第49話 弱さも武器なんだよ

 シャチさん達に話しかけても、知らんぷりされるだけです。そんなの私だって知ってます。なので、ウニョ〜ってして、シャチさん達と意識を繋げます。それなら言葉が通じなくても、お話し出来ると思うんです。


 そして、シャチさん達はびっくりしてました。それで、ぴゅ〜って泳いで遠くに行きます。そりゃそうだよね。

 人間の言葉にするなら「ヘンダ、キケン、ニゲル」って言ってるんだと思います。


「カナ。説得を諦めちゃ駄目」

「繋がる所までは順調だったのに。挨拶してもダレダって言われるしさ」

「安心させて」

「でもね、この子達は怖がってるよ。可哀想だよ」

「それを何とかするの」

「どうやって?」

「私にしてくれる事を、あの子達にもやって」

「ぎゅ〜って? 無理じゃない?」

「いいの。そんな感じで頑張って」

「そっか。うん、わかったよ」


 繋がった時に感じました。怖いんです。ずっとずっと「生きたい、死にたくない」って伝わって来ます。


 そうだよね、近付けば間違いなく食べられちゃうし、ウヨウヨ広がってる変なのも怖いよね。

 逃げたいよね。あんな大っきなのと戦うなんて出来ないよね。他の子達を庇う余裕なんて無いよね。


 私達は知らなかったんだと思うんです。海にはお魚さんの死骸がいっぱい浮かんでました。お魚さん以外の生き物もいっぱい死んでました。

 まだ、大っきいのが遠くにいたから、港近くのお魚さんには影響が少なかったんだと思うんです。


 だって、人だけが病気になるのはおかしいもん。だから近付きたくないんだよ。


 おかしいよね。だって、みんなが生きたいと思ってるはずだもん。死にたくないって思ってるはずだもん。

 ガルムやグーロだって、土に還る為に生まれた訳じゃ無いはずだもん。産まれたばかりの子供に囲まれる瞬間とか、幸せなはずだもん。


 私とミサは生きる為に、ガルムをいっぱい殺したんだよ。みんながお腹いっぱいになる為に、漁師さん達は海の生き物をとってるんだよ。


 勝手だよね。私達の都合で殺されて、仕方ないって言われて、そんなの変だよね。でもね、私は人間なんだ。他の人と少し変わってるかもしれないけど、人間なんだ。


 ばあちゃんが大好きなんだ。お姉ちゃんが大好きなんだ。おじいちゃんが大好きなんだ。おじさんもおじさんの弟さんも、イゴーリさんもパナケラさんも、みんなみんな大好きなんだ。


 だからね、私は人間を守るよ。でもね、私達を守ってくれる人がいるみたいに、私達が海のみんなを守るよ。


 私だって知ってるよ。イゴーリさんとパナケラさんが街に来たのは、偶然じゃ無いんだよ。私とミサを守ってくれる、温かくて凄く強い力を持ってる人が、色々と頑張ってくれたんだよ。


 お友達になろうなんて、図々しい事は言わないよ。結局は、人間の為だからね。だけど、今はみんなを守るよ。みんなの怖いを取り除くよ。


 私は頑張って気持ちをつたえました。シャチさん達は直ぐには逃げるのを止めてくれませんでしたが、少しずつ速度を弱めてくれました。


 やがてシャチさん達は、ぐるぐると同じ所を回り始めます。それから暫く経って、話し掛けてくれました。人間の言葉にすればこんな感じです。


「ヨワイ、ムリ、シヌ」 

 

