第68話 決断

 英雄が現れた。その報告以前に、港近くに潜んでいた私達もその気配は感じていた。英雄の出現と同時に、禍々しい気配が空から港全体を覆い尽くしていく。タカギは直ぐに通信を切り、平原方面へ移動を始めた。


 カナちゃんの結界が無ければ、住民の多くが失神していたと思う。タカギが港から離れたのは、戦いの余波で結界を壊さないようにだろう。でも、移動しているのはタカギと英雄達の気配だけ。

 いくら何でも、独りであの数を相手にするのは無謀だ。もう一人居たとしても、厳しい戦いなのは間違いない。特に一番最後に現れた英雄は別格、私でも倒せるかどうかわからない。


 タカギに気を取られていた私は、少し遅れながらも港に向かって走り出そうとした。しかし、イゴーリは動こうとしなかった。

 イゴーリは眉根を寄せ下を向いている。ソウマは凄いけど、常に正しい選択が出来るとは限らない。私自身も、都市結界の接続を中断した事に納得していない。でも、今はそんな事をしている場合じゃない。


「イゴーリ! 急いで!」

「職員を潜ませてるんだ。港に向かうのはお前だけで充分だ!」

「じゃあ、イゴーリはどうするってのよ!」

「俺は、このままタカギの所に向かう!」

「あのねぇ! それだけじゃないんでしょ! 納得いかないんでしょ!」

「だったらどうする? お前にソウマを説得出来るのか?」

「するよ。でも、走りながらでも出来るでしょ!」

「……、そうだ、けどよ」

「ソウマに与えられた役目を理解してよ!」

「混乱を治めるのに、俺は必要ねぇだろ!」

「違うよ! イゴーリの存在が、あの子達に影響を与えるって考えてるんだよ!」

「そんなのは、お前でも良いだろ」

「イゴーリもだよ! あの子達は二人なんだよ! 私達も二人なんだよ!」

「関係ねぇだろ!」

「うるさい! 早く走れ!」


 私はイゴーリの手を掴んで強引に引っ張った。そして、手を掴んだまま走り出す。その一方で、未だ繋がっている通信を使ってソウマへ呼びかけた。


「聞こえてたよね、ソウマ」

「あぁ。聞こえていた」

「それなら、言いたい事はわかるよね?」

「わかってる。でも、私の考えは変わらない。君達二人の補助無く、計画は続けられない」

「私達の技術は信頼出来ない? それとも、エレクラ様が操作を間違えると思ってる?」

「どれも可能性の問題だ。失敗の可能性は摘んでおくべきだ」

「それなら、計画を前倒しにした訳はなに? 危険を冒してでも、今直ぐにやるべきだって考えたんでしょ?」

「英雄が及ぼす悪影響は、加味しなければならない。それと、タカギとイゴーリなら迅速に対処出来る。それからでも遅くない」

「英雄が原因になり得るなら、寧ろ計画を進めなきゃ! 中断したら、それこそ英雄に妨害されるよ!」


 ソウマには先見の明が有る。多くの仲間を失っても尚、私達が生き残って来れたのはソウマが導いてくれたからだ。今回の作戦だって、失敗した時の対策は考えてるはずなんだ。

 それにタカギは、カナちゃんの結界を壊さない様に、私達の計画を破綻させない様に、『最も被害が出ない場所』で戦おうとしている。その意図は、ソウマにもわかってるはず。

 なのに、いざとなって尻込みをするの? そんなのは違う! 英雄が及ぼす影響なんて、ただの言い訳だ!

