第20話 英雄との戦い方

 わしは腰にぶら下げた袋から、ミサに貰った物を取り出す。それは鉄の玉。これを渡してくれたのがカナなら、別の期待をしたじゃろう。

 でもミサの事じゃ、この窮地をひっくり返す何か起こるかも、奴らに大きな打撃を与えられるかも知れん。


 その予想は当たる。奴らは鉄の玉に異常な反応を見せた。


「おい! なんでジジイがあんな物を?」

「そんな技術は、このセカイに無い」

「でもよ、本物だったら?」

「そんな訳」

「無いって言い切れるか? 異端のガキが絡んでるんだぞ! この距離で、あんな物を食らったら」

「くそ! 撤退だ!」

「おう、掴まれ!」


 奴らは酷く動揺した様子で、わしの前から姿を消した。逃げるのか? これは、そんな物騒な代物か? わしはそんな疑問を振り払い、周囲に自分の感覚を広げた。


 これまでのやり取りでわかる。奴らは逃げられん。そう命じられとるからの。

 奴らがするのは、わしから距離を取る事。浅いの、それは悪手じゃ。移動先は、肉眼で捉えられない距離では無かろう。


 必ず空間は歪む。どんな小さな違和感でも見逃さん。わしは集中して周囲を探る。

 恐らく一秒も経っとらん。空間が歪んだのは、十メートル以上も先じゃった。わしを侮っておるな。愚かじゃの。


 骨と皮のジジイなら、投げても届かないと思われたか。傷一つも負わせられんと思われたか。

 あぁ、その通りじゃ。わしは弱い。あの禍々しい力に対抗出来ると思っとらん。こんな化物達を相手に生き残れるとも思っとらん。

 それでも奴らの身体が、わしらと同じ構造をしていれば、出来る事が有る。


 ミサに貰った切り札を使う必要は無い。簡単な方法で奴らを足止め出来る。

 わしは、奴らが姿を現すのを待つ。そして奴らに範囲を固定して、周りの空気を全て消した。


 流石の奴らでも、対応出来なかったらしい。驚いた様子でわしを睨んだ後、奴らは苦しみ始めた。そのうち身体にも異常が出るじゃろ。


「がっ。て、でめ。こ」

「お。ぐぁ」

「ゆる、がはっ」

 

 じゃが流石は英雄、得物を振り回しこっちに向かって来おる。愚かじゃの、己を過信したか? 

 無駄じゃ、どれだけ離れたと思っとる。それに、こんな好機をわしが逃すと思うのか? あの子達が旅立ってから、わしが何の対策もしとらんと思うたか?


 せっかくじゃから空気を戻す代わりに、カナが施した罠の効果を少し見せてやろう。


 クサカラ草じゃったか、あれは劇物じゃ。芽が出たばかりのを一本抜いて、試しに少し家に持ち帰って成長を促した。酷い目に遭った。

 臭いを嗅いだだけで、涙と咳が止まらんかった。喉は酷く腫れ、腹も下した。最も酷かったのは、花粉の付着した皮膚が酷く腫れた事じゃ。

 捨てようと火にくべたのも失敗じゃった。煙に触れた箇所は焼け爛れた。木材を腐らせ家が倒壊した。


 こんな劇物を空気に混ぜたらどうなるかの? 体を内と外から壊す、死より辛い激痛を食らうといい。


「ごはっ、がはっ。ごはっごはっ」

「ごふごふごふ、がはごふ」

「喋れんじゃろ?」

「ごはごはっ、ごはっごは」

「何を言っとるのか、全くわからんの」

「がはっ、がはっ、がはがはがはっ」


 思い切り吸い込んだら、そうなるのも無理は無かろう。わしの時より酷そうじゃ。四つ這いになり、ボロボロと涙を流し、苦しそうに咳をする。


 それに比べ、皮膚はそれほど腫れとらん。纏ってる禍々しい力のせいかの? じゃが、流石に立ち上がれんか。可哀想だと思うが、仕方なかろう。


「ごはっごはっ」

「辛いじゃろ」


 放っとけば、内臓が腐り死に至る。じゃが、直ぐに処置すれば助かる。実際に体験したわしが生きとるんじゃ。処置が出来ればじゃがな。


 少なくとも、わしは奴らほど大量に吸い込んでおらん。それにわしは魔法の大家じゃ、自身の体を治すくらい訳ない。

 奴らはどうかの? まだ涙を流しとるの。当たり前じゃ。例え魔法を使えようが、その有様なら集中出来まい。


「借り物の力で、強くなったつもりかの? 脅せば言う事を聞かせられると思うたかの? 甘く見るなよ小童共。わしは、お主らにもお主らの主にも従わん」


 そう睨み付けても無駄じゃ。今のお主らからは恐怖を感じぬ。


「お主らを相手に、まともにやり合うとでも思うたか? 愚か者め!」


 命をかけるべきなら、全力で挑もう。じゃが、わしは切り札を使わんでも圧倒出来た。それは奴らが自ら考え行動せんからじゃ。


 奴らの目的は、あの子達を殺す事では無い。わしに殺させるのが目的じゃ。それなら幾ら恫喝しようと、得物を振り上げようと、わしに手は出せん。

 恐怖で従わせられなかった時点で、奴らは無力じゃ。奴らの主の様に、洗脳が出来たら結果は違ったろうがな。


 強いが脆い、矛盾しとるの。それ以上に腸が煮えくり返りそうじゃ。


 奴らはわしの可能性じゃ。あの子達に出会わんかった、わしの行く末じゃ。忌々しい主とやらに、操られるだけの人形じゃ。


 奴らを憐れに思う。禍々しい力を与えられ、好き勝手に操られ、幼い子供を殺すのを強いられる。そんな力を手にしても、何も出来んでは無いか。


 こんな事をさせる為に、人をこんな姿に変えたのか? 人間同士を争わせて楽しいか? 手駒をボロボロにされて満足か? 悪趣味が過ぎる。馬鹿馬鹿しいにも程が有る。

 

 よく聞けクソ野郎! わしは絶対に認めんぞ! あの子達を殺させん! わしの同胞も同じじゃ!


