第35話 呼び方はあの人で良くない?

 ミサが少し元気になりました。嬉しいです。そして、そして、そしてミサは、私を追い抜いた時にふふって笑ったんです。滾ります、こみ上げます、昂ぶります、ぎゅ〜ってしたいです。


 ん? んん? そうか、ははは! 

 謎は溶けたぞ、ぐにょぐにょにね!


 これだよ、この昂ぶりなんだよ。わかるかねミサ君、全ては君が起こした奇跡なんだよ。

 この街に着いてから、私は疲れていたんだ。つまり、漲って無かったのだ。だから街の人は応えてくれなかった。

 でも、ミサ君の笑顔を見た私は、さっき迄の私じゃない。そうだよ。燃え滾る私の心が、人見知りさん達の壁を溶かしていくんだよ、ドロドロってね。


 そんな訳で、私は走る速度を上げます。そして後ろからガバっと抱きつこうと、ミサに迫ります。あと一歩で届きそうって所で、なんとミサは走る速度を緩めます。思わず追い抜きそうになる所を堪えて、ミサの横に並びました。


 ミサは何だか嬉しそうです。船がいっぱい並んでるのを気に入ったんだと思います。でも、意地っ張りミサの発動です、フンって感じです。そんな所も可愛いんです。

 そしてミサは、やる気まんたんです。競争しようって言いました。ミサが楽しそうにしてると、凄く嬉しいです。


 船が泊まった所から海に伸びてる道の先まで、それほど遠くは有りません。走ればあっという間に着きます。

 但し速く走り過ぎると、風ですれ違う人を吹き飛ばしちゃうかもです。注意してゆっくり走ります。競争って感じじゃ無くなっちゃうけど、怪我する人が出たら困っちゃいますから。


 それでも、ブワァ〜って風が吹き荒れます。たまたま近くを歩いてたおじさんの帽子が飛んでいきます。その様子が視界に入ったんでしょう。ミサは『お嬢さん、ここは任せな』って感じで微笑むと、走る方向を変えつつ飛び上がります。


 流石はミサです、私なら転んで大怪我です。そして飛び上がったミサは帽子を掴むと、空中で体勢を変えて放り投げます。

 帽子はクルクル回りながら、ゆっくりとおじさんの頭に着地しました。凄くびっくりしたのか、口をポカンと開けてます。


 ちゃんと見えたよね。私達はここに居るよ。ミサは、おじさんの帽子が飛んでかない様にしたんだよ。優しいんだよ、可愛いんだよ、凄いんだよ。

 どんな人見知りさんでも、ミサの可愛さに釘付けなんだよ! 見惚れちゃって、その辺の壁にぶつかるんだよ!


「それでカナまで転んだの?」

「そう! きゃ〜ってなったの」

「ばカナの?」

「馬鹿じゃないもん」


 くっ、ミサめ! 仕方ないじゃない。かっこいい上に可愛いくて素敵で、見惚れちゃうんだもん。


「ウォ〜!」

「ちょっと、先にいカナいで!」


 私は、『うっひょ〜』とか『ヒャ〜』とか言っている、呑気なカナの方が好き。だって、その方が幸せな気持ちになるから。


 カナは誰よりも優しいから、大丈夫だと自分を騙してまで笑顔を浮かべる。感情を押し殺す事に意味は無いのに。


 何よりカナが嫌うのは、他の命を奪う事。私達は街に入る直前まで多くの命を奪っていた。その多くは本来なら奪う必要の無かった命だった。

 動物を操って私達を襲わせたのは、おそらくアレの仕業だ。それは、仕方ないじゃ済まされない。命を弄び続ける事を許せる訳が無い。


 命とは動物だけに与えられたものでは無い。植物にも命が宿っている。それ等を糧として、様々な命が育まれていく。

 誰もが生きる為に戦って、また他を生かす為の糧となる。そうやってセカイに命が巡る。


 そしてカナは理解している。感情を優先すれば、生きる事が出来ないと。だからカナは動物達を埋葬する。戦い終えた命に平穏が訪れる様にと。


 カナは色んな想いを抱えてる。本当は街の人に無視をされて、寂しかったはず。前の村でも最初の時は、村の人達の視線がおかしかった。それでもカナは明るく振る舞う。


 それに助けられてるのは、私だけじゃない。ばあちゃんもそうだった。おじいちゃんも、村の人達も同じだった。だから今度も大丈夫。カナが言うように、お友達になれる。

 

