第72話 待ち受けているのは

 今までは相手の攻撃に反応しただけ、今度は俺から攻める。とにかく動き続けて奴の隙を伺う。後は全力の一撃を入れるだけ、それで決着だ。


 俺は大鉈の英雄を撹乱させる為に、ひたすら奴の周りを走り回った。これまでよりも速く走ってるつもりだが、大鉈の英雄は俺の動きを捉えている様だ。流石にこれでは崩せない。そう思った俺は、直ぐに攻め方を変えた。


 背後に回り込んだ時に攻撃を仕掛け、奴が反応すると攻撃を止めて直ぐに下がる。そして再び奴の周りを走り、死角に入ると同じ様に攻めた。実際に攻撃を当てはしないが、ヒットアンドアワェイと似た様な感じだな。

 重用なのは、一定のタイミングで攻撃を仕掛けるのと、タイミングをずらした攻撃を混ぜる事だ。それを繰り返していれば、奴の感覚は狂ってくる。


 英雄ってのは不死身で無敵の様に思える。それ故、致命的な欠陥も存在する。痛みを感じなければ、自分の体がどうなっているのかわかるまい。命令に基づいて動いているだけなら、判断が遅れる場合も有るだろう。


 人間を機械の様に動かそうとしても、どこかで綻びが生じるはずだ。俺はそこを突けばいい。


 そして機会は思ったより早く訪れた。俺が間合いを詰めた瞬間、奴は大鉈を勢いよく振り下ろす。当然、俺はそれを避ける。そしし地面に再びクレーターが出来上がる。

 ただ、勢いがつき過ぎたんだろうな。大鉈はクレーターの真ん中に埋まり、奴は地面から大鉈を抜く事だけに意識を集中し始めた。


 その隙を見逃したら、俺はこれから先どんな相手にも勝てないだろう。


 俺は一瞬で間合いを詰めて、奴の首を目がけて渾身の力で蹴る。俺の蹴りは鋭い刃の様に奴の首を切り裂く。そして頭は胴から離れ、ぽ~んっと宙を飛んだ後に地面を転がっていく。

 着地した俺はすかさず拳を振りぬいて、奴の腹にでかい穴を開ける。首が有った場所と胴の穴から、もの凄い勢いで瘴気が噴出する。


 俺が大鉈の英雄を撹乱させていた間に、アオジシがピンチになりかけてたのには気が付いていた。勿論、クロジシが助けようと飛び出して来た事にも気が付いていた。ただ、クロジシの気配には気が付かなかった。その余裕が俺には無かったんだ。


 だから、俺は大鉈の英雄に集中出来た。だからこそ戦い疲れたあいつ等に、こんな濃い瘴気を吸わせたくない。俺は体の中に残った僅かな力を放出して、大気を汚そうとしている瘴気を打ち消した。

 

 大鉈の英雄に止めを刺していない。でも、これだけの瘴気を体内から放出したんだ、実際に体を覆う禍々しい力は消えうせている。瘴気の放出と共に、体が崩れ始めている。数秒も経たずに奴や消滅する。

 

 終わった。全力を出し切った。正直、立っているのも辛い。そして俺は地面にへたり込んだ。でも、気を抜くべきでは無かった。糞野郎が嫌がらせをしてくるならば、俺が一番弱った時なんだ。そんな事すら俺は気付く余裕が無かった。


 空が割れて、英雄がもう一匹這いずり出て来た。そいつの纏った力は、大鉈の英雄よりも遥かに濃密で、体から漏れ出す瘴気は辺りの草花を一瞬にして塵に変えた。アオジシとクロジシは意識を失って倒れた。俺は直ぐに立ち上がれない。その様子を空から眺めていた英雄の口角は、吊り上がっていた。


「雑魚を相手にして力尽きたか。まぁでも、俺を前にして生きてられる奴が居るとはな」


 低い音が辺りに響く。それは濃密な瘴気と共に、俺の体と心を蝕んでいく。体が強張り、足はガクガクと震え、立ち上がろうとしても力が入らない。両手の感覚は無くなり、呼吸さえもままならなくなり、意識が朦朧としてくる。


