第65話 都市結界
剣を振り回せば、何でもバサバサ切れると思ったか? 馬鹿言うな、そりゃあ物語上の脚色って奴だろ。切りつけた気分を味わいたいだけなら、包丁でも振り回しとけ。刃が薄く出来てるからな、モドキの薄い皮なら掠っただけでも多少は切れるだろ。
得物をぶん回すのは威嚇になるだけだ。剣なら突くか叩く、鉄の塊でぶっ叩けば骨の一本位は折れるんだ、殺したいなら急所を目がけて突く事だ。
それこそ木の枝でも充分なダメージを負わせる事が出来る。目を突けば痛手を負わせられるし、首の動脈を突けば短時間に大量の血が出る。
要するにだ、無駄のない動作で的確に急所を突き、効果的なダメージを負わせるのが相手を殺す基本だ。
喧嘩程度なら、そこまで気にする必要はない。だけど、命のやり取りではもっと重要な事が有る。人間でも動物でも、攻撃に移る際の癖ってのが存在する。足の運び、体重の移動なんかの予備動作をちゃんと見ていれば『何処を狙っている』のか『仕掛けるタイミング』のかもわかる様になる。
確かにアオジシの場合は、あれこれ言うより実践が一番の訓練になるのかもな。剣筋が鋭くなったし、体さばきも少しは洗練された、特に躱すのが上手くなった。でも、まだ足りない。
基本からじっくりと教えてやれば、かなり強くなるだろう。でも、そんな時間は無い。今のままでは瞬殺だ。
俺は英雄の研究家じゃない。だから、英雄が何なのかとか何処から来るのかなんてのは、姉さんから聞いた程度しか知らない。俺も元英雄なのによく知らないのは我ながら不思議に思うけどな。
かつて俺が戦った英雄の中には、とんでもなく強い奴がいた。感情の一切が無く、無駄な動きも無い。こちらの動きを読んで先回りし、正確なタイミングで攻撃をしてくる。更にその攻撃は目で追う事が出来ず、当たれば『時速二百キロで走るトラックに撥ねられた様な』衝撃を味わう事になる。おまけに、体が頑丈に出来ているなんて説明じゃ物足りない程に硬く、殴ればこちらの拳が破壊される。
まるでSF映画に出て来る無敵のロボットだ。英雄の中にはそんな奴もいる、俺が生き残ったのは奇跡でしかない。
そんなのに比べれば、アオジシやクロジシは可愛いもんだ。言葉を用い感情が有る様に見えたのも、恐らく恫喝が目的ってだけだ。どうせ糞野郎が作った何パターンかのプログラムで、受け答えなんかをしてたんだろう。
きっとグレイ爺さんは糞野郎に甘く見られてたんだ。洗脳から解放されたばかりだし、脅すだけで充分だから弱い英雄を送ろうってな。
でも、今回は俺が居る。イゴーリとパナケラも近くに居る。それとアオジシもだ。脅すなんて手間をかけずに殺した方が早い。かつて苦戦した様な奴が幾つも出てくれば、俺にアオジシを守る余裕が無くなる。あの時より強い奴が出てくれば、俺達の全滅は確定だ。
「見てから動いても、反応出来ねぇだろ!」
「やってんだろ!」
「寸止めしてやってんだ。わかれ、馬鹿!」
「うるせぇ!」
「五感を研ぎ澄ませろ! 俺が動けば風が動くだろ、ちゃんと肌で感じろ」
「やってる!」
「やれてねぇんだよ! もっと信じろ! ミサを見ただろ! 風に体を預けて踊っていただろ!」
「わかってる!」
「足手纏いにはならねぇんだろ? 死なねぇ為に死に物狂いになれ!」
「でたらめを言うんじゃねぇ!」
「風に身を預けて、その力を借りろ。それがセカイと繋がるきっかけになる」
不可能は決して可能にならない。もしそれが有り得るとすれば、人知を超える何かが介在している時だ。ミサが子供ながらに大量の動物を屠ってみせたのも、セカイが力を与えたからだ。
お前にも出来る。これが死なない為の近道だ。俺が生き残れたのは、セカイのおかげなんだ。
「いいか、生き残れよ」
「当たり前だ!」
☆ ☆ ☆
先ずは首都を囲む様に作られた五つの都市と首都の結界を繋げる。そして五つの街を起点にして、首都から離れた都市の結界を繋げていく。
必要なのは祈りではない、正確に術式を起動する事。大丈夫、イゴーリからやり方は教わった。カナの結界は都市結界と過程が異なるから、上手く繋がるかをイゴーリが懸念していた。安心して、そっちは私の得意分野だから。
各都市の結界は研究所の職員が監視し、イゴーリが統括して報告する事になっている。但し、都市結界が発動し洗脳の解除が成功すれば、住民達が混乱に陥る可能性が有る。混乱だけに留まればいい、暴動に発展しては元も子もない。
混乱の対応は医療局の局員達が行い、パナケラは港周辺の監視と局員の指示を同時にする事になる。実の所、最も危険なのは住民の混乱でも暴動でもない。隙をアレに突かれる事だ。
職員達を含めた全ての住民を守るのは、ヘレイが配置した陸軍だ。それは当然、最も住民が多い首都に起こり得る事でも有る。その首都を守るのがヨルンの近衛隊だ。
また今回の作戦で、一番大変な役目を担うのがリミローラかもしれない。彼女は監視の範囲を国全域に広げて、首都から離れた場所に有る都市が襲撃された際の対処にあたる。
移動速度の速さ、観測距離の広さ等、リミローラの天才的な能力が無ければ、この作戦を強行する事は出来なかっただろう。
