第67話 アオジシの覚醒

 何が起きた? よくわからねぇ。


 少しだけ怖いのが消えた気がする。少しだけ楽になった気がする。でも、それからはちょっとした悪夢だった。色んな事が頭の中を通り過ぎては消えていく。訳がわからねぇ、もうぐちゃぐちゃだ。すげぇ頭がいてぇ。でもよ、そんな中でも見過ごせねぇのが有った。


 俺が英雄だったのは、俺を攫った奴が居たからだ。多分、タカギが目の敵にしてる糞野郎って奴だ。


 俺はあの村で暮らしていたんだ。いきなり糞野郎の手で英雄に仕立て上げられた。俺だけが特別に不幸だったんじゃねぇ。村の連中は何もかも、それこそ生きるの死ぬのさえも、糞野郎の命令通りに動かされていた。

 

 つまり人形だ。


 でも、俺は少し違ったんだろう、だから英雄に選ばれちまったんだろう。あのジジイも多分そうだったはずだ。もしかすると、俺がジジイをぶっ飛ばしていたら、今頃はジジイも英雄の仲間入りをしてたかもしれねぇ。流石に近くに居たタカギが止めただろうし、それは有り得ねぇだろうがな。


 あの時、俺が村の結界に手を出せなかったのは、大事にしていた物がそこに有ったからだ。無意識にその気配を感じていたんだろな。もしかするとジジイは、こういうのを知ってたんだな。俺の理由も含めてな。だから、俺を生かしたんだろうな。


 つまり俺は、ジジイやタカギだけじゃなくて、あのガ、いや、あの子達にも助けられてたんだな。その分、俺は運が良かったのかもしれねぇ。


 でもよ、違うだろ。


 俺とクロジシと村の連中は救われたんだろうよ。救われてねぇ奴はいっぱい居るんだろ? 人だけじぇねぇ。俺が殺しまくった動物だけでもねぇ。


 セカイ、お前が一番救われてねぇ。


 自分の子供等を好き勝手にされて、一番悔しいのはセカイなんだろ? 元々、命ってのは循環するんだろ? 子供達の一人、カナって言ったっけか? あいつが祈って動物達の亡骸を土へ還したのが、命を巡らせる方法なんだろ?


 今のセカイは循環してねぇ、生むだけだ。そんで枯渇していくんだ。なぁタカギ、その方法だと英雄の命はセカイへ還らねぇ。知っていて『そうするしかなかった』としても、悲しいよなぁ。

 そして誰もが、この糞忌々しい現実を知って絶望の中で消滅していく。セカイがやつれて消滅するまで、糞野郎は馬鹿な遊びを続けるんだろ?


「ムカつくな。もしかして、こんなのが俺の知らない真実って事か? 冗談じゃねぇぞ馬鹿野郎! 人間は道具なんかじゃねぇ!」


 でもな、教えてくれてありがとう。セカイ、俺はお前も救ってやる。そうだ、元英雄じゃねぇ。俺が本当の英雄になって、全て助けてやる。だから安心しろ、セカイ。


 先ず、タカギを助ける。


 ☆ ☆ ☆


「そこで震えてりゃいいんだ」


 俺が三匹目をぶっ殺そうと構えた瞬間だった。遠くで光が溢れた。あの辺りはアオジシが居た辺り、間違いねぇセカイと繋がりやがった。

 

 今じゃなくていいだろ。あいつがセカイの真実を知るのは構わねぇんだ。それより、覚醒しちまった事の方が問題だ。あいつはセカイの力を受け取れる様になった。その時、あいつはどう考える? 間違いなく、俺を助けに来ようとするだろう。


 馬鹿が。でも、ありがとうな。


 但し、このままアオジシを進ませる訳にはいかない。俺は独りで戦う為に、壁を作って戦力を分断した。このままでは、壁が原因でアオジシが一番強い奴とぶつかる事になる。いくら何でも、それは荷が勝ちすぎる。


 こうなったら、アオジシと連携するしかないな。俺達は長い間をかけて信頼を築いた相棒みたいな間柄じゃねぇ。それこそ急増のバッテリーみたいなもんだ。そしてバッテリー間ではサインが必要だ。


 俺は自分の近くに居た虫に力を籠める。後はアオジシ側、でもそれが問題だ。アオジシが走るスピードは、俺の予想を上回ってる。ただの虫では、あいつの走りに追いつけない。くそっ!


