第64話 カナの結界 後編

 今、このセカイに住む人々がある病に冒されるされようとしている。


 初期は少し高めの熱と軽度の吐き気、加えて食欲の減退だけの為、体調が優れないだけだと誤認させる。まぁ、普通の人達が『勘違い』なんてする訳が無いんだけど、人によって普段より怠いと感じる位かも知れない。

 次第に嘔吐を繰り返し食事を摂る事が難しくなっていく。更に歩行が困難な程にまで熱は高くなる。やがて意識が混濁し死に至る。


 残念な事に私達を除いて、この事実を知っている人は存在しないはずだ。当然だがアレが親切に教える訳がない。だから街の医者達は、初期の症状を診て「安静にしていれば治る」と言うのだろうし、末期症状において「不治の病」だと匙を投げるのだろう。


 正確に言うと、これは病気じゃない。敢えて例えるなら『毒』だろうか、それとも特別な何かを体内に取り入れた者だけが発症する『呪い』とでも言おうか。

 

 つまり、アレによる嫌がらせの類だ。

 

 患者の漁港周辺の都市に多く、隣接する都市にも同じ症状の病人が数名確認されている。港から離れれば離れる程、罹患した患者は少なくなる。山を越した場所に患者は確認されていない。


 しかし、このまま放置すれば『毒』は広がり、この辺りに住む住民達を尽く死に至らしめるだろう。私は症状の悪化を防ぐ為に、数名の局員を漁港周辺や都市に在る病院へ潜伏させた。しかし、食い止める事は難しかった。何故なら、漁港周辺の住民は当たり前に口にするのだから。

 

 最初に驚かされたのは、『病の原因が海にある』事を理解している人が存在している事だった。多分、その人は『病の原因』を見たか聞いたかしたんだろう。仮に異変に遭遇した所で、『怪しい』とは思わない。でも、その人は『おかしい』と思ったんだろう。そして気が付いたんだろう。


 海を汚染する化け物が存在すると。汚染された海でとれた海産物を食べれば病に罹ると。


 それは確実に存在し、今なお人々を苦しめている。それにも関わらず人々は気が付いていない。声を上げればお前が間違っているんだと責め立てる。やがて、確かに存在する脅威は曖昧な物に見えてくる。


 迷っても答えは出ない、身近な人が苦しんでいても助ける事さえ出来ない。それは、自身の心を蝕んでいく。

 でも大丈夫なんだ、必ず救いは有るんだ。カナちゃんとミサちゃんは、それを証明してくれた。曖昧な物に囚われて逃げられなくなった心を、二人が解放してくれた。


 そして、誰もがこの瞬間を待ちわびてたんだと思う。違うか、私が待っていたんだよね。

 

「おい、始まるみたいだぞ」

「うん。初めて見るけど、凄いね」

「ミサは風に体を預けてる。風だけじゃない、あいつの踊りに海と大地が反応してる」

「やっぱり、カリスト様とは違うね」

「そりゃそうだろ。どう見ても二人は戦闘向きじゃねぇ」

「ミサちゃんが自然と一体になる事で、カナちゃんの術式が上手く作動する様に準備してるのね」

「術式? 違うだろ! あいつ等がやろうとしてるのは、そんな簡単なもんじゃねぇよ」

「確かにそうね。これは奇跡でしかないわね」

「でも、俺達はこの事象を解析して術式に落とし込むんだ」

「わかってる」

 

 初めは風、次に海と大地。ミサちゃんが港町に近しい自然に問いかける。そしてカナちゃんが陣を描く。陣の構造は単純だ、単に自然の力を受け取り増幅させるだけのものだ。でも、描いただけでは効果を発揮しない。ここからが特別なんだ。カナちゃんが唱えた言葉で、陣に取り込まれた力が一つになり街を包んでいく。