 だけど、俺まで倒れる訳にはいかない。せめて、アオジシとクロジシだけは助けないと。強く、強く、自身の心に語り掛けても、体は一切反応しない。セカイの力を借りようとしても、応えてはくれない。


「何だ? 苦しいのか? これしきでか? それなら飲まれちまえよ。お前は元々こっち側なんだろ?」  


 苦しい、苦しい、助けてくれ、俺を開放してくれ。次第にそんな事ばかり考えてしまう。アオジシとクロジシよりも、俺が助かる事を望んでしまう。色んな事がどうでも良くなってくる。

 

 でも違う。そうじゃない。「お前は生きろ!」と俺の中で懐かしい声が響く。あの日、俺を生かす為に命を落とした大切な親友の声が響く。


 あの時と一緒だ。歪んだ力に身を任せれば、僅かな間だけは楽になるだろう。でも、それは本当に救われた事にはならない。

 苦しかろうが辛かろうが身を割かれようが、抗わなければならない。抗った先に、戦い抜いた先に、必ずそれは有る。希望ってのは実在する。

 

「てめぇの。思い通りには、ならねぇよ」 


 精一杯の力で声を上げる。掠れた音が濁流の中で僅かに響く。

 

「待ってろ。アオジシ、クロジシ。今、助けて、やる」


 それは、死に際に輝く真の全力なのかもしれない。少なくとも、俺は体を動かす事すら出来ないんだから。でもカリストから受け取った意思が、俺の体を動かす。震える足で立ち上がり、一歩、また一歩と足を進ませる。


「面白い、面白いな。お前、俺の配下に加われ」

「ふざけるのも大概にしろ」 

「どうせ、このままだとお前は死ぬんだ。それなら、俺の力を受け入れろ」

「冗談じゃねぇ。英雄なんぞに戻って堪るか」

「死を受け入れるってのか? それなら何故、歩みを止めない?」

「てめぇにはわからねぇよ。仲間を助けるのが人間だ」

「それなら問題ない。くたばった雑魚は、もう直ぐ英雄に戻る。だから、お前も一緒に来い」

「ふざけんな! そうはさせねぇ!」

「現実を受け止めろ。お前は死ぬんだぞ、雑魚二人は三つ目に帰るんだぞ。何をしたって、それは変わらない」

「てめぇは馬鹿か? 俺は死なねぇよ、糞野郎をぶち殺すんだからな。アオジシとクロジシも助ける。そんな当たり前の事もわからねぇのは、てめぇが歪んでるからだ」


 こうしてる間にも、アオジシ達は瘴気に冒されていく、俺の呼吸は止まろうとしている。奴が直接手を下すまでもない。俺は間違いなく死ぬ。

 でも、奴が話しかけている内に、奴が余裕を見せている内に、アオジシ達は助ける。そうじゃなければ、俺はカリストに合わせる顔が無い。


「そうか。それなら仕方ない、殺して連れ帰るか。それと、雑魚には用が無い」


 奴が手のひらを向けた瞬間、大鉈の英雄は消えうせた。 


「見ただろ、これが力の差だ。お前が苦戦した相手を、俺は一瞬で消せる。その意味がわかるなら、もう一度問う。俺と一緒に来い」


 無駄だ。俺はカリストの手を取ったんだ。誰が何を言おうと、それがどれだけ甘美であろうと、楽で有ろうとはしない、簡単な道は進まない。「俺を殺して連れて行く」だと? やってみろ!

 俺を殺した所で、体は好きに使わせねぇ。魂はセカイと一つになり、てめぇ等から何もかも奪い尽くす。


「そうか、わかった」


 そう呟いた後、奴から溢れ出る瘴気が更に増した。瘴気はアオジシとクロジシを包み込む。俺は足を踏み出そうとしたが、それは叶わなかった。両足に瘴気が纏わり付いて、俺は歩く事さえ出来なくなっていた。


 その時が訪れるのは、時間の問題だった。


「悪いな、アオジシ。済まないな、クロジシ。俺が死んでも、絶対に助けてやるからな」


 全身の力が抜ける、目の前が真っ白になる。そして体がゆっくりと倒れていく、俺はそれを止める事が出来なかった。

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