 

「俺達の大将は、いつからそんな臆病になった? ソウマ、わかってんだろ? 今日だろうが明後日だろうが、半年後だろうが一年後だろうが、失敗した時はみんな死ぬんだよ!」

「万全な状態でなければ、結局は誰かが犠牲になる!」

「無事にやり遂げるって言えば、安心すんのか? それなら幾らでも言ってやるよ! 俺はしくじらねぇ! パナケラもエレクラ様もしくじらねぇ! タカギは負けねぇ! それでも万が一が起きたら、ヨルンとヘレイが埋め合わせしてくれる!」

「わかってる。そんなの言われないでもわかってる」

「だったらやれ! 俺とパナケラの最高傑作を信じろ! エレクラ様の能力を信じろ!」


 俺だってソウマの意図はわかってるつもりだ。俺とタカギが協力すれば、馬鹿みてぇに濃い瘴気を垂れ流してる英雄でも簡単に倒せる。その方が、落ち着いて作戦を再開出来るって思うんだろう。

 でも、アレはそんなに優しくない。俺達が困る事だけをしてくる。もしかすると、二度と機会は訪れないかもしれねぇ。そうなったら、俺達の苦労は水の泡だ。死んでいった仲間達が報われねぇ。


「ねぇ、ソウマ。作戦を再開させましょ」

「エレクラ様、貴女もそう仰られるのですね」

「この作戦で重要なのは、洗脳を解く事?」

「勿論です」

「違うわよ。人をアレの支配から解放する事よ」

「言い方の問題です」

「いいえ。洗脳から解放された人を、あなたはどうするつもりだったの?」

「それは当然……」

「それなら、優先すべきなのは?」

「王を目覚めさせる事、そして声明を出す為の準備です」

「わかっているなら急ぎなさい。ここからは内務局局長付秘書のシルビアが、局長の代理として指揮を引き継ぎます!」


 リミローラは単なる諜報員ではなく、英雄襲来の備えとして必要な戦力だ。リミローラに匹敵する程に戦えるのは、イゴーリしかいないだろう。研究所の職員達は培った技術で様々な場面で活躍してくれるはず。

 無論、都市の防衛において数も必要になる、ヨルンとヘレイの軍はそれに応えてくれる。パナケラの知能と医療局の局員達は、都市防衛の支えとなってくれる。


 そしてソウマ、あなたは国の中枢を掌握した。そこに至るまでの苦労は私にだって想像がつかない。でも、あなたは色々と抱え過ぎなの、仕方ない事かもしれないけどね。


 本当なら、もっと沢山の信頼する部下がいて、仕事を任せる事が出来るのが望ましいのだけど、この魔窟ではそれは望めない。アレの介在を許さない為に、限られた仲間だけで行動するしかなかった。実際に仲間達の指揮下にある人達でさえ、洗脳を解除したのは私が宮殿に訪れてからだった。


 ソウマ、忘れないで。今は私がいるの、あなたを横で支える位は出来るの。だから安心して、あなたがやるべき事をやりなさい。


「イゴーリ。港には向かってるのね」

「もう入る所だよ」

「それなら、パナケラと一緒にカナとミサに合流して」

「その必要が有るの?」

「あの子達はまだ子供なの。導いて欲しい」

「そんな時間は無いよ」

「それなら一言でも構わないわ。お願い、イゴーリ」

「仕方ないか、エレクラ様の頼みなら」

「後、無理は承知だけど」

「無理じゃない、あの程度の英雄なら楽勝だよ」

「みんな、聞こえているわね? これより都市結界の接続、第三段階を開始する!」


 それから直ぐに計画は再開された、通信からは職員達の明るい声が届く。そして私は、いつの間にかイゴーリが隣を走っている事に気が付いた。私の視線を感じたのか、少し明るくなった表情が拗ねた子供のそれに変わる。


「こっち見んな、馬鹿」

「なによ! 甘えちゃってさ」

「それより、会うって言ったってどうすんだ?」

「二人共、別々の場所に居るみたいだし。私はカナちゃんに会いに行くから、イゴーリはミサちゃんね」

「勝手に決めんじゃねぇ」

「じゃあどうすんのよ!」

「どの道、街の混乱を収めねぇと落ち着かねぇ。俺は港へ行くから、街の方はお前が上手くやれや」

「あ~、ちょっと! もう!」


 結界を抜けると、私達は二手に分かれた。イゴーリは港へ向かい、私はカナちゃんの気配を頼りに民家を探した。そして、私は扉を叩く。


「医療局から来ました。パナケラと申します」

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