第61話 信頼と期待

 そういえばタカギが何か言ってやがった。それのせいで雑魚共がいなくなったのか。つまんねぇ事をしやがって、せっかく何か掴めそうな気がしてたのによ。


 まぁ色々と意気込んだ所で、実際には思った様に行かねぇんだ。俺が一回に消し飛ばせる数なんて、たかが知れてる。それを越えた量が来やがったら、殺し方は雑になる。死骸の山が増えていく。

 でも、タカギが走り出して少ししたら、死骸の山がちっとばかり低くなりやがった。それから直ぐに、遠くにいた雑魚共の気配が消えやがった。

 それでも俺は剣を振るった。ああだこうだ考えるより、そっちの方が楽しいからだ。でもよ、それもお預けだ。振るってた剣は空を切り、目の前にいた雑魚が消えた。


 これを仕掛けた奴は、何がしたかったんだろうな。雑魚共をこんなに増やしてよ。


 一応な、俺はガキ共の事は見ていたんだ。奴らも馬鹿なんだろうな、俺より弱い癖に真っ暗の中を歩いてやがる。タカギが数を減らしてなけりゃ、今頃は雑魚共の腹ん中だろうし。原因がどうとかってのを止めなけりゃ、笑ってなんかいられなかっただろうよ。


 でも、その方がタカギは喜ぶんだろ? それなら仕方ねぇよ。


 だってタカギからは色々と教わったしな、まだ教わる事も有るからな。多少の我儘は聞いてやる。どうせ他にやる事なんてねぇんだし、生意気なジジイの下で働かされるよりマシだしな。


「アオジシ、疲れたか?」

「あぁ? いきなり話しけてくんじゃねぇよ。それに疲れちゃいねぇ」

「それならいい。直ぐに俺の所まで来い」

「てめぇ、何様だ!」

「いいから来い。ここからは本当の死を覚悟しろ」

「はぁ?」

「時間が無いから、生き残る為の方法を教えてやる」

「逃げろって言うんじゃねぇだろうな?」

「いいや。英雄と戦っても死なない方法だ」


 それだけじゃ駄目だ。タカギ、この『遠くにいるタカギと話が出来る』方法も教えろ。まぁ、言わなくても教えて来るか。あいつは強いけど、馬鹿だし弱いし優しいから。


 ☆ ☆ ☆


「なぁ、なぁってば」

「なに? 走ってる時に話しかけないで」

「お前は鍛え方が足りねぇんだよ」

「私だって頑張ってるもん。医療局だって大変なんだもん」

「良い歳こいて『もん』とか言ってんじゃねぇよ」

「うっさい、良い歳して『俺』って言うよりましでしょ!」

「カリスト様みてぇでかっこいいだろ?」

「違うね。イゴーリはタカギを意識してるんでしょ?」

「ば~か、あんな野郎と一緒にすんな!」


 パナケラは、何でいつもムカつく事を言うんだ? 何がタカギを意識だ、ふざけんな。確かにタカギは馬鹿みてぇに強いけど、所詮は元英雄だ。今は俺の方が強いに決まってる。

 あいつが枯れ果ててる間に、俺達がどれだけの事に耐えて来たと思ってやがんだ。今更の様に元気出したって遅いんだよ。


「それより何?」

「何って何が?」

「いいから早く本題に入りなさいよ、息切れしそう」

「あぁ、それな。あのさ、あいつさ。ソウマは何を焦ってやがんだ?」

「カナちゃんとミサちゃんが何かすれば、英雄が出て来るからじゃないの?」

「それは、最初の想定だろ? 俺が言ってるのは、今の話しだ!」

「今って? さっきの通信? エレク、シルビアさんの魔法がどうのって?」

「それもだけど、その後もだよ。お前も盗み聞きしてたろ?」

「リミローラとソウマの?」

「そうだよ。例の結界は、未だ先の計画だったろ?」

「まぁね」

「だったら、何で計画を早めるんだよ!」

「仕方ないよ。あんな嫌がらせをされたらね」

「今は足りねぇんだよ」


 都市結界は『王都の本体を経由して各都市を繋ぎ、全ての人をアレの支配から解放する計画』の為に作った、現時点での最高傑作だ。でも、今のまま起動させると間違いなく失敗する。それはソウマにも伝えた。


