第55話 戦う理由

 カナとミサは山の中で、獣を相手に色々と試している。どうやら、意識を『自然界に流れるセカイの力』と同調させる訓練をしてるようだ。

 大して難しくねぇ技術だから、習得には時間がかからねぇだろう。グレイ爺さんは無意識でやってたみたいだし。


 但し、これが出来る様になったら、俺の存在を悟られるのは時間の問題だ。まぁその時が来たら逃げるしかねぇな。俺にはあの子達に会う資格は無いし、汚れた大人が近付くと純粋さを壊しちまう。

 

 まぁ、現実と向き合う事から逃げて、ひたすらビビってるゴミクズの言い訳だ。


 暫くの間は気配を消すだけで済むか。意識を繋げて遠くまで見る事が出来る様になっても、遠くで流れる空気まで感じられる様になるまでは、相当の時間がかかるだろう。俺は英雄だったけど、力の流れを意識的に操作出来るまでかなり時間がかかった。


 でも、少しはあの子達が自分で身を守れる様になるって事だ。見たところミサは戦える。でも、それだけだ。決して強くはない。

 カナに関しては未知数の所が多いだろう。村のモドキだって一人や二人じゃない。十数名のモドキを人間に変えやがった。それは奇跡でしかねぇよ、俺は一人として人間にしてやれない。それでも戦場で何が出来る?


 異端ってのは、俺や姉さんとは比べ物にならないくらい強いんだ。カリストの奴は、異端の中でもかなり強かったらしい。あいつが死んだのは俺が強かったんじゃなくて、俺を助けようとしちまったからだ。俺みたいなゴミクズをな。


 何度も言うぞ! あいつらの弱点は優しさだ! それこそが、千年もかけて糞野郎をぶち殺せねえ理由だ! あんなに優しい奴らを死なせねぇよ、死なせて堪るかよ! 冗談じゃねぇ! 俺が全部止めてやる!


 ほんの僅かな可能性かもしれないが、本当は有るはずなんだ。糞野郎へ繋がる扉ってのがよ。俺は英雄だった頃の記憶がねぇ、三つ目のセカイを覚えてねぇ。だけどな、ちょっと考えればわかるだろ?


 英雄共は、どうして一つ目のセカイにやって来るんだ? 手段じゃねぇぞ、目的だ。その目的を英雄に与えてるのが糞野郎だろ? モドキや俺みたいなのを英雄に変えてる元凶の情報ってのが、そこに有ってもおかしかねぇんだ。


 つまり、三つ目のセカイに糞野郎へ繋がる扉が隠されていても、おかしくはないだろ? もしかすると、鍵だけかもしれないがな。


 俺の目的は、三つ目のセカイに帰る事だ。そこで暴れて糞野郎を引きずり出す。その時、隣にいてくれる仲間がいれば少し心が軽くなる。だけど、そんな場所に誰を連れていけるってんだ?


 もしかすると、グレイ爺さんは来てくれるかもしれない。「どうせ寿命で死ぬんなら、間際まで抗っていたい」なんて言うかもしれない。でも、連れてけねぇだろ? そんな優しい奴をよ、無駄死にするだけの旅にな。


 それに俺は、自分で止めるなんて決意した癖に、仲間に頼るだけのゴミクズだ。そんなゴミクズよりも、カナとミサは弱いんだ。簡単に後ろを取れる、簡単に首を捻る事が出来る、そんな存在なんだ。頼ってどうするよ。守らねぇでどうするよ。


 三つ目のセカイに帰って無様に死んだ後、このセカイに平和を齎してくれるのがカナとミサなんだ。頼むぜ、カーマさん。あんたは軍師とか参謀みたいな役割なんだろ? 今、俺がこうしてごちゃごちゃと考えてる事も、お見通しなんだろ? 姉さんに伝えてやってくれよ。


 ここから先は、試練じゃなくて地獄だってな。


 だからグレイ爺さんの言う通り、今出来る事をする。精々三日って所か、アオジシを英雄に勝てる様に鍛える。

 アオジシ、せっかく拾った命を捨てさせはしねぇぞ。それすら出来ねぇなら、俺はゴミクズ以下だ。俺のせいで死んだ尊い命に顔向け出来ねぇよ。


 ☆ ☆ ☆


「おい! 何度言わせんだ!」

「やってんだろうが!」

「出来てねぇよ! ほんの僅かでも漏らすな! 力を体内に押し留めろ!」

「無茶言うな!」

「無茶じゃねぇ! 初歩の初歩だ、やれ!」


 一晩だけ村で過して、俺はあの子達を追った。訓練のせいか、かなりゆっくり歩いてる。これなら、アオジシの足に合わせて進んでも、直ぐに近づいちまう。そのおかげで時間は作れた。


