第50話 今日はつくねの気分です

 海は魚や貝やらだけの物じゃない。化け物の物でもない。海は命を育み、命を奪う戦場だ。そして俺は漁師だ。居場所を無くしても漁師だ。


「子供に全て託して、丘で待ってるのが漁師か? 違うだろ? なぁ、お前達!」

「そうだ!」

「俺達だってやるぜ!」

「じっとしてられるかよ!」

「おう! やってやろうぜ、俺達の手で海を取り返すんだ!」


 おじさんの一声で、漁師さん達が作戦に参加する事になりました。ミサと一緒に反対したけど止められませんでした。やる気まんまんです。


 作戦の内容は、私にも理解出来る位に簡単です。おまけに、何度も説明されましたから、ちゃんと覚えてます。

 最初に海さんへお願いして、波を静かにさせて貰います。それから、舟に乗ってシャチさんと合流します。

 私とミサは、シャチさんと一緒に大っきい奴の所に向かいます。それと同時に、お魚軍団が大っきい奴を取り囲んで、逃げられなくします。漁師さん達も銛を持って港で待機します。


 それから、私は大っきい奴が動けなくします。その間にミサが包丁で切り刻みます。漁師さん達が銛でグサグサします。大っきい奴が弱った所で、シャチさんがお魚軍団と一緒に止めを刺します。


 作戦の要は私です。海さんにお願いして、波を静かにさせます。それと、大っきい奴が暴れない様にしないといけません。舟がひっくり返って漁師さん達が全滅しちゃいます。シャチさん達とお魚軍団も無事ではいられません。


 色々と考えたら、怖い事だけが頭の中に浮かんで来ます。あれだけ守ると思っていたのに、私なら出来るって考えてたのに、いざとなったら足が震えてます。


 でも、やるんです。


 それと、お姉ちゃんから「危ないと思ったら、兄さんを盾にして逃げるのよ」って言われました。おじさんとおじさんの弟さんは「俺達が盾になるから、お前達は直ぐ逃げられる様にしろ」って言われました。


 お姉ちゃんの心配とおじさん達の勇気が、私の中にある力を漲らせます。だから、怖いはここに置いていきます。


 全てを守るんです。


 私は海と繋がります。全力で想いを伝えます。いつもとは違います。ただ祈るだけじゃ駄目なんです。協力して貰うだけでも駄目なんです。必ずやり遂げるんです。


 海よ。我はセカイと共に在る、大地に産まれ、風に育まれ、海の上に立つ。海に産まれし者と手を取り、海に生きし者と共に邪を払う。なれば海よ! 怒りを鎮め、恐怖に抗い、我と共に戦おう!


「行こう。ミサ」

「ん」


 カナの力が光と一緒に海へ広がる。海がカナに呼応して、波が穏やかになる。港ではいつでも出港出来る様に、漁師さん達が待機している。パナケラさんは街に残り、結界の維持に努めてくれている。結界の外は未だ混乱の最中に有るが、イゴーリさん達が押し止めている。


 もしカナの力が弱かったら、もしイゴーリさん達が負けたら、もし結界が壊されたら、私達は海の生き物達と共に全滅する。


 綱渡りの作戦だろうがやるしかない。約束したんだから。


 シャチとの合流地点までは、大っきい奴を迂回する様に進む。恐らく一時間はかかると思う。


 大っきい奴との戦いに集中する為、私はカナが波を静めた時に、海との繋がりを切った。

 戦いの間はカナが指揮を取る。今はシャチが海の生き物を引き連れて、大っきい奴を囲む様に展開している最中だ。合流次第に、入り江の魚達や漁師達と連携して、大っきい奴を挟み撃ちにする。


 お兄さんは私達を送ってくれた。おじさんは港で待機している。どちらも危険な事には変わりない。

 勇気を貰ったのはカナだけじゃない。私も勇気を貰った。だから『みんなで無事に』帰ろう。

 

