第60話 夜明け前

 私は執務室を後にした。廊下を歩けば、すれ違う者達が脇に避けて頭を下げる。それを横目に見て『私はまだ内務局の局長なんだ』と安堵する。


 いつ、そうでは無くなってもおかしくない。私が国を追われるだけならまだいい。人を盾にされる事は絶対に有ってはならない。だから、慎重に事を進めて来たつもりだった。例え覗かれていたとしても、面白半分に邪魔されない様に。


 ☆ ☆ ☆


 当初、宮殿内は恐ろしい場所だった。エレクラ様には敢えて報告をしなかったが、我々は宮殿へ乗り込む為に、百は下らない人を開放した。その内、半数近くは我々の計画に賛同してくれた。


 宮殿に潜入してからも、全てが上手くいく訳ではなかった。最初に私とリミローラが内務局に潜入した。次にイゴーリが研究所に、パナケラが医療局に潜入した。ヘレイとヨルンは軍に潜入して、同士達を引き入れる態勢を整えていった。


 我々は少しずつ同士達を引き入れ、内部でも同士を増やしていった。それからは加速度的に同士が増え、宮殿は我々の支配下に入る予定だった。それが見逃されていた事にも気が付かずに。


 そして、気が付いた時には遅かった。宮殿内に巣くう目によって、同士達は次々と殺されていった。しかし、私を含めて最初に乗り込んだ者だけが殺されなかった。それは『もっと楽しませろ』という、アレの意志だ。それが溜まらなく悔しかった。


 元の六人に戻った我々は、一先ず宮殿内で勢力を増やす事を諦めた。しかし、死んでいった同志達の為にも、諦めるなどという選択肢は無かった。

 実際に多くの目から逃れるには、『姿を隠す』か『自らも目になる』しかない。だが、『人形にした人達を使い監視をしているだけで、己の目で監視をしない』のなら、そこに隙が生まれる。


 その頃から、リミローラは常に気配を消す様になり、目達の監視を始めた。ヨルンとヘレイは一介の兵士になりすまし、戦う技術を身に付けていった。イゴーリとパナケラは一般職員のふりをして、魔法技術を盗み続けた。


 死と隣り合わせの日々は、我々の肉体と精神を削り続けた。特に『端から少数精鋭で乗り込んで入れば、同志達が殺される事は無かったのではないか』という考えが、私の精神を蝕んでいった。

 悔恨の念に堪え切れず、自らの命を絶とうと考えた事は数えきれない。そんな時に思い浮かぶのは、カリスト様とエレクラ様の雄姿と、同志達から託された想いだった。他の者達も似た様な想いを抱えながら耐え忍んでいた。


 そんな中で、ヨルンとヘレイが『自らを害される事なく、他者を守れる力を身に付けた』事は、我々を勢い付けた。そしてパナケラとイゴーリの知恵により、都市を守る結界を『我々にとって都合が良く』書き換える事が出来た。その陰ではリミローラの献身が有った。


 我々は少しずつ宮殿内での地位を上げていった、目達と同じ人形のふりをしながら。異端の子等が成長し旅立つ時を待った。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 私は目達を横目に、長い廊下を早歩きで宮殿の最奥へと向かう。やがて、すれ違う者が減っていく。廊下を照らす灯りも数が少なくなっていく。そして薄暗く視界の悪い中に、豪奢な扉が待ち受ける。私は扉を開けた。


