第54話 凶兆

「馬鹿野郎! いつまで、そんな糞みたいな力の使い方するんだ!」

「無茶を言うんじゃねぇよ」

「無茶じゃねぇ! ちゃんとてめぇの中に有る力を見つめろ! 力の根源は全部セカイだ。グレイ爺さんの魔法も、英雄の力もな」

「嘘つくんじゃねぇ!」

「わかってねぇなアオジシ。英雄の力ってのは、怨みやら妬みやら憎しみやらの感情で歪められてるんだ」

「じゃあ、その怨みやらっての止めればいいのか?」

「始めっから、そう言ってんだろ!」

「じゃあ、上手くいかねぇのは何でだよ!」

「そうだな。お前等はグレイ爺さんに命を救われたんだろ? 感謝しろ! 感謝の気持ちを込めて力を使え! 一先ずはクロジシを手伝え」


 仕方ない、俺はもっと酷かった。良い大人が癇癪を起こした様に暴れて、自分自身でも止められない時が有った。

 その度に姉さんに迷惑をかけた。俺には自身を見つめ直す時間が有った。でも、お前達にはその時間を与えてやれない。悪いな、アオジシ、クロジシ。


「まぁ、取り敢えずは報告しとくか」


 ただ、誰に連絡するかが問題だ。すんなりソウマが応答してくれれば良いんだけど、あいつは忙しそうだし。だからってリミローラに伝えると、ソウマに伝わるのに何日もかかる。イゴーリは俺からの通信を無視しやがるし、パナケラはぼけっとしてやがる。


 姉さんが王都に着いてたら、話しは早いんだけどな。スレイプニルは馬鹿みたいに速いし、明日には着いてるだろ。それを待って連絡するのが確実か。


 それにしても、この魔法は便利だな。悪く言えば昔話に出て来そうな田舎で、良く言えば自然が豊かな環境下で、この魔法が一番便利だと思う。


 まぁ、ヨルンやヘレイは魔法のセンスが無いから苦労してたけどな。でも、俺には理解し易かった。感覚的に操作出来るのが、小型の移動通信機と似てるからな。そういえば、今頃はどんな機種が出てるんだろうな。少し懐かしくなる。


 おっと、こんなくだらねぇ事を考えてる場合じゃねぇな。グレイ爺さんみたいな奴と出会えて、少し気が抜けたか? しっかりしねぇと、これからなんだしな。


 俺は虫を捕まえて力を流し、ソウマを思い浮かべる。暫く経っても反応がねぇ。次に俺は、ヨルンを思い浮かべる。こいつも反応がねぇ。更にヘレイを思い浮かべる。


 悪い予感は当たるもんだ。あいつ等は、連絡の重要性をわかってねぇのか? それとも、俺の存在を忘れてやがんのか? くそっ仕方ねぇ、あいつと話しすんのは疲れんだよ。


「お? 誰っすか? 馬鹿のヨルンっすか?」

「おう、久しぶりだな。リミローラ」

「あれ? 知らない声っすね」

「忘れたのかよ、タカギだ」

「お〜、初めましてリミローラっす」

「いつまでも知らないふりすんな!」

「仕方ないっす。何年も連絡寄越さない奴なんか、覚えてられないっすよ」

「うるせぇよ。俺の所を素通りして、姉さんの村近くまで行ってたのは、どこのどいつだ!」

「うわぁ、気付かれてたんすか?」

「当たり前だ! それよりも、あの近くに村が有ったろ?」

「そうっすね」

「あの子達が、そこの住民を覚醒させた」

「へ〜、やるっすね」

「あの子達が村を離れた後、英雄二人が襲撃」

「タカギがやっつけたんすか?」

「いや、村長がやった。二人とも確保だ」

「そ〜っすか。あれっすよね、イゴーリに追いやられた元研究所の所長さん」

「イゴーリの絡みは知らねぇけどな。ソウマに伝えろよ」


 ついこの間まで拗ねてたくせに、いつの間に立ち直ったんすかね。エレクラ様のおかげっすかね。


 昔から偉そうで、エレクラ様にも突っかかって、それでいて人一倍へこみやすい。

 カリスト様が死んだのも、あの子達の両親が死んだのも、全部自分のせいにして背負い込んで、影のある男を気取ってるですよ。胸糞悪いったら無い。


 本当はソウマより頭が切れて、私達が束になっても敵わないのに、ホント面倒な男。だから嫌われるんですよ。エレクラ様から頼りにされてるから、余計にですよ。


 だから、意地悪くらいしたくなるじゃないっすか。


「嫌っすよ。自分で伝えて欲しいっす」

「お前以外は応答しねぇんだよ」

「そんな時は強制的に聞かせると良いんす」

「はぁ?」

「みんなの耳に虫を突っ込ませて、同時に聞かせるんす」

「一斉送信みたいなのが出来んのかよ?」

「出来ないとでも思ったんすか? 発想が貧困っすね。それでも文明の進んだ所の出身なんすか?」

「物理だの化学だのは、苦手なんだよ。機械もだ」

「だから喧嘩しか脳が無いと。そんなんだからモテないんす」

「余計なお世話だ」


 それにしても良い事を聞いた。聞いてなかったってのは有り得ねぇんだしな。今度からそうするか。イゴーリが怒ってる顔が目に浮かぶけど、仕方ねぇよな。

 