 そりゃそうです。あんなのに勝てると誰も思わないです。私だってミサが一緒じゃなければ無理です。怖くて足が動かないと思います。


 でも、ミサはそう思ってません。出来ると思ってます。力を合わせれば、大っきいのにも勝てると思ってます。そして、ミサの説得が始まりました。


「ねぇ、みんなであの化け物を倒そう」

「チカヅケナイ。ソノマエ、シヌ」

「大丈夫、守るから。私達を運んで欲しい」

「ムリ、ミンナ、シヌ」

「それなら逃げ続けるの?」

「ニゲテモ、シヌ」

「どうやったって死ぬんなら。抗おうよ、戦おうよ。私達がここに居た事を示そうよ。私達は簡単にやられない事を教えようよ」

「ムリ、シヌ、カンタン」

「そんな事は無いよ、私達が守るから」

「オマエタチ、タタカウ。ソレダケ。オレタチ、イラナイ」

「違うよ。海は誰の物なの? 大っきい奴の物なの?」

「ダレノモノデモナイ。ウミ、イノチ、ウマレル。スベテノハハ」

「それを化け物が汚してるんだよ! 悔しくないの!」

「クヤシイ。デモ、シカタナイ。ミンナ、ヨワイ」

「諦めないで! 弱い事を理由にしないで! 小さい魚は集まって大きな魚に対抗するでしょ? 私だって弱いよ、カナだって弱いよ。みんな弱いよ! だから力を合わせるの! 勝てるから、死なせないから!」


 そうなんです。私とミサだけでは、絶対に大っきい奴を倒せません。大っきい奴の所に辿り着けません。おじさんの弟さんが舟を用意してます。でも、小さな舟だとひっくり返って終わりです。


 人間は水の中で息が出来ません。それ位は私でも知ってます。だから、力を貸して貰わないと駄目なんです。

 弱いからって諦めたら、もうお終いなんです。後は死ぬだけなんです。その先には何も無いんです。だから、戦うんです。生きる為に戦うんです。理由はそれだけなんです。


 シャチさんは知ってます。海さんから色んな命が産まれて来ます。そんな場所を好き勝手にさせちゃ駄目なんです。


「ナニヲ、ナニヲスレバ、イイ」

「海の生き物みんなに声を掛けて欲しい」

「ソレカラ」

「私達を大っきい奴の所まで運んで欲しい」

「ソレカラ」

「私達が大っきい奴を弱らせるから、みんなで止めを刺して欲しい」


 暫く、シャチさんの反応が有りませんでした。でも、迷ってるのは伝わって来ます。それなら私の気持ちも伝わってるはずです。海さんの力を借りて、絶対に守ってみせます。

 

「ワカッタ」

「やってくれるの?」

「ナカマ、アツメル、ソレカラ」

「急いで欲しいの」

「ワカッタ、ムリ、ガンバル」


 ☆ ☆ ☆


 二人の表情が少しずつ変わっていく。そして会話が無くなる。恐らく『シャチと意識を繋げる』というのを行っているのだろう。

 言葉が通じない相手と意思疎通する事自体が、雲を掴む様にも感じる。だけど、二人はシャチと会話をしているのだろう。それも離れた距離で。

 

 それから一時間は経っただろう。その間に何度か時化が起きていると知らせが来た。小さい兄は、船を出す準備を中止し市場に戻って来た。養殖の準備を進めていた班も、作業を中止して戻って来た。


 もしかすると、直ぐそこまで化け物が近付いて、私達に残された時間は、そんなに残されて無いかもしれない。

 そう思うと、何かせずにはいられなくなる。そして、忙しなく体を動かしてみては、何をしているのかわからなくなる。そんな苛立ちを抱えて、私達は二人の反応を待った。そして、それは突然やって来た。


「お姉ちゃん! やったよ!」

「ん。頑張った」


 それまで、硬い表情で口を一文字に結んでいた二人が、堰を切ったように話し始める。明るい表情になった所から察すると、上手く行ったのだろう。しかし、またも二人の言葉は私の予想を超える。


「それでね、これからシャチさんと」

「待ってカナ。そこまで行くのに波を静かにさせないと」

「お〜、そっか。じゃあ、どこでお祈りしよっか」

「入り江の先がいい」

「それじゃあ、行ってくるね」

「ちょっと待ちなさい! どこに行くって?」

「入り江の先?」

「そうじゃないわよ、暗いし波が高いのよ!」

「そっか〜、でも大丈夫っぽいよ」

「カナちゃん! 何が大丈夫なの?」

「暗くても道はわかるし」

「それでも駄目! 焦らずに全部説明なさい!」

「は〜い」


 それから、海図を見ながらシャチとの合流地点、化け物を追い込む区域、魚達を追い込む方法等を確認し合った。

 こうして作戦は山場を迎える事になる。私の運命を変えた一日はまだまだ終わらない。

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