第73話 魔法使いの本気

 まさか、カナがついて来るなんて言うとは思わなかった。やっぱり、異端なんだな。エレクラ様は、こうなる事を予想して、俺とカナ達を会わせようとしたんだろう。ただ俺は、それ所じゃ無かった。状況が目まぐるしく変わるから、気が気じゃ無かった。


 馬鹿みてぇに強いのが一人居るけど、タカギがそう簡単にやられるとは思っていない。おまけも予想外に頑張ってる。更にもう一人、おまけが潜んでいる。戦力の上ではこっちが勝ってる。心配する必要すら無いのかもしれない。だけど、このセカイで絶対なのはアレなんだ、何もかも好き勝手にするのもアレなんだ。


 だから、何が起こるかわからない。タカギがやられる可能性だって有る、おまけの体がいつまで持つかわからない、もう一人のおまけだって同じだ。


 港に着いてから、俺はずっとイライラしていた。だから、思わずカナを怒鳴りつけそうになった。堪えたつもりだ、いくら何でも苛立ちを子供にぶつけるのは違う。冷静を装ったつもりだ、説得も出来たはずだ。何よりカナは優しい子だ。自分を心配してくれる家族を悲しませはしない。

 

 俺はカナ達と別れてから、敢えてゆっくりと歩いた。心配ねぇって事をあいつ等に見せたかった。でも、俺の心は平原を見ていた。カナ達の視界から消えた後、俺は気配を消して走った。


 だけど、事態は厄介な方向に展開し始めていた。本当に悪い予感ってのはよく当たる。もう一体、英雄が現れた。そして、おまけの二人は意識を失った。不味いのは、タカギも同じだ。疲れ切ってる所に、もっとヤバいのが出て来やがったんだ。

 

「イゴーリ。見えてるっすよね?」

「あぁ。こっちは俺に任せろ」

「なに言ってんすか? 私も加勢するっすよ」

「うるせぇよ、お前は指示通りに周囲を警戒してろ。これで終わりだと思うな」

「全く、強情っすね。良いっす、イゴーリがピンチになったら、勝手に助けるっす」

「そうはならねぇよ」


 焦ってる時に連絡を寄越すんじゃねぇよ、リミローラの糞馬鹿野郎が。こっちは焦ってんだよ、てめぇと呑気な会話を楽しんでる余裕なんてねぇんだよ。勝手に助けるって言う位なら、察して動けよ。


「くそっ!」


 そうは言っても、リミローラは大切なダチだ。それに俺を心配してくれたんだ。そんな奴を怒鳴りつける訳にはいかねぇ。俺は苛立ちを抑え、冷静で有ろうと努めた。そうじゃなければ、タカギを助ける事は出来ない。おまけの二人も救えない。


 通信が切れて直ぐに、俺は走るのを止めた。もう、そんな場合じゃねぇからだ。平原に禍々しい力が溢れるのが見れる。走っていたら間に合わねぇ。空を飛んでも間に合わねぇ。だから魔法を使う事にした。


 使う魔法は二つ、距離を繋げる魔法と結界の魔法だ。先ずは、港から平原までの距離を無くす。それから、結界を張ってタカギ達を瘴気から守る。

 タカギ達を結界で保護出来れば、後は簡単な話だ。俺が最後に現れた英雄をぶっ殺せばいい。どんだけ強かろうと何だろうと、俺は負けねぇ。

 仮に、タカギの様に力を使い果たして惨めを晒す事が有っても、こっちにはまだ最強の守護者が居るんだ。俺達の負けは絶対にねぇ。

 

 一秒もかけられない。俺は二つの術式を同時に頭の中で走らせる。一つ目の術式が発動し、タカギの近くと空間が繋がる。そして俺の体は距離を飛び越えた。

 そのまま俺は三人の気配を手掛かりにして、二つ目の術式を発動させる。でも、結界だけじゃ足りないのが直ぐにわかった。何せ、着いた所は予想以上に酷かった。


 辺り一面に蔓延する瘴気は体に纏わり付き、容赦なく肌を腐らせようとしてくる。呼吸をすれば、喉を伝って灰を壊そうとしてくる。瘴気は大気すら歪ませる。一歩先すら歪む様に映り、目を凝らして周囲を見ても草木の一本すら見当たらない。

 

