第48話 ちゃんと見つけるから大丈夫なんだよ
日が沈むと同時に、兄が中心となり海岸へ沿って松明を並べた。小さい兄は舟を出す準備をしている。町長や親方さん等は、漁師がよく使う休憩室を臨時の役場にしている。
ミサちゃんとパナケラさんと一緒に、私も休憩室で各所から集まってくる情報を整理した。
ミサちゃんの計画を実現する為に各人が走り回る。そのせいか、少量だがクラゼリーとアラ貝を集められた。今は別班が養殖の準備に取り掛かっている。
慌ただしさ故か時間を忘れる。そして事態は加速度的に進んでいく。そのきっかけになるのは、計画の要になる生き物についての知らせだった。
「見つけたぞ!」
「うるさいぞ、何をだ!」
「うるさいのは町長でしょ! 大っきな声を出さないで!」
「お姉ちゃんも声おっきい」
「元気いっぱいだね」
「カナは天才」
「そうだね〜」
「ミサちゃん! パナケラさん! 呑気な事を言わない! それで? 何を見つけたの?」
「姐さん達が探してるシャチですよ!」
「どこで? どこで見たの?」
「少し前になるんで忘れてたんですよ。確か島の近く」
「島なんて幾らでも有るでしょ!」
私は慌てて机の上を片付けて海図を広げた、そして目撃した地点に指を差させる。また休憩室に居た面々は、急いで海図を中心に集まった。
シャチを目撃したのは二週間ほど前だとか。時期は母が息を引き取った頃と重なる。もしかすると、母の病も偶然ではないかもしれない。
場所は港から五日ほど離れた辺り。これは小さい兄が最初に怪物を目撃した場所に近い。
ぐるぐると一定の区域を泳いでいたらしく、もしかすると彼等は怪物に依る被害を、確かめていたのかもしれない。
「でもな、こんなのが参考になるのか?」
「町長、頼りない事を言わないで! 何も無いよりマシです! ここから生息域を推測しなくちゃ!」
「ねぇ、お姉ちゃん。大丈夫だよ」
「何が大丈夫なの? もう、この辺りには居ないと思うわよ」
「わかってる。でも、カナが助けてくれれば探せる」
「それなら、カナちゃんを呼んでくるわね」
「ん」
そして私は休憩室を飛び出した。食堂へ近付くと良い香りが漂って来る。思わず吸い寄せられそうになる。
そういえば、交代で食事休憩をとらせたんだっけ。それにしては、やけに賑やかな気がする。
食堂の中からは雄叫びが聞こえ、異常な興奮状態で飛び出して来る人もいる。
「いや、流石におかしいでしょ! カナちゃん大丈夫?」
「らっしゃい! お姉ちゃん、お勧めは定食だよ!」
「じゃあ定食をお願いね」
「あいよ! 定食一丁!」
「じゃなくて! カナちゃん、シャチが見つかったの」
「そりゃあ上々だなぁ。お? 何だおっちゃん? すまないねぇ、うちは酒を扱ってないんだよ」
「そうじゃなくて! ミサちゃんが手伝って欲しいみたいなの」
「そうかい。ん? お代わりかい? あいよ!」
「もう! 聞いて! カナちゃん、行くよ!」
「そっちのおっちゃんも定食でいいかい? あ? 何だって? だから酒は無いよ!」
威勢の良い掛け声、食堂内を走り回る姿と、カナちゃんは元気が良すぎじゃないだろうか。忙しいのはわかるけど、私の話しを聞き流すのは止めて欲しい。ただ、前掛けを着けてる姿はとっても可愛い。
それにしても、市場の食堂が賑わっているのを久しぶりに見た。そうだった、大きな声を出さないと注文が喧騒でかき消されるんだ。今は叫び声が加わった分、いつも以上にやかましい。
多分これは、カナちゃんの料理が影響しているんだろう。私もカナちゃんの料理を食べたら、よくわからない叫び声を上げるんだろうか。
これが『知らない誰か』や『今朝まで私達を操作していた何か』に依るものなら、怖くてたまらなかっただろう。でも『カナちゃんだから』みんなが安心して受け入れるんだと思う。
まぁ、それは今考える事じゃない。私は再びカナちゃんを呼ぼうと少し息を吸い込んだ。しかし私は、肩透かしを食う事になる。
「カナちゃん。あんたにはやるべき事が有るんだろ? ここはあたし達に任せて行っといで」
「おばちゃん」
「そうだぜカナちゃん。頑張って来いよ!」
「あぁ、カナちゃんは俺達の希望だ!」
