第一話



おやつ時の甘味屋に「オイシイ!」と感嘆の声があがる。


目をきらきらと輝かせて言葉すら飲み込みたい、

というほどの勢いでみつ豆を頬張る女の子の口を

花の刺繍のハンカチが拭った。


「キャトル、美味しいね。

 だけど、綺麗に食べた方がね、いっぱい食べられるんだよ?」


キャトル、と呼ばれた女の子は、

「ねーね、テンサイ!」と更に瞳を輝かせ、

子供用のスプーンをそろりそろりと口に運ぶ。


小さな居候の面倒をかいがいしく焼く妹の姿に

ひとり向かいの席でうどんをすする兄の方もとても幸せそうだ。


真っ白な髪色の兄と、深い茶の髪の妹、

そしてその二つを混ぜたような薄い茶色の髪の居候は目を引く存在だ。

髪色ばかりが理由ではない。

彼らの頭頂部にピンとたったキツネの耳。

そして、感情に合わせて揺れる尾で露骨に人間ではないとわかるからだ。




■■■



「さくくん、梅乃ちゃん、傘って持ってる?

 今からザーッと降るかもって。傘貸そうか?」


甘味屋では馴染みの客になっているため、

女性の店員がそう声をかけた。


「あ、それは大丈夫!!!」

梅乃と呼ばれた少女はキャトルの手を引きつつ言う。

「ね、おにいちゃん!キツネに戻ればばっちり水弾くよね!」


会計をすませた青年は「ははは」と笑った後、

「でも、あんまり降られるといけないし走ろうか」

と言い、少し地面を蹴ってくるりと回ると

そこには真っ白なキツネが座っていた。


梅乃とキャトルも続くようにくるりとキツネの姿になる。


「ごちそうさまでしたー!!!」


そう言いながらキツネ達が走っていくのを見送って、

店員ーーー田辺香子は苦悶の声を上げた。


「今日も触られなかった…!あの素晴らしいフカフカに…!!!」


くぅぅ、と肩を落とす香子に厨房から声がかかる。


「香子。お前、イロツキさんに下手なちょっかい出すなよ?

 イロツキさんはこのへんの土地の神様みてーなもんだ」


声の主は父であり職人でもある田辺鉄二だ。


「イロツキ」それは、

固有色と呼ばれる色を血液・毛色に有し、

人の姿を模せる動物達のことである。



「それはそうと、香子。芳が牛乳買って来いとよ」


文句を言おうとしたが、夕方の迫った店内に人はない。

仕方がなく、香子はエプロンをハンガーに掛け傘を手に取った。




■■■



スーパーでは牛乳が特売で売り切れており、

香子は少し先のコンビニまで足を延ばした。


コンビニよりスーパーが近いことでおわかりかもしれないが、

付近はなかなかの田舎である。


こんな田舎で店が維持できているのはやはり父の腕なのだろう。

そんなことを思っていると、道沿いの畑の端で何かが動いた。


あれは、リボン…???


意を決して草を分けると、

そこにはぐっしょりと濡れた深い茶色のキツネがうずくまっていた。


「梅乃ちゃん…!!?」


服が濡れるのもいとわず傘をエコバックにねじ込んで

冷え切った小さな命を抱える。

ちょっかい、一瞬脳裏をよぎる言葉をかき消す、

助けたい、それは譲ってはいけない感情だと思った。


それでも、雨は止んでくれそうになかった。




つづく

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