 徹夜で家を直したんだ、クロジシは疲れて休んでる。だけど、アオジシには休みをやれねぇ。

 スパルタだの何だの好きに言え。こいつはもう俺の仲間だ、生き延びて良かったと思わせてぇんだ。


「歩きながら集中出来っかよ!」

「馬鹿か! 出来ませんで、英雄が見逃してくれんのか?」

「そうじゃねぇけどよ」

「お前は英雄の中でも最底辺なんだ! 文句を言わずにやれ!」

 

 こいつは俺と違って、ある程度の理性を取り戻してる。力をコントロールするだけなら、一時間もかからない。だけどな、そう簡単には上手く行かせねぇ。


 最初は歩きながら集中するのが大変なはずだ。でも、ちょっとやればコツが掴める。ただな、上手くいきそうになった所で、後ろから蹴りを入れて邪魔をするんだ。


 まぁ普通なら、邪魔をされたら怒るよな。それすらも乗り越えて集中するのが訓練だ。そうじゃなきゃ単に出来る様になっただけで、使い熟しているとは言えねぇよ。そもそも闘いの中じゃ、何も言い訳出来ねぇんだからよ。


「少しは慣れてきたかよ?」

「まぁな。何となくだけど、コントロールってやつの意味がわかった」

「それで、どうよ?」

「そうだな。そこいらに漂ってる力の流れを感じる。面白えな、てめぇの力もわかるぜ」


 そう、これがコントロール出来た時の効果だ。自らの力を己に閉じ込める事で、体内に流れる感覚を覚える。そうすると自然に、身体の外に流れる力も感じ取れる様になる。

 簡単な様でいて、案外と難しい。単純な様でいて、汎用性が高い。実の所、これが実戦の鍵になる。これが出来る様になって、ようやく次の段階だ。


 恐らくアオジシとクロジシは、英雄になる前は喧嘩すらさせてもらえなかったんだろう。

 見りゃわかる、動きがチグハグなんだよ。恐怖を感じるのは悍ましい英雄の力にだけだ。だから、ヨボヨボの爺さんにあっさり負けるんだよ。

 それに今のこいつは、ほとんどの淀みが抜けてるボンクラだ。だから、ひたすら体の動かし方を覚えさせる。それには徹底的に殴るしかねぇ。


 正面から殴った後に、背後からも殴る。不意をついて横からも殴る。少しは俺が居場所をわかったとしても、反応は出来ない。痛えだろうが加減はしねぇ、本能が危機を察するまでな。


 誰だって痛えのは嫌なんだよ。これ以上殴られたら死ぬって思ったら、どうにかこうにか逃げようとするんだよ。その時、覚醒したみてぇに訓練の成果が効果を表す。無意識に力を使って身体を自在に動かせる様になってる。


 尤も本物の英雄なら、普通の方法では死なねぇんだがな。


 攻撃なんて教えなくてもいい。力がコントロール出来てれば、繰り出した拳が強烈な一撃になる。

 組手の中で教えられる技みたいなのも有るけど、それこそ本物の実戦でだな。直ぐにその機会は来る。糞野郎のやる事は、嫌がらせなんだからよ。


 カナ、ミサ。一気に抜かすぞ。


 ☆ ☆ ☆


「んで、この程度で何くたばってやがんだよ」

「何時間も殴られてんだぞ! 一発喰らうだけで、体がバラバラになりそうなんだよ! 耐えるだけで精一杯だ、この野郎!」

「ちったぁ避けられる様になってるじゃねぇか」

「避けなきゃ死ぬんだよ!」

「そんなんで死ぬか! 立て! それともくたばったまま死にてぇか?」

「もう無理だ! 少しは休ませろ!」

「無理じゃねぇ。わかってんだろ? お前の中で力が渦巻いてる。疲れにくくなってる筈だ。立て! 俺には言い訳は通じねぇぞ」


 もう少しアオジシを鍛える事が出来れば、多少は戦力になる。それで満足してた俺は、少し油断していたんだ。

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