急遽、計画を前倒しにしたのだ。不安は有る、これまでに感じた事が無いほど緊張もしている。だけどここで躓いては、これまでの命を削って積み重ねて来た彼らの献身を無駄にする事になる。
やるしかない、私は大切な人を失いたくない。そして私達は通信で繋がり、ソウマが指揮を執る。
「おい、街の方は準備が出来てる。特に異常は無し、いつでもいいぞ」
「わかった。イゴーリ、接続に異常を感じたら直ぐに報告してくれ」
「わかってる」
「陸軍の配備は周辺都市で精一杯だ。そこから離れた場所には、あと一日はかかる」
「あぁ、そのまま進めてくれ。国境付近に奴らが出たら頼むよ、リミローラ」
「わかってるっすよ。どんな遠くでも一瞬っす。その代わり首都は任せるっすよ」
「問題ない。この時の為に鍛えて来たんだ、近衛を舐めないで欲しいね」
「港周辺は問題有りだよ。恐らく数分以内に英雄が出現すると思う。数はわかんない」
「こっちは、俺とアオジシで始末する。お前等は解放を進めろ」
「あぁ。期待している、タカギ」
「おい、馬鹿! 出て来た数次第では助けてやる。せいぜい死なずに堪えろ」
「任せろ。誰も死なせはしねぇよ」
通信が繋がってから、各々が我先にと状況を報告し始めた。それぞれに強い想いが有る、語り足りないはずだ。でも今は、それを心の中に仕舞いこみ皆が口を閉じていく。やがて想いを受け取る様にして、ソウマが作戦の開始を告げる。
「皆、そろそろ良いか? これは我々の悲願を達する為の第一歩だ。先ずは、この国を開放するぞ!」
ソウマの声に対して、皆が一斉に「おう」と答える。叫ぶでもなく荒げるでもない静かに響く声は熱を帯び、私を滾らせる。そして私は、慎重に術式を起動させた。
「第一段階を開始、首都結界から五つの都市へ力の流入を確認。首都の都市結界と五都市の接続を開始!」
首都から光の筋が五つ放たれる。そして、それぞれの都市を守護する結界に、放たれた光が吸収されていく。この時の私は、緊張していたんだろう。光の美しさより、聞こえてくるはずの完了報告が待ちきれないでいた。
「五つの都市全て、接続の固定を確認した。順調だ、次に進んでくれ」
「待て。その前にパナケラ、ヘレイ。住民の様子はどうだ?」
「今の所はどの街でも混乱する様子は見られないよ。洗脳は解除されてると思うよ」
「思う?」
「こればっかりは、仕方ねぇよソウマ。結界には鎮静効果も含まれるんだろ?」
「確かにそうだな。二人共、随時情報を報告してくれ」
「おう」
「わかったよ」
イゴーリの言葉で少し心が軽くなる気がした。でも、油断をしてはいけない。何が起こるかわからない。カナとミサがいる港では、もう直ぐ英雄が出現する。禍々しい気配が結界に影響を及ぼす可能性だって有るのだから。
そして私はソウマに視線を送る。ソウマは私の視線を受け取り軽く頷くと、次の命令を口にする。
「各自、英雄の出現に注意せよ! 第二段階、開始!」
「遠方の各拠点へ接続を開始!」
「今の所、例の港以外は順調だ。力の受け渡しは出来てる」
「イゴーリ、心配しないで」
私は少し力を籠める、カナの力を感じる。過程が異なるが、力の根源と導かれる結果は同じだ。私はカナの力と術式を繋ぐ。これだけは、今この場で私にしか出来ない。
「港の結界も接続!」
「住民に混乱する様子ないみたい。例の港は駄目かも」
「接続状況に問題が有るのか?」
「違うと思う」
「海の汚染が影響してるのかも。どっちにしてもカナの鎮静が、思ったより効いてないみたいね」
「姉さん、英雄だ! 数は、一、二、三、四、まだ、五体目も出現! 悪いが今回は殺さずに済ますなんて無理だ」
「そんなに!」
「タカギ、任せてもいいか?」
「誰に言ってんだソウマ。お前に心配されるほど弱くねぇぞ!」
「君達は絶対に死ぬなよ。リミローラ、他の地域に英雄の気配は?」
「今の所は港だけみたいっす。私もタカギの所に向かうっすか?」
「他に出現しないとは限らない。君は周囲の警戒を強固にしてくれ」
五人も英雄が現れるなんて。私はそれを聞いて飛び出そうとしていた。その時、私の肩を掴んでソウマは首を振った。
その数を相手にするなんて無理だ、私はそれを言いかけて止めた。指示を出しているソウマを見て、私は思い出した。
これは彼らが計画し遂行しようとした作戦だ、私がソウマの指揮を無視して行動するのは違う。信じるしかない。
「油断するな。都市結界の接続は一時中断する。各自、英雄の出現に備えろ!」
「おい待てよ! 接続は続けろよ!」
「二人の補助なしでは続けられない。今は英雄の対処と街の鎮静化を優先する」
「おい! なに言ってんだソウマ!」
「駄目だ。イゴーリとパナケラの持つ指揮権は私が受け継ぐ、二人は直ちに異端の子達と合流しろ」
「はぁ?」
「件の港から救援要請が入った。合流後イゴーリはタカギの救援、パナケラは異端の子達と共に件の港に起きている問題の対処にあたれ」
そして彼らの戦いが始まった。これが、かつてない程の壮絶な戦いの幕開けになるとは、今の私は夢にも思っていなかった。
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