第21話 カナとミサ

 俺はたまに、街で調べ物をして時間を潰してた。予想外に詳しい記録を見つける事も有って、楽しかったりする。何せここは、クソ野郎の為に人間モドキを管理する、人間モドキが居る妙な所だしな。


 そんな訳で、この辺りの地理には詳しいつもりだ。平原を進むだろう子供達が、道草を食いそうな場所にも心当たりが有る。


 ここから少し進んだ所に、奇妙な村が有る。昔は穀倉地帯が広がり住民も多かったが、今は住民が減り周辺は休耕地になっているらしい。だけど、それだけなら単なる過疎化と気に留めない。妙なのは、この村に関する記録が曖昧な事だ。


 有っても良さそうだが、穀物の流通に関する記録は見かけなかった。世帯数どころか、推移についても漠然としてた。

 その割に、『引退した魔法の研究者が、町長として赴任した』なんて、どうでも良さそうな事は記録されてた。それさえ日付が無いから、いつ赴任したかは判然としない。


 言わば、都会に近い謎めいた集落って所だ。巣を離れた雛鳥が興味を持つには、充分な場所じゃないか?

 オレは野宿の痕跡を消し、村に向かって走った。そして俺の予想は当たった。村から何キロか離れた場所に、あの子達が居た。


 出来れば近くに行って、頭を撫でてやりたい。でも、怖がらせるだけだ。あの子達からすれば、俺は見知らぬおっさんだから。試しに、素知らぬ顔して声をかけてみるか? 「元気にしてたか?」ってな。あぁ駄目だ、どう声をかけても怪しい。


 それよりも、あの子達が元気なだけで充分だ。


 それにしても似てるな。双子がそっくりなのは不思議じゃないが、リオルクラの常識なんて意味が無いよな。

 他の奴等には見分けがつかないだろうが、俺には直ぐにわかった。笑顔なのがカナで、周囲の気配を探ってるのがミサだな。ははっ、あの頃のままじゃないか。カナは人懐っこかったし、ミサは赤ん坊の癖にやけに警戒してた。


 そんな赤ん坊が、もう十歳になるんだよな。カドア、ミツカ、見てるか。いや、お前達の事だし見守ってるんだよな。あの時の赤ん坊が、こんなに成長したんだ。

 お前達の面影がある。二人は将来は美人になるだろうな。ようやくお前達との約束が果たせる。だけどその前に謝らなくちゃな。


 すまない。俺はあんな小さな子達に、セカイの命運を託そうとしていた。


「これからは、お前達の代わりに俺が守る」

 

 ☆ ☆ ☆


 所で、あの子達は何をしてるんだ? 指で輪っかを作って、覗き込んでる。望遠鏡のつもりか? いや、ここにそんな物は無い。

 あの子達が何をしてるのか、よくわからなかった。しかし、村を見ているのは直ぐに理解した。俺はあの子達につられて、村へ視線を送る。


 あれは何だ?


 その時、俺は自分の目を疑った。村の外れに有る建物近くにモドキが立っていた。


 さっきまで、そこには誰も居なかった! 有り得ない、どういう事だ? あの爺さんは村に居たのか?


 俺の感覚器官は、クソ野郎のせいで動物のそれを凌駕している。そうじゃ無ければ、狩りの専門家を容易く発見出来る訳が無い。

 おかしい。少なくとも、村のモドキを全員把握してたつもりだ。そうじゃ無ければ、感慨に耽ったりしない。


 ただこの時、俺は忘れてた。そんな事を考えてる場合じゃなかった。


「くそっ! 不味い、爺さんが二人に気が付いた。いや、待て待て。そんな距離じゃないぞ!」


 昔テレビで、馬鹿げた視力の人を紹介してた。アオカリ大陸の少数民族だった。でも、それは若いからだし、環境に依るものだ。

 遠くの山を見て視力が良くなったか? そんな訳無いだろ、視力が弱まってる年寄りだぞ!


 カナを庇う様に背中に隠すと、ミサは刃物を取り出す。それより少し早く、俺はいつでも飛び出せる様に備えた。

 数キロ程度なら一瞬で縮めてみせる。この時ばかりは、クソ野郎に貰った力に感謝した。


 次の瞬間、爺さんが走り出した。


「ちょっと待て、何で走れるんだ?」


 さっきまでコメディでよく見る、背を丸めて杖をついたヨボヨボ爺さんだったろ? 若いモドキでさえ、そこまで早く走れないぞ。どうなってる?


