第74話 一つの結末

「ほう、俺の力が消えていくぞ。面白いな」

「喋ってられる余裕なんてあんのか? 逃げねぇと死ぬぞ」

「愚かだな。これで俺が死ぬとでも思ったか? そこら辺の雑魚と同じにするなよ」

「死ぬんだよ。英雄の象徴でもある禍々しい力が消えれば、てめぇは終わりなんだ」

「わかってない様だな」

「何がだよ! 時間稼ぎの意味はねぇ。呑気に口を動かしてる間に」

「だから愚かだと言うんだ」


 奴は俺の言葉を遮る様にして声を上げた。何が「愚か」だ。既に奴の体から噴き出す瘴気は、完全に分解出来ている。更に俺の魔法は、奴の体を侵食しようとしている。爪から指、指から手と少しずつ奴の体は消えていく。

 それでも、奴には焦る様子が見られない。俺の攻撃は通用しないとでも言いたいのか? それとも、何か手の内を隠しているのか?


 そもそも奴は、タカギ達を殺そうとはしなかった。今も攻撃に耐えるだけで反撃をしてこない。まるで高みから見物しているだけの様で、気に食わない。

 でも、流石に命の危機に対して何もしない事は有り得ない。奴が『与えられただけの仮初』ではなく、本当の『自我』を持っているなら尚更だ。


「ふむ、腕が消えた。足も半分くらいは消えたか。やるではないか、お前の名は?」

「言うかよ! それより良いのかよ」

「お前は少し勘違いをしている」

「はぁ? それは何か? 俺の術が解けるとでも言いてぇのか?」

「そんな事は取るに足らない。お前は根源を理解していない」

「説教足れてる場合なのか? あぁ?」

「いいかよく聞け。人間が支配から解放される時は、大抵の場合が死ぬ時だ」


 人間は、死の間際に真実を知り絶望する。それだけでは無い、怒るだろうし呪う事も有るだろう。初めて持った感情は死と共に消える訳では無い、怨念として彷徨い続ける。数えきれない程の人間が残した怨念は、澱み続けて理すらも変質させる。クロアはそれを人間が住む場所と切り離した。しかし歪は増すだけだ。


「わかるか? ドロドロとした怨念が身を切り刻み、全身を溶かしていく。それでも死ぬ事が出来ず、永遠に苦しみ続ける。それとて些末な事だ」


 選ばれたのは偶然かも知れない。だが、英雄に選ばれた時この世の真実を知る。一般的な死と異なるのは、禍々しく歪んだ力を植え付けられる事だ。そして狂う事すら出来ずに、殺し合いを繰り返す。やがて出来上がるのが意思無き兵器だ。


「わかるか? 俺達はそれすらも乗り越えた存在だ」

「それは、てめぇが強いって言いてぇだけか?」

「本当はわかっているのだろう? これしきの事では、俺の力を消す事は出来ないとな。それとも、証明して見せないと納得いかないのか?」


 長々と語る間にも、奴の体は消えていく。それにも関わらず、奴の尊大な態度は変わらない。奴の優位は揺るがないと告げて来る。

 変わらぬ余裕は、俺をじわじわと追い込んでいく。焦りと苛立ちが、ほんの僅かな疑念が、俺の判断を鈍らせた。


 話し終えると直ぐに、分解よりも早い速度で奴の体に力が満ちていくのがわかった。あっという間に消したはずの四肢が蘇り、再び瘴気が辺りに充満する。

 気が付いた時には、状況は元に戻っていた。俺は直ぐに分解の術式を放棄し、新たな術式を頭の中で展開させる。だが俺は、術式を発動させる事は無かった。


 辺りに広がった瘴気は、奴の体に戻っていく。そして変わらぬ態度で再び語り始めた。

 

「力の差を見せつけられても挫けぬ心、信念を貫き通す強き魂、それを成せる実力、正に強者そのものだ。それ故、勿体なくもある」

「ふざけてんのか?」

「本気を出すのは止めておけ。どの道、俺には通用しない」

「なに言ってやがる!」

「今回は様子を見に来ただけだ」

「だから何を!」

「お前達の存在は奴をやる気にさせた」

「奴って……」

「この先、閉塞された一つ目のセカイは、新たに作り変えられるだろう。人間のみならず、全ての生物が死に絶える。それでも生き残ってみせろ。その時、お前は理解するはずだ」


