第56話 草原の闘争 前編
何時間が経っただろう。俺はカナとミサを見ながらもアオジシを鍛えていた。つい熱が籠ってアオジシとの特訓に熱中し始めていたのも事実だ。
あの子達は港町を見つけたんだろう。ゆっくりと山を下り、呑気な顔して街道沿いの街とは別の方向へ歩きだす。俺の不安は的中し、あの子達の訓練成果が悪い方へ向かった。
でも俺が守る、それだけの事だ。それに、あの辺を縄張りにしてるガルム達は、俺が間引きしてる。道中で何かと出くわそうと、あの子達でも簡単に対処出来るはずだろう。問題が起こるとすれば、港町に入ってからだ。
俺はそう高を括っていたんだ。それが間違いだった。それから俺は、アオジシの特訓に更に熱中した。あの子達への意識が薄くなっていた。そして、異変に気が付いたのは俺じゃなく、アオジシだった。
「おい!」
「あぁ? 集中を切らすな!」
「馬鹿、そうじゃねぇよ。集中してるから見えたんだろうが!」
「何を?」
「俺が探してたガキ共ってのは、チビでそっくりな二匹の雌じゃねぇのか?」
「カナとミサの事を言ってるんだったら、そうだ」
「お前、ちゃんと見てたのか? ちょっと不味くねぇか?」
俺はハッとしてあの子達に意識を向けた。そして、飛び込んで来た光景は、俺を愕然とさせた。
何故あんな数が? いや、何匹ってレベルじゃねぇ。何十ってレベルでもねぇ。ガルム、ニーズヘッグ、グーロ、スキュラ、コカトリス。この辺りに生息してるありとあらゆる動物達が、あの子達を囲んでいる。
しかも、よく見りゃあ街道沿いの街付近から溢れて来やがる。まるで、何がなんでも港町に行かせようとしてるみたいに。
やっぱりかよ、罠じゃねぇか。くそっ!
でも、何でだ? 俺は、モドキに被害が出ない様に、ちゃんと個体数を調整してきた。こんな数がこの辺りに存在する筈がねぇ。
糞野郎は生命をつくり出せるってのか? そりゃあ、神様ってのと変わらねぇだろ? ふざけんな! そんな事が有ってたまるかよ!
「何をぼけっとしてんだ? ガキ共を見殺しにするのか? まぁ、俺には関係ねぇけどな」
「ちょっと待て! 流石に俺の処理能力を超えてる」
「意味わかんねぇ。避ける訓練が終わったなら、今度は俺から攻めても良いんだよな?」
「だから待てって。何でお前はわかったんだ?」
「そりゃあ、てめぇに殴られ過ぎて死にかけたからだ。命の危機に際して、覚醒するってやつだな」
「呑気に言ってる場合か!」
「それをてめぇが言うな!」
尤もだ、言い返す言葉はねぇ。要するにアオジシは俺の無謀な訓練下で、力のコントロールどころか感覚を最大限に研ぎ澄ませて、感覚共有までやってのけたってのか。途轍もねぇ逸材だぞ、こいつは。
いや、そんな事はいい。糞野郎のしでかした事もこの際ほっとこう。最優先すべきなのは、あの子達だ。よく見ろ、どんな状況だ? そして判断しろ、俺が出来る最善を尽くせ!
湧いてる数は、やっぱり街道沿いの町付近が多くて、港町側が少ない。ざっと見た限りでは数百、いやもっと増えてるか? 鬱陶しい限りだな。仕方ねぇ、糞野郎の罠に嵌るようで癪だけど、港町に逃がすしかねぇか。今なら両方の数を減らす事が出来るしな。
「悪いがアオジシ、訓練は中止だ」
「あぁ? てめぇ、あのガキ共を助けんのか?」
「それが俺の使命だ!」
「それなら言う事が有るだろ? 俺はてめぇの部下でもなんでもねぇ。勝手に連れまされてるだけだ、あのガキを守る謂れはねぇ。それで、てめぇはどうするよ」
「あぁ、そうだな。悪いが頼まれてくれないか? 力を貸してくれないか? この通りだ」
アオジシの言葉は当然なんだ。こいつには関係ねぇんだ。こいつに手を貸して貰うなら、勝手に守ると言ってねぇで頭を下げるべきなんだ。
「わかってるじゃねぇか。いいぜ、どっち側を潰すんだ?」
「お前は街道側だ」
「あぁ? そりゃ数が多い側だろ!」
「違う。お前なら数は問題にならない」
「どういう事だ?」
「この先に起きる可能性の話しだ。わかるか、大きな力を使えば英雄が現れる。今度はお前よりもはるかに強い奴がだ」
「上等だ!」
「馬鹿か! 今のお前じゃ死ぬだけだ。クロジシと一緒に、グレイ爺さんの所で修行しろ。時間をかければ、お前は俺より強くなる」
