この色はいらないんじゃないか」

そんな事を言われたような気がする。


なんとなく、覚えがある言葉のような気もした。

兄と居候の妹を乗せた車が走った方へ重たい体を動かす。


ずるり、ぬかるんだ道に足を取られあぜ道に落ちる。


私の意識は、そこで途切れた。




■■■




どうやら、今日は"回収"の日だったらしい。

何人かの職員が「まただめだ」とか「やっぱりな」だとかいいながら

きっと、"やっぱり駄目だった"それを置いていくのが見えた。


「…ねーね。にーに」


譫言のように呟くそれに恐る恐る近づく。


「どうしたの」


白々しくも、そんな言葉しか出てこなかった。


「………きゃ、ろる?」


きっと、あの試験薬の影響で意識混濁と視界異常がでているんだろう。

けれど、だからこそ、見間違えたのだろう。


ただの人間の私を、あの、神様と。


ぺたりと動かないそれを、

炭をまぶしたような真っ黒な手が抱え、

手とは正反対の陶磁器のような頬を寄せ心音を確認する。



ズル、ズル、と黒い方の足を引きずるようにして

彼女は離れというにはあまりに狭いその小屋に戻り、


カチャン、とドアが閉まった。




つづく

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