「それはそれとして、そっち側での動きは何か有ったか?」

「特にないっすね。それより、もういいっすか? 忙しいんすよ」

「何か有るじゃねぇか!」

「そういうんじゃないっすよ。エレクラ様がいらっしゃるんすよ。わかるっすよね。お迎えする準備っす」

「はぁ? 姉さんはモドキのふりするんだろ? 仰々しい事は必要ねぇだろ!」

「馬鹿っすね。だから、色々と準備が必要なんすよ」

「まぁそうか。頑張れよ」

「お、そうだタカギ。港を中心に病人が増えてるんす」

「ほら、何か有ったんじゃねぇか! そういうのは共有しろよ!」

「原因がわかってないんす。イゴーリとパナケラの部下が調査してるっす。それに、タカギに話しても解決しないっす」

「確かにそうだがよ。嫌な予感がするな」


 結局リミローラは、それから直ぐ連絡を切りやがった。もう伝える事は無いから別に構わねぇけど、それからずっと俺はモヤモヤしてた。衰えちまった刑事の感ってのじゃ無いと思うけど。


 俺がいた街から海へは、それ程遠くない。そして俺は、ちゃんと見張っていたつもりだ。確かに海までは見る距離を伸ばせねぇ。それでも、街の様子はたまに確認してた。特に異常は無かったはずだ。


 俺が見落としてたのか? その港町が無事だっただけか? それとも、他に何か原因が有るのか? 


 考えれば考える程、嫌な予感が止まらない。


 あの子達が、真っ直ぐに目的地を目指せば良いんだが、有り得ねぇだろ。余計な事に首を突っ込むのは、異端に共通する悪い癖だ。そのおかげで、グレイ爺さんみてえな逸材と出会えた。


 この村と同じ程度で済めば良いが、アレはそんなに甘くねぇだろ。嫌がらせの度合いは、この村と比較にならねぇ。絶対にそうなる。


 今の内に原因を潰して周るか? 駄目だ! それなら、ソウマ達と足並みを揃えた方がいい。

 リミローラの話を聞いた限りでは、そんなに優先度が高いと思ってなさそうだ。それでも、俺が奴等を動かせるか?

 いや無理だな。くそっ、引っ掻き回すつもりでいたのに、初っ端から後手に回ってる気がする。


 ダチの一人でも作っとけば良かったんじゃねえか? 後悔しても遅いんだけどよ。

 グレイ爺さんには、村の事以上の負担はかけたくない。アオジシとクロジシは力を制御出来てない。英雄をおびき寄せる撒き餌程度にしか役立たねぇ。


 そもそも、俺があの子達から離れてどうする!


「なんじゃタカギ、見るからに凶悪そうな面をして、悩み事か?」

「凶悪って、失礼だな爺さん」

「まぁ、飯を食いながら何が有ったか話せ。あの子等は未だ、そう遠くへ行っておるまい」

「そう、だな」


 それから俺は、グレイ爺さんに全て話した。少なくとも、爺さんには知っておいて欲しかった。それと、天才から助言めいた物が欲しかったってのも本音だ。


「様子を見るしか無かろう」

「今は動くべきでは無いと?」

「そうは言っとらん、準備は出来よう。本来、お前さんがやろうとしていた事を進めればよい」

「どういう事だ?」

「簡単じゃ。現状で一番の脅威は、お前さんの言うクソ野郎じゃなくて、英雄じゃろ?」 

「あぁ、確かにそうだ」

「それと肝心なのは、あの子達が傷付かん事じゃなく、死なん事じゃろ?」

「そうだが、納得はいかねぇ」

「見極めよ。少なくとも、お前さんは生き延びて来たんじゃ」

「わかってる。でも焦るんだよ」

「今はアオジシを育てる事に専念せよ」

「時間がねぇ」

「ならば少ない時間で何とかせよ。大丈夫じゃ、ああ見えてアオジシは素直な男だ」

「わかった。やってみよう」


 グレイ爺さんのおかげで、少し腹が決まった。いずれ来る最悪の事態を止める為に、少しでもアオジシを鍛えておく。

 あの子達を殺させない為に、アオジシを失わない為に、俺が死なない様に。

 

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