「けっ、わかったよ」
「後な」
「それもわかってる。てめぇが何を考えて、ガキ共と距離を取ってるのかは知らねぇ。だけど、てめぇがガキ共の傍に居れば、こんな事にはならなかったんだ」
「わかってる、俺の過失だ。それを承知で俺の尻拭いをしてくれ」
「お前もかなり面倒な奴だな、嫌いじゃねぇけどよ」
ありがとうは、これが終わったら改めて言う。だからせめて。
「アオジシ。頼りにしてる」
「おう。任せとけ」
その時、俺は初めてアオジシの笑顔を見た。そしてアオジシは飛ぶように駆けていく。訓練の前とは動きが違う。そうか、お前は肉体のコントーロールも出来る様になってたか。そりゃそうか、何回かに一回は俺の拳を避けられる様になってたもんな。
俺は港町側へ急ぎながら、リミローラに教えて貰った方法で、王都の連中へ連絡を入れる。もう姉さんは着いてるはずだしな。現場判断を覆すなら、それなりの理由を言えよ。それが無ければ、俺はこのまま進めるぞ。
「緊急だ。カナとミサが動物の大群に襲われている。数は凡そ千。二人は動物に対処しながら、港へ向かっている。俺と最近捕えた英雄の一人で動物の数を減らし、二人を援護する」
カナとミサが大群を相手に無事だとは思わねぇだろ。俺もだ。今の所は無事だ。
ミサの動きは見事としか言いようがない。カナを守る様に動き回り、襲い来るガルムを両断し続けている。カナは自分とミサに結界を張っているんだろう。連携も上手い。
だけど、この先は何が起こるかわからない。
「タカギ。彼女等だけでは対処出来ないと判断したんだな?」
こいつが一番最初に反応するとは思わなかった。いや、考えればそうだ。こいつが今のトップなんだからな。姉さんの事だから、余計な口は出さねぇか。
「そうだ。流石に数が多すぎる」
「援護は必要か?」
「必要なのは、この後だ。海で何かが起きてるんだろ? これは、糞野郎の誘導だ」
「そうか。パナケラ、聞こえてるな」
「聞こえてるよ」
「君達の部下を編成して、各都市へ派遣してくれ」
「それは、病人の治療って事?」
「そうだ。イゴーリとパナケラは、件の港町へ向かってくれ」
「あぁ? 俺がか? 冗談じゃねぇよ!」
「駄目よ、ソウマの指示は聞かなきゃ」
「ったく、わかったよ。でも、馬鹿と共闘するのは御免だ!」
「それは不可能だ。君はタカギと英雄と戦って欲しい」
「っくそ、何で俺が! ヨルンかヘレイにやらせろよ!」
「ヨルンは近衛だ、動かす訳にはいかない。ヘレイには軍を再編して、各都市の警備に当たらせる」
「イゴーリが嫌なら、私が行ってもいいっすよ。でも、いいんすか? 強くなったのを、タカギに見て貰えないっす」
「うるせぇな! そんなのどうでも良いんだよ!」
「じゃあ行くんすね?」
「仕方ねぇ。やってやるよ」
「それで私は治療だけ?」
「基本的に君達は、件の街で手を出してはいけない。あくまでも彼女達の補助だ」
「ちょっと待てよ、ソウマ! お前は全てあの子達に押し付けるつもりか?」
「そうだよ。彼女達は強くならなければならない。過保護では強くなれない」
「それでもだ! あんな小さいんだぞ!」
「タカギ。アレは雛だからって優しくしてはくれない。わかっているだろ? 君達も数を減らし過ぎない様に」
「ふざけんな!」
「その代わり、捕えた英雄の詳細を報告しなかった事は、これで帳消しにする」
俺はムカついて連絡を切った。何が帳消しだ! それは俺のミスじゃねぇだろ!
確かに、ソウマの言う事は尤もだ。でもよ、あの子達が心配にならねぇのか? それとも、こんな風に考えるのも俺のわがままだって言うのか? そんなんじゃねぇよ。俺が側に居たところで、あんな数が襲って来るなんて予想出来るかよ。
「タカギ。あの子達を信じてあげて」
「姉さん?」
「あの子達は貴方が想像するより強いんだから。自慢の娘達なんだから」
「そうか、わかったよ」
俺を心配してくれたのか。わざわざ連絡をくれて悪いな、姉さん。それとありがとう。
まぁ結局の所、ソウマが何を言おうが俺は俺のやる事を全うするだけだ。見てろよ糞野郎、誰もがてめぇの手のひらで踊ると思うな!
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