「よし、カナちゃんを胴上げだ!」
「いい大人が悪ふざけすんじゃないよ! カナちゃん、早く行っておやり」
「は〜い」
食堂の主であるおばちゃん達は、私の言葉を遮る様にカナちゃんへ声を掛けた。私が困っている様子を察してくれたんだと思う。私は妙な茶番劇を呆然と眺めるしかなかったが、その好意は有難く受け取ろう。
でも男達よ。盛り上がるのは良いけど、頑張るのはあんた達だ。まぁ、カナちゃんとミサちゃんに頼りきりになっている私に、それを言う資格は無いけど。
「おまたせ、お姉ちゃん。ミサの所に行こ」
「ごめんね、急がせちゃって」
「ねぇ、お姉ちゃん。私、どうだった?」
「どうだったって……、勇ましかったよ」
「えへへ、やったね」
食堂の主達にかかれば、例え町長だろうが親方だろうがおとなしくなる。そんな姿に憧れるのも無理はない。ミサちゃんが見たら喜んだろうか。いや、恐らく誇らしげに胸を張っただろう。「カナが一番」って言いながら。
そんな光景を想像すると、何だか心が温かくなる。でも、それは暫くおあずけだ。本番はこれからだから。
私がカナちゃんを連れて休憩室に戻った時、ミサちゃんは真剣な表情で海図を見ていた。その横で、シャチの情報を持ってきた漁師達が、魚の分布状況を伝えている。
それとて少し前の状況ではあるが、ある程度は当たりを付けた方が良いに違いない。
「カナ〜、シャチさんとお話しするの?」
「ん。海と意識を繋げてシャチを見つける。多分この辺りに居そう」
「そっか〜」
「私はこっちから、こっち側を探す。カナは反対側を探して」
「まかせて〜。シャチさんと仲良くなろう」
少しびっくりした。カナちゃんは絶対にミサちゃんへ飛びつくと思ったのに。自然と輪の中に交じり、ミサちゃんと打ち合わせを始めた。
そうだ。この子達は見た目よりずっと大人なんだ。特にカナちゃんは明るく振る舞うし、つい勘違いしてしまう。
それよりも、二人が何をするのか未だに理解が出来ない。海図を見ながら話しをしていたし、大体の予想はついているのかもしれない。
ただ、その憶測が稚拙であった事を、私は知る事になる。寧ろあれだけの奇跡を目の当たりしておきながら、何で予想出来なかったのか自分を疑いたくなる位に。
「いくよ、カナ」
「いいよ、ミサ」
二人は視線を交わし、静かに頷く。それと同時に、二人から何かが解き放たれる。周囲のざわめきを置き去りにし、一瞬の静けさが訪れる。それから直ぐに、周囲の音が遅れを取り戻そうと、私の中を通り過ぎる。
この時、私は始まったんだと感じた。どうやってとは言えない。でも間違いなく二人は今、遠い海を泳いでいる。
「ミサ、後ろを向くと怖いのが見えるよ」
「見ないで、気付かれる」
「この辺、なんか汚れてるね」
「ん、視界が悪い」
「居るとすれば、もっと遠くだね」
「ん、範囲を広げる」
何が起きているのかわからない。周囲の声に反応しているが、二人の意識が別の場所に有る様にも見える。まるで、二人だけが共有出来る空間で話しをしているかの様に。
「およ? ミサ、こっち。ほら、あれ」
「多分そう。流石カナ」
「褒められてない?」
「ん、ちゃんと褒めてる」
「話しかける?」
「普通に話しかけたら、びっくりして逃げ出す」
「どうするの?」
「意識を海からシャチに繋げる」
「頭の中で会話しちゃうの?」
「そう」
会話の内容は理解出来る。シャチを見つけたんだ。ミサちゃんの言葉通りになった。ここで私は考えるのを止め、パナケラさんに視線を送った。もしかすると、ここで起きている奇跡を説明してくれそうな気がしたから。
でも、パナケラさんはニッコリと微笑むだけ。二人を信じろって事なんだろう。確かにその通りかもしれない。
目の前で起きる数々、それに怪物や海の汚染、そして死に彩られた街と私の置かれた現状、有り得ない事は沢山見た。全てが好転したのは、二人がこの街に来てから。
パナケラさんは『希望』と言った。正にその通りだ。そして希望は輝きを増していく。さぁ、いよいよ本番だ。
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