 ☆ ☆ ☆


 転んでちょっと痛かったけど、直ぐに着いちゃいました。道の先で座ってたのは、なんと! おばさんかと思ったら、おじさんでした。

 でも、まだ油断は出来ません。おじさん風のおばさんかも知れないし、おばさんに見せかけたおじさん風のおばさんかも知れません。


「どっちでも良い」

「そう? 気にならない?」

「気になるのは、あの人がやってる事」

「ねぇ、おじさんは何をしてるの?」

「……」

「ねえ、おばさんは何をしてるの?」

「……」

「おじさんでも、おばさんでも無いみたいだよ」

「それはどうでも良い。取り敢えず見てよ」

「わかった、どっちもさんね」

「違う。呼び方から離れて」


 どっちもさんの持ってる棒は、ビヨンビヨンしてます。どっちもさんは、思いっきり棒を引っ張ります。そして海から出てきた糸の先を見て、がっかりするんです。


 ため息をついた後、どっちもさんは糸の先についてる針に、ウネウネしたのをグサって刺します。それから棒をしならせる様に振って、ウネウネを海の中に投げ込みます。ウネウネは気持ち悪いけど、どっちもさんの棒捌きは見事です。


「これでお魚さんが獲れるのかな?」

「ウネウネが餌で、食べようとしたら針に引っかかる」

「お魚さんは、ウネウネを食べるの?」

「多分」

「好きなの?」

「知らない。魚じゃないし」


 どっちもさんは、ピコンピコンと棒を動かします。そして、フ〜と鼻息を荒くして、目をギランとさせました。

 あれは多分、やる気の目です。棒を引っ張ったら、海の中からざばっとお魚が登場するんです。きっとそうです。


「頑張れどっちもさん!」

「そこだ!」

「いけ! どっちもさん!」

「カナ、どっちもさんは止めて」

「それなら、なんて呼ぶの?」

「おじさんかおばさん」

「長いよ! 呼んでる間に噛みそうだよ!」

 

 実は私も呼び方なんてどうでも良いです。どう呼んでも可愛く無いですし。今は海の中がどうなってるかが気になってます。


 こんな時に丁度いいのがムニョムニョの魔法です。遠くを見る要領で海の中を覗くんです。そしたら、お魚さんがウネウネを本当に食べるのか、確かめる事が出来ます。ミサも同じ事を考えてます、目をキラキラさせてます。


 海と自分の感覚を繋ぐと、海の中の様子が手に取る様にわかります。お魚さんは、気持ち悪い位に沢山いました。棒をピコンピコンさせてるので、ウネウネがゆらゆらしてます。お魚さんは一斉にウネウネへ群がります、怖いです


「おぉ〜、なんか気持ち悪いね」

「ん。獲物を狙う鋭い目」

「まんまるだけどね」

「闘志が漲ってる」

「ウネウネに翻弄されてるけどね」


 そうなんです。お魚さんが大きな口を開けて食らいつこうとすると、ウネウネがするりと避けます。次々にウネウネを目掛けて突進しますが、ことごとく惜しいです。どっちもさんは、ピコンピコンさせ過ぎなんだと思います。


「あのさ、食べさせる気がなさそうだよ」

「どっちも下手」

「飛び込んで捕まえた方が早くない?」

「服が濡れる」

「そんなの直ぐに乾かすよ」

「海の中では息が出来ない」

「そうなの?」

「そう」

「それだと、お魚さんが獲れないね」

「大丈夫。あの人がもっと上手ければ良い」


 確かに気持ち悪い程、魚は沢山いる。ウネウネを動かさなければ、挙って食らいつくと思う。何故そうしないのか、それとも別の目的が有るのか。そもそも今の状態なら、答えてはくれないけど。

 

 そもそもこれは、あの人と魚達の戦い。あの人が魚を手に入れるか、魚達が餌に有り付けるのか、そんな戦い。

 そして魚達はウネウネに向かって突進する。そしてウネウネは、魚をスルスルとかわす。見ていると、段々と魚を応援したくなる。


「でも、これは戦い。永遠に終わらない戦い」

「そうでも無いよ。ウネウネが針から外れたね」

「残念。魚の粘り勝ち」

「頑張った後に食べるから美味しくなるとか?」

「意味がわからない」

「だって、ようやくご飯なんだよ」

「その代わり、あの人のご飯が遠退いた」

「私達もご飯にする?」

「ん」


 どっちもさんとお魚さんの戦いを他所に、私は少し離れた場所でお料理をし始めました。お肉がいっぱい有るので、コカトリスの串焼きです。お醤油を絡めてジュ〜って焼きます。美味しそうな香りが辺りに漂います。そんな時です、どっちもさんのお腹がグゥって鳴りました。


「ねぇ一緒に食べよ!」

「……」


 問いかけには答えてくれませんでしたが、振り向いてはくれました。どっちもさんは、匂いに釣られて近付いて来ます。


「く、くれる、くれるのか? 食べていいのか?」

「良いよ、お腹空いてるなら沢山食べてね」

「あ、ああ。あり、ありが、ありがとう」

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