第34話 楽しいは待たずに探すんだよ

 海です、おっきいです、すっごいです、うっひょ〜って叫びたくなります。


「うぉ〜、辿り着いたぞ〜! 海だぞ〜!」

「カナ、うるさい!」

「そう? 誰もこっち見ないよ」

「それはそれ」


 ミサは眉毛をニョって上げて、少し怖い顔をしてました。仕方ないです、ここまで来るのに大変だったんだし。


 だってさ、大っきかったり小さかったり、飛んだり跳ねたり、すばしっこかったりって色んな動物が大量に、しかも食べる気満々で襲って来るんだもん。

 ず〜っとやって来るから、交代で休んだんだよ。何処にそんな数が隠れてたのって、不思議に思った位だし。


 そんな動物達も、ミサにかかれば細切れです。私も少しは倒しました。濃縮クサカラエキスで一網打尽です。ふふふ、これも成長ってやつですね。でも、ミサに『凶悪兵器』って言われました、グスン。


 その後はコカトリスを切り分けて、薬草を引っ付けて燻製にしました。勿論お祈りは忘れてません、だから虫は湧いてません。

 私達は頑張りました。やっと辿り着いたんです。おまけに、暫くはお肉に困らないです。そして私は、うきうきしてました。


 お魚が手に入るんです。何と言っても昆布さん。いや、昆布様です。お出汁は食卓を豊かにしてくれます。野宿が続いてるからこそ、毎回の食事は美味しくなくてはいけないんです。


「さて、ミサちゃん。お肉はじゅうぶんです」

「ん。魚介の魂百まで」

「そう! 百匹までは自由に獲って良いんです!」

「本当かな?」

「カーマ大先生が言ってました」

「嘘っぽい」

「ケイロン先生も言ってました」

「それなら真実」


 何というかミサは、ケイロン先生が正しいと信じているんです。だから、ケイロン先生の名前を出せば、だいたい納得します。たまに嘘っぽいし、変な人なのにね。


 だってケイロン先生は、ものすごく大っきい魚がいるって、錬金書に書いてる人なんだよ。しかも、お家の百倍くらい大きいみたいなんだって。私はそんなのに騙されたりしないよ。


「カナはわかってない。ケイロン先生は正しい」

「え〜、大っきい魚なんていないよ」

「ほら見て、海の果てがわからないでしょ」

「そうだね」

「こんなに大きいんだし、大っきな魚もいる!」

「そうなの?」

「ん」


 そういえば、ここのお家はおじいちゃんの村より頑丈そうだね。おじいちゃん所の家はどれもボロっちくて、助走つけてヤァってしたら壊れそうだったよ。この街の家にエイってしたら、痛そうな気がするの。


「試しにカナがやってみる?」

「なに言ってんの、やらないよ」

「それじゃ、大っきい魚を獲る?」

「どうやって?」

「カナに紐をつけて海に放り込む」

「わぁ、たしが餌?」

「ん?」

「びっくりして変な事を言っちゃったよ」

「ばカナの?」

「今度は馬鹿にした?」

「ん」


 ☆ ☆ ☆


 私達は街の直ぐ近くでも動物に襲われた。大きい音も響いてた。それなのに、少しも気にならないのか、街の人達は平然としている様に見える。


 この街に張られた結界はかなり粗末で、私達を襲った数の動物が押し寄せたら簡単に崩壊する。その時、きっと街の人達は抵抗すらしないだろう。


 無性に腹が立つ。こんな事は許せないと思う。


 私の世界には、カナとおばあちゃんしか存在しなかった。その意味では、私も街の人とそんなに変わらないかも知れない。そんな私の世界に、おじいちゃんが飛び込んできた。最初は警戒したけど、知る程に面白いと思った。それが特別なのは、わかっていたつもりだった。


 でも、当たり前を目の当たりにすると少し寂しい。そして今回ばかりは、流石のカナでも苦戦してる。


 カナが話かけても、街の人達は気に留めず通り過ぎる。聞こえてるはず。それなのに無視されてる、視界にすら入れない。そもそも街の入口で騒いでたのに、誰も私達を見ようとしない。