 そう言い残すと奴は空間を渡った。奴の気配が完全に消え去り、三つ目に戻ったと確信した時、全身から力が抜けて俺はへたり込んだ。

 やつの言葉を理解出来ず、俺は一先ず思考を放棄して辺りを見渡した。タカギ達が無事なのを確認すると、俺は荒れ地となった大地に体を預け、奴が消えた空を仰ぎ見た。


「何がなんだか良くわかんねぇよ」


 この時の俺は、何となく感じていたんだと思う。これから、今までよりもっと過酷な戦いが待ち受けているんだと。それを乗り越えなければ、糞野郎の所まで行けないんだと。


 ☆ ☆ ☆


「取り敢えず報告は以上だよ」

「ありがとうイゴーリ。でも、不満そうね」

「当たり前だよ、良くわかんねぇ御託を並べられてさぁ、碌に戦いもせずにさぁ。とにかく消化不良だ!」

「あなたのおかげでタカギ達が助かったのよ」

「それならさぁ。タカギが目を覚ましたら、たっぷり恩を着せといてよ」

「だそうよ、ヘレイ。タカギを含めた三人の保護をお願いするわね」

「わかった。あいつが目を覚ますのが楽しみだ」

「それよりヘレイは、もっと修行が必要っすね」

「ああくそっ、返す言葉がねぇよ」

「それを言うなら俺もだね。相手に出来たとして、大鉈の英雄で手一杯だ」


 何せ相手は、タカギの意識を易々と奪っている。しかも、イゴーリが使った『分解』を打ち破っている。自我を持ち、英雄の禍々しい力を制御し、更にはアレについても認識している。

 考えたくはないが、最後に現れた英雄は『かつて私の同胞達を滅亡寸前まで追い込んだ、最初の英雄達の一人』ではなかろうか。


 それならば、あの強さにも納得がいく。ヘレイとヨルンでは相手にすらなるまい。イゴーリが本気を出したとしても、まともな戦いになるかどうか。パナケラとリミローラでさえも、厳しい戦いになるかもしれない。


「全く、厄介なのが出て来たわね」

「大丈夫だ、次は仕留めるから」

「大見得を切った割にショボい戦果しか挙げられなかった奴は、暫く出番は無いっす。次は私の番っす」

「リミローラ! 調子に乗んじゃねぇぞ!」

「静かにしてよイゴーリ! そんな場合じゃないでしょ!」

「パナケラの言う通りね。この先の戦いはもっと厳しくなる。精進なさい」


 皆が「はい」とだけ答える。まだまだ足りないとわかっているんだ、それでも少しはやれる自信が有ったんだ。だから直ぐに納得出来ない。でも、私は彼らの可能性を信じる。もっと強くなれるはず。


「リミローラ、ヨルン、ヘレイ。引き続き警戒をお願いね」

「わかってるっす」

「おう」

「畏まりました」

「エレ、シルビアさん。こっちは、そろそろ終わりそうです」

「パナケラ。引き続き二人の事は任せるわね」

「お任せください」


 恐らく、今すぐには新たな英雄は現れると思えない。しかし、警戒は続けなければならない。何より今は、都市結界の発動を優先させる必要が有る。

 イゴーリの報告を聞いている最中にも、通信からは連絡が入って来ている。そして、たった今ようやく『全ての結界が接続完了した』と明るい声が聞こえて来た。


「ソウマ、準備はいい?」

「ええ。既に整っております」

「結界の再起動と陛下のお言葉を」

「はい。皆、準備は良いな? 結界を再起動させよ!」


 ソウマの号令と共に、繋がった全ての都市結界が効果を失う。英雄が出現した際にソウマが計画を中断した本当の理由は、無防備になる瞬間を突かれる事を危惧したから。しかし、彼の憂いは仲間達によって払われた。


 私は彼らを誇りに思う。これで、ようやく始められる。長い夜が終わる。


 そして数秒の後、再び結界が起動する。各都市を繋ぐまばゆい光の筋が、まるで陣を刻む様に大地を走る。白みかけた空から完全に黒を消し去る様に、大地に刻まれた光が明るくセカイを照らす。


 この日、人々はアレの支配から解かれ、国王は人々に告げた。


 これまで当然の様に鎖に繋がれ、命じられるがままに生きて来た。それを突然「自由だ」と言われ、「好きに生きろ」と言われても混乱するだけだろう。受け入れる事が出来ず途方に暮れ、果ては自暴自棄なる者も現れるだろう。


 だが、それは真実ではない。


 これまでの人生は与えられた物だったかも知れない。しかし、それを嘘にしてはならない。生きる術は身に付けているはずだ。周りを見渡せば、家族や友人がいるはずなんだ。


 だから、共に生きよう。


 これからは、自らが選択しなければならない。だけど、独りで悩む事はない。我々はこのセカイから生まれた家族なのだから。支え合い歩んでいこう。

 間違える事も有るだろう。何度も過ちを繰り返すだろう。しかし、その度に省みて新たな一歩を進めばいい。


 我々は今この瞬間から、人形ではなく人間になったのだ。


 ☆ ☆ ☆


 カーマ。ようやくここまで辿り着いたよ。


 クロア様が成し遂げられなかった夢が実現した。この国も大きく変わるだろう。だけど、これでセカイから歪みを取り払える訳ではない。

 それに、最後に現れた英雄が放った「見に来ただけ」というのも気になる。三つ目のセカイでは、何か別の意志が働いているのかもしれない。そして、今はそれを確かめる方法が無い。


 但し、もう操られた人々と戦わされる事が無いんだ。そして、クロア様と私達しか居なかったあの頃とは違い、私達には頼れる仲間がいる。そして彼らは、これまで彼らは多くの試練を乗り越えて来た。だからこの先も、必ず乗り越えられると信じている。


 だから見ててね、カーマ。私達は一つ目のセカイをアレの手から解放するから。

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