 足を踏み入れるのと同時に、入り口から奥へと光が灯される。最後に照らされた広間の奥には、一際大きな椅子が鎮座している。

 ここは謁見室、そして玉座に座るのは仮初めの王。今は背もたれに体を預けて静かに目を瞑っている。私は玉座の側まで近付くと膝を突いた。


「お目覚め下さい、我が王よ」


 その言葉で王への呪いが解かれていく。王はゆっくりとまぶたを開くと周囲を見渡した。そして私の顔を眺め静かに口を開く。


「ソウマ。お主が来るとは、ようやく時が訪れたか?」

「残念な事に、我等の企みがアレに露見している可能性がこざいます」

「ならば、英雄共の侵略に備えねばならんの」

「仰る通りです。それと、国民を人質にされる事は避けねばなりません」

「そうだな。首尾は如何に?」

「魔法研究所の職員達を、各都市へ向かわせました。一両日中には結界の調整が終わるかと。これに併せて、陸軍を各都市の警備に向かわせました」

「うむ。急ぎ儀式の準備を整えよ」

「はっ、心得ました」


 王の瞼が再び閉じる、謁見室には再び闇が訪れる。そして私は執務室へ戻る。全ての人を解放する為に。


 ☆ ☆ ☆


 アオジシに指示を出した後に気が付いた。悪い癖だ、頭に血が上ると冷静な判断が下せなくなる。そもそもこの事態はおかしいんだ。


 モドキは命の危機に際して覚醒する事が有る。そして真実を知り絶望しながら死んでいく、糞野郎のやりそうな事だ。やつらが煙を恐れて近づかなかったのは、本能故の行動だと思っていた。

 だがリミローラの話し通りなら、奴らは魔法の産物であって生き物ですらない。そんな存在が恐怖を感じるのか? それともコピーだけに、元の生物と同じ行動を取ろうとするのか?


 そのコピー共が命令通りに動くしかない機械と同じなら、煙を忌避したのは罠だ。


 待て待て、もっと考えろ! このまま奴らを蹴散らし続けても、コピー共は増え続けるだけだ。結局は本体を始末しないとならない。

 この状況が罠ならば、俺が離れた隙にコピー共はあの子達に襲い掛かるだろう。そうなると、俺は奴らを倒すだけで精一杯になるかもしれない。あの子達から目を離す事は避けねばならない。


 恐らく、今この一瞬しか本体を倒す機会は無い。


 拙く見えるが、あの子達にも考えが有るんだろう。例えば、手榴弾を隠し持ってるとか、それに代わる何らかの兵器が有るとかな。あんな物を作り出した子達だ、考えられない事じゃない。

 希望的観測と言われようが何だろうが、あの子達を信じよう。それに俺は独りじゃないアオジシが居る、それに。


「行くぞ、リミローラ!」

「いや、行くぞじゃないっすよ。なに言ってんすか」

「あの子達からコピー共が距離を取ってる。やるなら、この瞬間しかねぇんだ! お前も、こんな所で見物している場合じゃねぇんだろ?」

「はぁ、もう! わかったっすよ」


 そして、俺とリミローラは走り出した。通信を取りながら連携をすれば、間に合うはずなんだ。そして、指定のポイントに辿り着いたのは、俺の方が早かった。

 だが困った事に、力を使って目を凝らしても本体とコピーの違いがわからない。ただ、迷っている暇は無かった。


 そして俺は、指定のポイント上に存在する一切合切を塵に変えた。それなら、コピーに紛れて潜んでいようが、草むらなんかに隠れていようが、間違いなく本体を倒せるからだ。


「ちょっと~! 何やってんすか! 消し飛ばしたら、本体がどれだかわからなくなるでしょ!」 

「悪い。でも、お前の予想が正しかった事は証明されたな」


 こんなやり方をしたら、あの子達から叱られるだろうなと思っていたが、まさかリミローラから叱られるとはな。でも良い、証明出来た。

 広域モードで周囲を眺めてみるとわかり易い。明らかに数が減っている。文句を言いつつも、リミローラが直ぐに二匹目の本体を潰した。更に数が減った。


「いいっすか? 本物は複製に混じってるっす。ちゃんと視るっすよ」

「次からは上手くやる、自身はねぇけどな」

「消し飛ばした植物を、誰が元に戻すと思ってるんすか?」

「セカイだろ?」

「違うっすよ。私もカナちゃんみたいな儀式が出来るんす」

「そりゃあ、姉さんがいれば充分じゃねぇのか?」

「ちょっと! 言い方に気をつけろ! 見も蓋もない事を言わないで欲しいっす」


 茶化して悪いなリミローラ。光明が見えた事で、俺の心にも余裕ってのが出来たんだろう。


 それから俺達は本体を潰し続けた。そして俺は、周りごと吹き飛ばす事しか出来なかった

 リミローラが言うには、どの本体もコピーの中に紛れ込んでただけらしい。逃げる余裕が無かったってより、アオジシが派手に暴れていたのが功を奏したんだろうな。


 見てっかよ、糞野郎。ちっとは悔しがっているか? 

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