 タカギとおまけの二人は死んでない。それは気配でわかった。でも危うい。だから俺は更にもう一つの術式を展開させた。


「反転」


 生き死にだけは、ひっくり返せない。だけどそれ以外なら、指定した範囲内の状況がひっくり返る。例えば病んだ者や汚された大気、それらは汚されていない状態へと戻る。

 但し、カナのやる様な治療や浄化とは違い万能ではない。タカギ達の意識は直ぐには戻らない、死んだ大地から草が生えて来る事もない。だけど、この結界さえ壊されなければ、タカギ達は死なない。


「ほう。俺の力が満たされているのに、押しのけて空間を渡って来たか。それに……まぁいい」

「あぁ? 人形が喋ってんじゃねぇよ!」

「口が悪いな、だが面白い」

「調子に乗んじゃねぇ! 雑魚相手に圧倒しても、てめぇが雑魚である事に変わりねぇんだ!」

「俺が雑魚? はははっははっはぁ、面白い。面白いぞ! そんな事を俺に言えたのは、数える程しか存在しない」


 奴の力は想像以上だ。話しながらも垂れ流す瘴気が、俺を苦しめる。息が出来ない。肌が焼ける様に痛い。流石に無傷でぶっ殺すのは無理だ。

 ただ、どれだけ力の差が有ろうとも、そんなのは覆す事が出来る。それを、カリスト様とエレクラ様に教わったんだ。


 俺は体を巡る力を使って、皮膚を覆う様に結界を張る。これで、少しは俺も戦える。そして、直ぐに頭の中に術式を展開する。

 腕力では決して勝てない。だから、使うのは知恵と魔法だ。それに関しては、パナケラにだって、エレクラ様にだって負けはしない。


「教えといてやる。俺は人形じゃない」

「だからどうした! くせぇ息をまき散らすんじゃねぇよ!」

「お前に自我が有る様に、俺にも自我が有る」

「自我が有るとか無いとか、そんなもんが偉いのか? てめぇは、糞野郎の人形でしかねぇよ!」


 そこらで生かされてる普通の奴なら、こいつの瘴気を浴びた瞬間に体がグズグズに溶けていくんだろうな。多少鍛えた所で、こいつを見た瞬間に目が腐り、こいつの声を聞いたら耳が捥げるはずだ。

 抵抗どころか醜悪な面すら、まともに見れた奴は少ないんだろうな。だからこそ、その面をもっと歪ませてやるよ。


「プカプカ浮いて余裕ぶっこいてる内に、殺してやるよ」

「無駄だ。英雄は死なない」

「無駄じゃねぇよ!」

「それならやってみろ。お前が準備しているのを、俺に向けて放って見せろ」

「その言葉、後悔すんなよ糞英雄!」


 俺がガキの頃、『英雄の力と俺達が使う力は元が一緒』だと、エレクラ様が教えてくれた。俺はそれに疑問を感じていた。元が同じなら、なんで歪ませた方が強くなるんだ? そもそも、そんな使い方をする奴がセカイの力を使えるんだ? おかしいだろ?

 奪っているというなら、俺達だって奪えるはずなんだ。歪めた力が体を復元させるなら、歪めなくても同じことが出来て良いはずなんだ。

 それに、英雄はセカイから無限に吸い続けるなんて事が有り得るのか? そんなはずはねぇんだよ。体が崩壊していくはずだ。

 

 セカイの力ってのは、人間が扱える物じゃねぇ。俺達はその一端を借りてるだけだ。それは英雄も一緒だ。それを証明してやる。


「分解!」


 これは、セカイの力を否定する魔法だ。セカイが生み出した全てを食らい尽くす。だから、俺が望む物全てを壊す。その対象は、概念としては存在していても不可視である、セカイの力にまで及ぶ。

 先ずはこの一帯に蔓延している瘴気を、細かくバラバラにする。目に見えない程にバラバラにしてから、セカイに戻す。

 俺はカナとミサの様に優しくねぇんだ。それにセカイは浄化する機能を持ってる。消化し易い様に細かくしたんだから、後は自分でどうにかしろ。


 瘴気を浄化すれば、今度は本体だ。爪の先からじわじわと壊していく。逃げるなら今の内だ。まぁ、させねぇけどな。

 それと、死なねぇだの何だのって言ってやがったよな? 本当に死なねぇか確かめてやろうじゃねぇか。まぁてめぇの場合は、死ぬんじゃなくて消滅するんだけどな。

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