 この都市結界には『異端』っていう要素が欠けてるんだ。俺とパナケラが幾ら頑張っても、エレクラ様がどんなに凄くても、異端が生み出す奇跡の力には敵わないんだ。


 あの暴走ジジイに会うのは嫌だけど、時間さえ有れば噂の村に行って、『カナが作った結界』を確かめたかった。


 そもそも、混乱した奴等を冷静にさせるのは、絶対に無理なんだ。『慌ててる』んじゃなくて、『慌てる様に命じられてる』んだからな。そんな奴等に冷静にさせるどころか、安らぎを与えるなんて全く意味がないんだ。安らぐはずがないんだ。そんな状態で洗脳から解放しても、もっと混乱するだけだ。下手を打てば、絶望のまま自ら死を選ぶ。

 

 だから、あの村でカナがやらかした事は、奇跡そのものなんだ。


 だけど、これから先にもっと凄いのを見る機会が有るなら、それを組み込んで完成させたい。そうじゃなければ、このままアレの思い通りになっちまう。


「それは、ソウマも理解してるはずだよ」

「知ってたら、計画を早めるはずがねぇだろ!」

「ん~、それもソウマの想定内だと思うよ。あの子達は港で必ずやらかすよ。私はそれを見てシルビアさんに伝える」

「それまで、アレが待つと思うか?」

「だからこその、イゴーリなんでしょ?」


 みんな、アレに殺されたんだ。俺達は運が良かっただけなんだ。今更それをどうこう言うつもりはねぇし、犠牲者を増やしたくねぇなんて高尚な事は考えちゃいねぇ。


 単に許せねぇだけなんだ。てめぇの手で、アレをぶっ殺してぇんだ。恨み辛みってのが溜まってやがんだ。


 でもよ、そういうのは所構わず当たり散らせば良いってもんじゃねぇだろ? だからソウマ、今は我慢しろ。一先ず俺が、英雄共をぶっ飛ばしてやるからよ。


 ☆ ☆ ☆


 ソウマが謁見室に向かってから、私は都市結界を確認しに宮殿を後にした。私は、都市結界の構造をしっかりと見た訳じゃない。住民の登録をした街でも、首都でもだ。

 勿論あの街では、そんな余裕は無かった。私が魔法を行使する事で英雄が現れる可能性が有った。結果的には英雄は現れなかったけれど、その代わりタカギに脅かされた。そして首都では、ソウマ達に合流するのが最優先だった。


「改めて見ると、これは流石に凄いわね」

「そうでしょう。これはイゴーリとパナケラが、心血を注いで作り上げた物ですから」

「ソウマ? 謁見は?」

「もう終わりました」

「それで追いかけて来たの?」

「えぇ。これについても、ご説明しなければと思っていたので」


 声を掛けられるまで、私はソウマに気が付かなかった。正確には誰かが近づいている事がわかっていたのに、それがソウマだとわからなかった。

 ソウマは息を切らしていない。恐らく周りの職員達に見られながら、普通に歩いて来ただけなんだろう。そして空を眺めている私に、上司として声を掛けた。

 何より私の近くを通り過ぎる人達は、『私とソウマが宮殿の外に居る事』に全く関心を寄せていない様に見える。


 私の近くを職員や一般の人達が通り過ぎる。彼らが私に違和感を覚えないのは、虚構と擬態の効果だ。でもソウマに関しては、私の傍に居て彼らに認識されても尚、そこには何も無かったかの様な感覚を与えているのではなかろうか。

 だから、職員達が通り過ぎても『おかしな奴等がいる』とは見做されない。恐らく彼らが見ているのは、『内務局の局長と秘書が視察をしている』状況だろう。そこには、『ソウマとシルビア』の存在が無い。


 これはリミローラの技とは違う。虚構と擬態とも違う。敢えて言葉にするならば、『己を認識させつつも存在を空虚にする』様な技だ。どれだけの苦難を乗り越えれば、こんな真似が出来る様になるんだろう。そうだ、この子は魔窟の中で誰よりも前で戦って来たんだ。だから、私やカーマですら出来ない事を、身に付けていたんだ。

 

「驚いて下さるのは光栄です。それより、結界を見て何かおわかりですか?」

「とても緻密な術式ね、私には真似出来ない」

「流石です、でも少し違います」

「違うとは?」

「最初の異端に作られた方々、それに異端の方々に共通するのは、想像し力を行使するだけで現象を引き起こせる事です」 

「魔法ってそういう物でしょ?」

「いいえ。我々の場合は違います。現象を引き起こす為には、正確な術式が必要になります」

「だから、こんなに複雑なのね?」

「仰る通りです。そして、これには要素が欠けてます」

「もしかして、カナとミサって事?」

「はい。イゴーリに言われました。異端の奇跡を組み込んでこそ、都市結界は完成すると」

「そうすると。今の私が出来るのは、いつでも稼働出来る様に準備する事ね」

「ええ。お願い出来ますか?」

「勿論」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る