「効果はあらゆる病気の治療と耐性、結界の強化、それと洗脳の解除と沈静か?」

「あらゆる病気の治療と抵抗力の強化って、簡単にやってくれるけどさ。とんでもない事だよ!」

「お前じゃ理解が追い付かねぇか?」

「馬鹿にしないで! これでも医療局の局長なんだよ!」

「じゃあ、早く術式を構築しろや!」

「もう! こっちは何とか術式に落とし込めそう。そっちは?」

「俺を誰だと思ってやがんだ。洗脳解除の術式は完璧だ。結界の強化は少し特殊だけど、そっちも直ぐに術式が構築できる」

「じゃあ、こっちの術式を送るね」

「一気に寄越すな! ったく、俺が天才じゃ無ければ脳が爆発してたぞ!」

「私は、シルビアさんに連絡するよ」

「待てって! 終ってからにしろ!」

「早くしてよ! 向こうは待ってるんだよ!」

「うるせぇな、終わったよ」

「シルビアさん、聞こえてます? こっちは終わりました。新しい術式を送りますので、都市結界に組み込んで下さい」


 ☆ ☆ ☆


「見たかアオジシ。それで感想は?」

「すげぇよ。すげぇとしか言いようがねぇ」

「アレが自然と繋がるって事だ。やれるな」

「いや、無理だ」

「何が無理だ?」

「多分な、俺は戦ってねぇと駄目なんだよ。踊ったガキがやったのに似てるか?」

「そりゃあ、似て非なる物ってやつだ」

「だからよ。目を瞑ったって何も感じ取れねぇ」

「全く仕方ねぇな。あんな凄いお手本があんのにな」


 何となくだが、ガキ共がした事をわかっちゃいるんだ。でも、それはそれだ。そりゃあそうだろ、ガキ共は特別なんだろ? そんな奴等がやった事を、そのままを真似する事は出来ねぇんだ。

 でも、きっかけは掴めた。タカギに言われ続けた事、ガキ共がやった事、俺が戦いの中で掴みかけた事、そんなのが一つになった気がした。後は、それをどうやって形にするかだろ?

 

「だからよぉタカギ。実践あるのみじゃねぇのか?」

「はぁ、そうだな。でも、軽くだ」

「何でだよ!」

「もう時間が無いんだ。お前には気配が感じ取れねぇのか?」

「何が?」

「もう直ぐに英雄が現れる」

「おい! 特訓の時間もねぇのか?」

「いや、隔てられたセカイを渡るんだ、多少の時間がかかる」

「それなら直ぐにやろうぜ!」

「わかってる。その内お前にも感じ取れる位に澱みは酷くなる。それがタイムリミットだ」

「あぁ。間に合わせてやる」


 ☆ ☆ ☆


 都市結界の調整をしようと意気込んでみたけど、やっぱり私にはこんなに緻密な術式を扱えない。ソウマの言う通り根本が違うのね。

 術式の組み込み方を丁寧に教わって、ようやく都市結界の調整が完了した。まさか、教え子に魔法を教わる事になるとは思わなかった。


 ほんと、人間は可能性の塊ね。私達の様に作られた者には出来ない事をやってのけるんだから。ソウマやリミローラ達が特別じゃなくて、みんな誰しも特別な物を持っているのかも知れないわね。

 少なくとも、カリストがソウマ達を助けたのは偶然なんだし。カドアとミツカもそうだったんでしょうね。


 人間は肉体を鍛えれば、それだけ強くなる。体の外側だけじゃなくて、内側だって鍛える事が出来る。私は幾ら鍛えても変わらないから、出来る事は知識を吸収する事だけ。でも、一つ目のセカイには変化がない、新しい発見もない。その停滞した状況を変えられるのは、やっぱり人間なんだと思う。

 

 私はその可能性を信じたい。それがクロア様の目指したセカイへ繋がるはずだから。


 カナ、ミサ。あなた達は私とは違う。その純粋な目で風景を見て欲しい、色眼鏡せずに人と色んな事を学んで欲しい。それは、私には教えられなかった事、カーマとケイロンが書物に書けなかった事なのよ。


 沢山の経験をして成長した姿を見せに来てね。


「シルビアさんがパナケラと通信している間、ヘレイから連絡が有りました。間もなく全都市への配備が完了する模様です」

「そう。だいぶ駆け足で頑張ってくれたのね」

「隊員達にも、かなり発破をかけたんでしょう。ヘレイらしいです」

「走れ~、俺の特訓に耐えて来たお前等なら出来る! とでも言ってるのかしら」

「ははっ、そんな所でしょう。……さて、シルビアさん」

「ええ、始めましょう」

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