「あの爺さんは何者なんだ?」


 ミサは臨戦態勢になっている。大丈夫だ、お前が手を汚す必要は無い。でも、何でカナは呑気に爺さんを眺めてるんだ? カナの目には、俺と違うものが映ってるのか?


 俺はカナの様子が気になって、爺さんをもう一度見た。今度はしっかりと。

 爺さんからは禍々しさを感じない。それ以前に普通のモドキとも違う。クソ野郎の気配を感じない、支配力が届いて無いのか? そんな奴は見た事が無いな。魔法のせいか? それも有り得ないな、魔法を使うモドキなら腐るほど居る。


 いや。でもまさか、あの爺さんが引退した魔法の研究者か? 


 だからといって油断は出来ない。構えは解かない。しかし、少し様子を見る事にした。


 爺さんには害意が無い、あの子達だけで対応出来るだろう。それ以前に、爺さん一人さえ持て余す様なら、あの子達が旅に出るのは早い。姉さん達の本拠地にでも送るべきだ。


 そうだろ、カーマさんとやら。


 リオルクラでは『子供は守られるべき』ってのが共通認識だ。ここでも変わらないだろ? 異端だからって酷使していい訳が無い。


 そんな事よりも爺さんだ。とにかく驚かせるのが得意らしい。短距離走者みたいな凄い走りをしたと思ったら、子供達の前でピッタリと止まった。

 人間技じゃない、凄い爺さんとしか言いようが無い。そう思わされた次の瞬間には期待を裏切られた。元のヨボヨボに戻ってやがる。本当に何なんだ?


 ミサはまだ警戒してるが安心しろ、あれはよくわからん爺さんだ。認知症に似てる感じだが、少し症状は違う様に思える。でも間違い無く害意は無い。

 かつては一流の魔法使いだったんだろ? それこそ当代一みたいにな。何かのきっかけで、身に付けた技術が蘇ったんだろうな?

 推理とは程遠いけど、凡そこんな所だろ。モドキを理解する気は無いし、どうでも良いけどよ。


 ☆ ☆ ☆


 一方的に用事を伝えたんだろ? 満足したのか爺さんは村へ帰った。そして、少し話し合っていたが、あの子達は村へ行くようだ。何をしに行くのかは、村の様子を見ればわかるだろ。


 それで俺は村に視線を移した。見るからに酷い状態だ。畑は荒れて虫が湧いてやがる。恐らく動物の死骸を捨てたんだろ。馬鹿な事をする。違うか、クソ野郎の指示だろうな。


 普通の集落は結界に守られてるんだが、ここにはそれが無い。なるほど、爺さんが赴任したのは、この状況を作り出す為か。


 動物とでもやり合ったのか、怪我してる奴が多い。これじゃあ、畑仕事もろくに出来ないだろ。随分と痩せこけてるが、いつから飯を食えて無いんだ?


 あぁそうか。クソ野郎はモドキ達に死ねと言ってるのか。だから村の情報が少なかったのか、どうせ無くなる村だから。


 胸糞悪い……。


 村のモドキ達は、爺さんを取り囲んでる。命令に従わない爺さんを叱ってやがるのか? 流石に割って入りたくなるけど、それは俺の役目じゃない。

 

 そして、あの子達が村へ足を踏み入れる。この時だ。俺はこの瞬間を一生忘れないだろう。


 モドキは決められた答えしか持たない。そこから外れ問は無かった事にするしかない。人形に話し掛けても答えてくれないのと同じだ。


 あの街で俺がやっていたのは、奴等が持っているだろう答えを引き出しただけ。選択肢を選んで会話を進めるゲームと同じだ。


 でも、村のモドキ達はあの子達を拒否した。『出ていけ』とでも言ってるのだろう。あの子達を遠ざける様に手を振っている。何故そんな反応をする? そもそも、モドキと揉める事が有り得ないんだ。


 村のモドキ達は他と違うのか? それともカーマさんとやらが用意した、試練みたいな物か? そんな訳ない。そんな面倒な事をする訳ない。


 ならば、あの子達が特別なのか? 異端とはそういう存在なのか? モドキと意志が疎通が出来る存在なのか? だから救えるのか?


 これが真実なら、あの子達はセカイの希望だ。あのクソ野郎が鬱陶しくおもうはずだ。

 それでも、あの子達だけに戦わせるのは違うと思うがな。俺は幾らでも盾になる、露払いでも何でもする。そして。


「あのクソ野郎をぶち殺す!」

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