 ☆ ☆ ☆


 やっぱり怖い、死にたくないは、逃げるのに充分な理由だと思う。でも、シャチ達はそうしなかった。魚達を率いてカナの指示通りに展開を終わらせてくれた。


 実際に会ってみると流線的な体が凄く綺麗で、少し見惚れてしまう。私達を襲ってきたガルム達と違い、瞳には光が宿っている。知的で意志を持つ彼等は、操られた人間よりよっぽど生きてるんだと思う。


 言葉が通じないから、意思疎通する方法は限られてるかもしれない。今はそれが勿体無く感じる。現に私も海から風に意識を切り替えてるから、彼等が何を言っているかわからない。だけど想いは一緒だ。


 それから二匹のシャチが、静かに舟へ近付くと鼻先を船縁へ寄せた。カナが鼻先に触れて、祈りの言葉を唱える。


「この愛しき仲間から災いを遠ざけよう。この優しき友が如何なる病にも冒されず、如何なる傷も負わない様に」 


 カナから放たれた光は彼等の体を包み込む。そして彼等は少しの間だけ目を細めた後、体を船縁へ近付けた。私には「ノレ。イコウ」と言っている様に見えた。

 私達は顔を見合わせる、そしてカナが頷く。私は握っていたカナの手を離し、ゆっくりとシャチの背に乗った。


 シャチの移動速度は、舟とは比べ物にならない。あっという間に、魚達の包囲網を抜けて大っきい奴に近付く。但し海の穢れは予想以上に酷い。それ以上にあいつは大き過ぎた。


 風や海と繋がり、その姿を何度も見てはいた。沖に点在する小さな島よりも大きかった。思ったのは、それだけだった。本当のおぞましさは、近付いてから理解した。

 

 撒き散らす毒は、息を止めたくなる程の異臭を放ち、あっという間に海水を腐らせていく。

 吐き気を堪えながら見上げても、私達が超えた山とそれほど変わらない大きさに、めまいがしてくる。暗闇でも見える様に魔法をかけた事を後悔する。

 明るい昼間でも、肉眼ではその全容を捉えられない。これは人が何人束になっても敵わない。人が腕力のみで山を壊せない様に。


 こんなのが暗闇の中に潜み、港に向かって突き進んでいる。本当なら大きな波が立ち、近付けなかったはず。港の壊滅も時間の問題だった。


 恐らく次の一手が、この作戦で最も重要になるはずだ。


 動きを止めると同時に、毒を垂れ流さない様にしなければ、化け物に触れる事自体が死に直結する。それでは、仮に何らかの方法で弱らせる事が出来ても意味がない。


 カナに相当な負担をかける。街に来てから碌な休憩も取れずに大きな力を使い続け、今は海の様子を具にシャチ達へ伝えている。その上で更に大きな力を使わなければならない。


 但し、おじいちゃんの村にいた頃のカナとは違う。ここまでの道程で乗り越えた試練は、カナの能力を大きく引き上げている。

 大丈夫。そんな笑みを浮かべて、カナは今日だけで幾度も唱えた祈りの言葉を口にする。


「縛めの光よ、我が意志のままに邪を封じよ。海よ、我が力を用いて穢れを取り払え。我はセカイの守護者、邪を打ち払う者なり」


 祈りが終わると、カナから二つの光が飛び出した。一つは化け物の動きを止めようと纏わり付く。もう一つは海面を照らしながら、漆黒を鮮やかな青へ変えていく。


 化け物は低い唸り声を上げ、体を激しく揺らして抵抗するが、もう無駄だ。波は立たない。

 光は更に化け物を縛り上げる。海の中へ広がる光は、蔓延る淀みを消していく。


 カナはぐったりしている、流石に力を使い過ぎたんだ。私を乗せたシャチは、カナを庇う様に前へ出た。ここからは私の番だ。

 私は「ありがとう」と乗せてくれたお礼を告げる。そして、いつもの包丁に力を込め、化け物の背中に飛び乗った。

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