第66話 前哨戦

 俺は通信を切るとアオジシを見た。震えているな、当たり前だ。かつては、それを常に感じていたのかもしれないが、お前はもう違う。こんな禍々しい気配に怯えない方がおかしい。俺だって怖い。


 でも、死なない。


 俺が殺されたら、次はアオジシだ。その後こいつらは、カナとミサを殺しに行く。それは絶対に有ってはならない。だから、俺は死なない。

 そもそも、俺はこいつらの巣窟に行こうとしてんだ。こんな所でもたついてるなら、三つ目のセカイに足を踏み入れた瞬間に俺は死ぬ。


 だから、かかって来い。


 英雄共は自分達の目標を探しているのだろう。しかし、結界が邪魔をして上手くカナとミサを探せない様だ。俺は自分の中に巡る力を少しだけ解き放つ。そして宙に浮いている英雄共を睨む。


「来いよ、こっちだ」


 思わず口から洩れた言葉は、アオジシにしか届いてないだろう。そして、英雄共はゆっくりと下りて来る。俺は奴等を引き付ける様にして、平原へと移動する。

 アオジシの足は未だ震えている。それで良い、お前からもこいつ等を引き離すから、そこで見ていろ。


 奴らは地上を掠める様に飛びながら、俺について来る。俺が走るスピードを上げると、二体が釣られる様にして速度を速めた。残りの三体は様子見でもしてんのか? どうでもいいが、分かれるのは悪手だ。


 俺は移動しながらも、奴等の観察を忘れていない。俺を頑張って追ってくる二体は、アオジシより少し強い程度だ。他の二体は俺と同じ位か。最後に現れた五体目は、ちょっとばかり不味いな。

 もう一体くらい釣れたら良かったのにな、今は数を減らせるだけで充分か。でも、最後に現れた奴と相対する前に、四体はどうにかしなきゃな。どうするか、考えてる暇なんてねぇか。


 距離を取らずに戦ったら、幾らカナの結界が頑丈でもぶっ壊れる可能性が有る。少しばかり感の良い奴は、この禍々しい力にあてられてぶっ倒れてるかもしれないけど、医療局の連中に任せるしかない。

 まぁ港から離れすぎて、今度は街道沿いの街に近付いたら意味が無い。丁度良いのは、俺が力の加減を間違えて荒れ地にしちまった辺りだ。


 俺は更にスピードを上げる。すると、先頭で追いかけて来る二体もスピードを上げた。きっと俺は運が良い。もう一体、俺と同じ位の奴が飛ぶスピードを上げた。残りはゆっくりと近づいて来る、やはり様子見だな。これで分断出来た。


 俺は目的の辺りまで走ると、立ち止まり振り返る。


「頼む、俺に力を貸してくれ」


 言葉は何でもいい、意思を示せばセカイは力を貸してくれる。アオジシの奴は、意思疎通が出来てないだけだ。出来る様になれば、俺と同じ事が出来るはずだ。

 そして俺は、頭の中でイメージをする。俺の場合はカナとは違ってシンプルだ。足止めする為だけの透明で頑丈な壁を、馬鹿な三体目の後ろに作り出すだけだ。これで、少しは時間が稼げる。


 見てろよ、アオジシ。これから英雄の殺し方を教えてやる。

 

 セカイから貰った力は、全身に行き渡らせて肉体の強化に使う。皮膚も硬くすれば、多少切られても痛くねぇ。そして何よりも重要なのは、圧倒的な力で消滅させる事だ。


「こうやってな」


 まだ、先に追って来た二体とは一キロ程度の距離が有った。だが俺は、その距離を一瞬で縮めて背後へ回り込んだ。そして、全力でぶん殴った。

 一発で充分だった。二体の英雄は振り返る間も無く、俺の全力を受けて消滅する。その跡にはクレーターみたいなのが出来上がった。


 そもそも俺がカリストを殺しちまったのは、俺がカリストよりも強かったからじゃない。俺を助けようとしたのと、その方法が間違ってたんだ。


 英雄がアオジシやクロジシ程度なら、消滅させるまでもなく禍々しい力を吹き飛ばすだけでも済む。強い英雄ってのは禍々しい力が濃いんだ。

 その力が残っている限り、例え両足を失おうが両手が捥げようが、英雄は戦い続ける。戦い続ける限り、英雄の肉体は禍々しい力によって修復される。


 目標を殲滅するまで戦いを止めないのが本物だ。そのレベルの奴は、消滅させてやるのが唯一の救いだ。俺はそこまでじゃ無かったんだろ。だからカリストの命と引き換えに、禍々しい力が消えたんだと思う。