「お主ら、このままで良いのか? それで本当に良いのか? わしの手を取らんか? わしと共に、あの子達を守らんか?」


 わかっとる、奴らは首を立てに振らん。死を目の前にして尚、命じられた事を遂行しようとする。

 じゃが、治療はしてやれん。治療をしたが最後、わしを殺しあの子達の所に向かうじゃろ。


 じゃが、それでは何も変わらん。


「そろそろ気が付け! お主らが何をさせられてるか、わかるんじゃろ? 少なくとも、怒りを感じ取るんじゃろ? わしにやられて、悔しいんじゃろ?」


 わしは英雄では無い。それに、人を殺した事など無いし、その覚悟も無い。わしは小心者じゃ。

 だからこそ生きておる。だからこそ英雄を這いつくばらせた。それにわしは幸運じゃった。お主らと同じ道を辿る前に、あの子達に救われた。


 あの子達と同じ事は出来ん。カナの様に他人の心を解し、ミサの様に深く思考する、どれもわしには真似出来ん。

 それでもわしは、お主らに道を示そう。お主らを救えるなら、わしの命を差し出そう。


 これが愚行なのは理解しとる。わしなりに全力を尽そう。


「もう一度。いや、何度も問おう。わしの手を取らんか? 命と引き換えになどと言わん」


 わしは、二人の治療を始めた。身を持って経験したんじゃ、何処がどう朽ちるか理解しとる。

 先ずは、クサカラ草のエキスを体内から消去する。次に、元の臓器を想像し復元する。人の体内ほど緻密な物は無い。丁寧に丁寧に、一つずつ元に戻す。


 この際、そんな禍々しい力を取り払えたら良かったのにな。力不足ですまん。


 意識を保つのが精一杯じゃったろう。その二人が呼吸を取り戻した。少しずつ意識もはっきりして来た。

 直ぐには立ち上がれん。じゃが奴らは、わしを睨み付けた。


「ジジイ! ブチ殺してやる!」

「それは困るの」

「今更何言ってんだ?」

「お主こそ、言葉の意味をわかっとるのか?」

「うるせぇ!」

「馬鹿者! 命に背けるなら考えよ! その怒りがお主の物なら、支配から逃れて見せよ!」

「うるせぇ! 何が背くだ! 何が支配だ! 訳のわかんねぇ事を言うんじゃねぇ!」

「そっちの小僧はどうじゃ? わしの言葉は理解出来んか? わしに槍を突き立てるか?」


 剣の男は喚き散らしておる。それに比べ、槍の男からは怒気が消えた様に感じる。

 

「いや」

「おい! 何言ってんだ! こいつを何とかしねぇよと、俺達が殺されんだぞ!」

「もういい。俺はもういい」

「ふざけんな! てめぇが役立たずなら、俺だけで何とかする!」

「お前もわかってるんだろ? 俺達はあのお方の玩具だ。心を残して俺達が苦悩するのを楽しんでるんだ。あのお方を憎む事さえ楽しんでるんだ」

 

 そうじゃ。やはりこの二人は他と違う。今のわしは、その違和感を理解出来る。

 わしとて、怒りを覚えた事くらいは有る。今ではその怒りが、酷く薄っぺらに感じる。それば、時が経ち風化しただけでは、説明がつかん。

 実際、二人を目の前にして、総毛立つ思いじゃった。それは今までに無かった感覚、言わば心の底から恐怖したんじゃ。


 剣の男は、わしに殺されかけて恨んでおる。当然じゃ、容易に受け入れる方がどうかしとる。一方で槍の男は、得体の知れん感覚に怯えつつも、ずっと堪えて来たんじゃろう。わしに殺されかけた事より、よっぽど辛い時間だったはずじゃ。


「大変じゃったな。よく我慢して来たな。もういい、これからはわしが守ってやる。さあ、手を取れ!」

「ふざけんな!」

「もういい!」


 これまで静かな口調だった槍の男が、声を荒らげる。余程珍しいのじゃろう、剣の男は目を見開く。槍の男は剣の男の肩を叩くいた後に振り返り、真剣な眼差しで語りかけた。


「お前は俺達を殺せた。でも生かした。何故だ?」

「怒りじゃ。悪いか?」

「いや。俺はずっと怒ってた。ずっと怖かった。ずっと嫌だった」

「そうか」

「俺はお前を信じよう。お前も立て。一緒に進もう」


 どれ程の思いで、『信じる』なんて言えたのか。簡単に口に出来る言葉では有るまい。

 槍の男は、剣の男の手を取り立ち上がらせる。そして槍を地面に置き、わしに手を差し出した。


 わしが槍の男の手を握った時、声が聞こえた。それは、わしに命じる忌々しい声では無く、荒んだ心を癒やす様な温かさを内包した声じゃった。


 わしの目からは、涙が流れていた。槍と剣の男からは、禍々しさが消えていた。


 それは、わしが初めてセカイと繋がった瞬間じゃった。

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