「頼むセカイ。俺とアオジシを繋いでくれ。向こう見ずなあいつを、無駄死にさせないでくれ」


 十キロ以上は離れてたはずなのに、一秒も経たずにもうそこまで来ている。間に合わねぇ、英雄共がアオジシに気が付きやがった。馬鹿でかい大鉈みたいなのを、振り上げやがった。


 くそっ、頼む。気が付いてくれ、俺の意志が届いてくれ。


 間に合わない。このままだと、混戦状態にした方がまだ生き残れる可能性が有る。そして、壁のこっち側に居るもう一匹は、構えながらゆっくり俺との間合いを詰めようとしてる。


 俺はそいつから距離を取り、透明な壁を破壊しようと走った。その時だった。


「あぁ? こりゃセカイじゃねぇな、タカギか? また変な虫でも使ったのか? まぁいい。今行くからな」


 繋がった!


 俺は一瞬だけ立ち止まり、アオジシに意思を伝える。もう、この一瞬しかねぇ。あの馬鹿でかい大鉈が振り下ろされたら、一巻の終わりだ。


「いいかアオジシ。俺が居る方の一匹をやれ! そっちの二匹は俺がやる」

「あぁ? なんで?」

「それを説明してる場合じゃねぇんだ。早くやれ!」


 一対一なら、乱戦にするより危険は少ないだろ。今のアオジシなら倒せる可能性も有るしな。

 ただ、こうなると問題は俺だな。何とか二対一にならない様にしないとな。


 ☆ ☆ ☆


 相変わらずタカギは偉そうだ。でも、初めて頼られた気がした。


 最初は、こっち側に居る英雄を二人で殺れば良いと考えてた。でも、タカギの指示は違った。

 俺がタカギ側の英雄を先に始末して、それから二対ニでやりあうって事なんだろ?


 いいぜ、その信頼に答えてやる。

 

 ただ、この時の俺は英雄共に近付き過ぎたらしい。二人の内一人が目の前に飛び出して来る。俺は慌ててそいつを躱す。けれど、躱した先にはヤバそうな奴が前を塞いで、俺に目掛けて大鉈を振り下ろしてきた。


 俺は咄嗟に横へ飛ぶ。次の瞬間に、馬鹿みてぇにでかい音がして、ものすげぇ風が吹き荒れて、俺は吹き飛ばされた。

 土煙の中で、体勢を立て直して目を凝らすと、大鉈が振り下ろされた場所は大きく陥没していた。


 俺は直ぐに気配を消して、壁の向こうへと走った。こうなってようやく、俺はタカギの意図をちゃんと理解した。

 タカギなら、あんな化け物が相手でも直ぐには殺されねぇ。でも、俺はそこまでじゃねぇ。

 だから交代なんだ、英雄の中で一番弱そうな奴を俺に任せてくれたんだ。俺達が生き残る為に。


 ただな、安心しろよタカギ。俺だってちっとはやれる。直ぐにそっちに行ってやる。


 俺が気配を消したのを察して、タカギは力を強めてくれた。そのおかげで、化け物ともう一人の意識がタカギへと向いてくれた。もちろん、壁の向こうにいる奴もタカギの方を向いている。


 この隙に俺は、剣を出しながら壁を回り込む。そしてタカギを追いかけている英雄の背中を切りつけた。

 かなり深く切ったと思うが、英雄は痛がる様子を見せねぇ。しかも振り向きながら、大きく腕を回してくる。そして英雄の拳は間違い無く、俺の頭を狙っている。


 俺はしゃがんで拳を躱し、軸足に剣を突き刺す。勢い良く体を回している最中なんだ、流石に英雄でも少しふらついた。そして俺は、英雄から距離を取る。


 これで、完全に理解した。


 気配を感じただけで寒気がして、視界に入れば目を覆いたくなる、あの気持ち悪い何かが英雄の正体だ。


 だから、いくら切ったり突いたりしても、気持ち悪い何かを消さねぇ限りは駄目なんだ。それで、タカギは体ごと消滅させるしかなかったんだ。


 面倒くせぇな。だからって、気持ち悪い何かを消す方法なんて知らねぇよ。仮に知ってたとしても、そんな余裕が俺にはねぇ。


 悪いな、英雄。ここで、消滅してくれ。

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