 だからこの先に待ってる三体との勝負は、全身全霊ってやつだ。もう少し力を貸してくれよセカイ。


 ☆ ☆ ☆


 足が動かねぇ、腕もだ。なんだこれはよぉ、ビビってんのか? この俺がか? ふざけんじゃねぇぞ! このままじゃ、あいつが言った通りじゃねぇか。せっかく何か掴みかけてんのによ、何してんだよ俺はよぉ。


 何で足がうごかねぇんだ、震えてんのか? 止まれよ、泊まれよぉ! 俺はこのまま何も出来ねぇのか? 本当に何も出来ねぇで終わるのか? 見ろ、見ろよ、最後に出て来たのをよぉ。流石に俺だってわかるぜ、タカギは間違いなくあいつに殺される。


 俺はこのまま見逃されて、何も無かったかの様にジジイの所へ戻って、こっそりと生きていくのか? それでも、ジジイは迎えてくれんだろうよ。クロジシってのは俺よりだいぶマシだろうし、慰めてくれるかもしれねぇよ。

 でも、タカギの死に様を思い出して、その度に怖くて震えるんだろ? 冗談じゃねぇ! 認めねぇ、認めねぇぞ!


 いま動かなくてどうするんだ! いま戦わなくてどうするんだ! 何の為に特訓したんだ! 何の為に意地を張ったんだ! そうだろ、俺は意地を張ったんだろ? やれると思ったんだろ? やれよ! 動けよ! 

 

 英雄共が俺の頭上を通り過ぎていきやがる、俺を無視してな。タカギしか視界に入ってねぇんだ。ムカつくだろ? なぁ? だったら、ぶっ殺してやらきゃ済まねぇよな?


 駄目だタカギ、独りで戦うんじゃねぇ! 俺が居るだろ! 俺が要るだろ? 頼むよタカギ、俺もそこに連れてってくれ! 足手纏いにならねぇからよ。頼む、頼むよ!


 ――駄目か。――駄目だよな。

 

 頬が濡れて気持ち悪い。なんだよ、ふざけんなよ。俺には泣く資格なんてねぇよ! 恩人を見殺しにするんだろ? そんな奴に生きてる資格すらねぇよ!


「ば、か……や、ろぉ~!」


 脚は震えてる癖に、声は出せんのかよ。すっかすかじゃねぇか、掠れてんじゃねぇか。そんなんじゃ英雄共には届かねぇよ。声が出せんなら英雄共を呼べよ、時間稼ぎ位はしろよ。

 

 違うんだろ? 怖いんだろ? 逃げ出したいんだろ?


 わかったよ、認めるよ。俺は肝心な時にビビッて動けねぇ腑抜けだ、糞虫だ、ゴミだ、クズだ。それで良いからよ、力を貸してくれよ。

 頼むよ、俺はタカギに死んで欲しくねぇ。あいつは俺みたいな糞クズ野郎を認めてくれたんだ。俺の為に時間をかけてくれたんだ。俺を守ろうとしてくれたんだ。


「だから、頼むよセカイ」


 俺にあいつ等と渡り合えるだけの力を貸してくれ。英雄を前にして震えない勇気を俺にくれ。


 タカギが光って見える。多分、セカイと繋がったんだ。それで透明な壁みたいなのを作り出したのか。そうか、ガキ共はあんな風にして力を使ってやがったのか。

 見ていたつもりになってたんだな、タカギに叱られたのは俺がちゃんと理解して無かったからなんだな。

 でもなタカギ、お前はこれから死ぬんだぞ。それなのに、何で力の使い方を俺なんかに教えてんだ、ビビッて動けねぇ俺に戦い方を教えてくれるんだ。


 お前の想いなんて受け取らねぇぞ! 遺言なんて許さねぇぞ!


 二匹ぶっ殺した所で、まだ三匹もいやがるんだ。透明な壁だっていつまで持つかわからねぇ。その前に俺が一匹ぶち殺す。絶対にだ、絶対にだ! 


「頼む、セカイ! 俺に力を貸してくれ! 俺にタカギを守らせてくれ!」

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