 それは無関心とは違う。


 人も、そこに有る生活も、全て空っぽ。ばあちゃんの魔法みたいに、現実そっくりな幻を見ているよう。街に人が居ても、実際には誰も居ない。そんな錯覚に陥る。


 それだけなら、まだ良い。私達だけ現実から取り残された異分子だと、強引にでも理解させられる。確かにその通りだけど、認める訳にはいかない。それを認めてしまったら、『おじいちゃん』が嘘になる、『村の人達』が嘘になる。


「う〜ん。恥ずかしがり屋さんかな?」

「街の人達?」

「だって、ず〜っとそっぽ向いたままだし」

「仕方ないよ」

「そうなの?」

「そう」

「可哀想だね」

「何で?」

「だって、お友達になるのに紹介が必要なんでしょ?」

「違う」

「そうなの?」

「そう」

「なら、その内お友達になれるね」


 カナは何か納得したみたいで、手当り次第に街の人へ話しかけるのを止めた。そして、暫くじっと海を見つめてた。

 別に、落ち込んで海を眺めてた訳じゃない。カナの興味が、人から他に移ったんだと思う。その証拠に、カナは目をキラキラさせてる。


 わかってる、本を読んで想像した事より、実際に起きた事はもっとワクワクする。何より、見えてる光景を偽物にしてはいけない。ここには本物の生活が有って、ちゃんと人が生きているんだから。


 それにしてもこの街は少し不思議。海のせいか少し変わった匂いがする。おじいちゃんの村と比べると建物は綺麗だし凄く賑やか。

 そしてカナは、海に向かって伸びてる細い道みたいな所をトコトコと歩いてる。えっ何? 嘘でしょ、どこ行くの?


「ちょっと待って!」

「ねぇ見て、アレ!」

「何?」

「あっちの方に、棒を持って座り込んでる人が居るでしょ?」

「それがどうしたの?」

「あの人は、何してるんだろうね?」

「海の研究でもさせられてるんじゃない?」

「そっか〜。あの人が持ってる棒は何だろうね? 何だか細いし、ウニョって曲がるし、糸がついてるし」

「きっと魚を獲ってるんだよ」

「そっか凄いね!」

「そうだね」


 なんて言うか、私のうきうきは止まらないんです。尋ねても誰も反応してくれないのは、良くわからないです。でも、そんな事はどうだっていいんです。


 頑丈そうな家も、ビヨンって伸びてる道も、棒を持ってる人も、ぜ〜んぶ面白そうなんです。それに、私は未だ昆布様と出会えて無いんです。

 昆布様だけじゃなくて、沢山のお魚と出会うんです、その為にここまで来たんです。ミサに美味しいのをいっぱい食べて貰うんです。ニコってしたミサを見るんです。それでひょ〜ってなるんです。


 おまけに私は成長してるんです。無敵なんです。


「この道っぽいのは、何の為に作ったんだろうね?」

「あの人に聞く?」

「そうする〜!」


 カナは嬉しそうに走り出した。そうやって、いつも楽しいを運んでくれる。だから私も楽しくなってくる。私はカナを追いかける。そして追い越す。


 振り返ると、笑顔のカナが追ってくる。進行方向に視線を戻す途中で、沢山の船が並んでいるのが見える。少し驚いた私は、走る速度が落ちていた。ふと気が付くと、私の隣をカナが走っていた。


「ミサも楽しい?」

「知らない」

「知らなく無いよ」

「うるさい」

「うるさく無いよ」

「仕方ないな」

「ミサ、えへへ」


 笑顔のカナには誰も勝てない、勝つ必要が無い。気が付いたら巻き込まれてる。そして、いつの間にか元気を貰って、楽しくなっている。

 だから、意味の無い事はしない方がいい。その度に私達は強くなる。何百匹の動物に襲わせようと、私達を人から遠ざけようとしても、困難の内には入らない。


 断言するよ。この街は変わる、おじいちゃんと村の人達みたいに。気が付いたら本物の笑顔が街に溢れている。


「そうだよね、カナ」

「良くわかんないけど、ミサが言うならそうだよ」

「なら、道の先まで競争」

「お〜、競争? ミサちゃんたら、やる気だね?」

「ん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る