第22話 謎の爺さん

 ほんの僅かな間に、俺は奇跡を目の当たりにした。これが単なる会話に見えるなら、その目は節穴でしかない。俺自身はアレコレ語れるほど凄か無い。最初に爺さんが現れた時に、気が付いても良かったはずだからな。


 産まれた子供が独り立ちして、自分の家族を作る位の時間をかけて、俺は馬鹿げた現実を知った。そして、いとも簡単に常識みたいな物をひっくり返された。

 疑問は残る。だが、少しずつでも予測が確信へと変わる。漠然とした希望が形を成していく。


 但し、俺が知ってるのは表層でしかない。いや、勘違いするな、ちゃんと認めろ。俺の頭は理解を拒んでるんだ。訳がわからん事態をな。


 ☆ ☆ ☆


 村の畑に湧いた虫を狙って、小さい肉食動物が茂みの中に潜んでる。但し、そいつ等は自分より大きい生物を恐れる。要するに、余計なちょっかいを出さない限り、襲われる事は無い。モドキが怪我をさせられてる理由を考えるのは、全くの無意味だけどな。


 想定外なのは、グーロと呼ばれる猫か犬かよくわからん動物が、あの子達を襲った事だ。怯えて逃げるんじゃ無くて、ことわざの様にな。


 驚かされたのは、そこからだ。ミサはカナを庇いながらも、容易くグーロを切り裂いた。それは子供の動きじゃ無い。俺みたいに妙な力が無ければ、そんなに早く刃物を振り抜けない。


 それと爺さんだ。格闘術でも身に付けてんのか? 鍬を使ってグーロを叩きのめし、どこかのスポーツみたいに飛ばしやがった。『ナイスショット』とでも言えば良いか? 爺さんに関しては馬鹿馬鹿し過ぎて、褒める気にならないけどな。


 爺さんの謎は深まるばかりだ。また、カナとミサは俺の予想を超えていた。

 

 カナとミサは、村を救おうとしたんだろう。生物が持つ生存本能を呼び覚まし、命じられた死を回避させようとしたんだろう。


 だけど『強引に。無理にでも』じゃ無ければ、勝手に死へ向かう連中を助ける事は出来ない。

 仮に村を取り巻く現状を改善しても一時的に過ぎない。同じ事が繰り返される。モドキ達は命じられた事が全てなんだ。


 そして、カナが行った数々は、凄まじいの一言だった。


 あの子が張ったのは、ただの結界じゃ無い。様々な効果が含まれてる。特攻を仕掛けそうなモドキ達を大人しくさせたのは、効果の一部でしかない。


 それとな、料理は愛情ってのは比喩だ。形が無い感情を、どうやって注ぐんだ? 食べる人の事を考えて味付けを調整したり、手間をかけるから美味いんだ。


 あんな訳のわからん作り方で、どうしたら美味くなるんだ? 何でモドキ達は、カナの料理を欲しがった? 何で料理を食ったモドキ達は感動してるんだ? 


 意味がわからん、妙な光が見えるしよ。コントでも見てるのか? それとも、あれがカナの能力なのか? 想いが物理的な作用を及ぼすなら、無敵としか言いようが無いぞ。


 腹立たしいのは、時折セカイの声が聞こえる事だ。モドキに問いかけ、クソ野郎の支配から解放するつもりか? ふざけんな! 


 カナが使った能力だって、元はてめぇのものだろ? その気が有るなら、もっと早く助けてやれよ! 今更しゃしゃり出て来んじゃねぇ!


 ただの星が意思を持ちやがって、色々と引っ掻き回すなよ! てめぇは何がしたいんだよ!


 まぁ、ミサがセカイを黙らせたから、今回は我慢してやる。尤も、星の意志を理解したり、頼ろうなんて考えるのが間違いなんだろうな。


 セカイよ、俺はてめぇを認めない。


 モドキを助けたのはカナとミサだ。あの子達の優しさだ。引っ掻き回すだけの役立たずじゃない!


 ☆ ☆ ☆


 最初に危ういと思ったのはミサだ。恐らく俺の力に近い。村を回ってる時に、何度か俺の方を見ていた。俺の存在には気が付いて無いだろうが、そこに何か居るって事は感じてただろう。おまけにグーロを容易に始末した。多分、ガルムも簡単に倒すだろう。


 あの身体能力は脅威だろう。但しこのセカイに住む生き物にとってだけどな。カナの能力はその範疇を超えている。根本を覆しかねない脅威を、あのクソ野郎が放っておくはずが無い。

 

 英雄が来る。そして最も残酷な方法で、あの子達を襲うつもりだろう。だけどなクソ野郎。あの子達は、てめぇの玩具には収まらない!

 

 理解出来ない事だらけだ。でもな、手を差し伸べるのは、誰にでも出来る事じゃない。勇気が有るから人を助けようと思うんだ。その思いが伝わった時に、奇跡ってのは起こるんだ。


 そして、救われたのが命で有れば、その恩は決して忘れない。ゴミクズの俺でさえ、姉さんへの恩を忘れちゃいない。それが人間だ!


 おいクソ野郎! モドキから人間になった、それがどういう事かわかるか? わからないだろうな。どうせ弄ぶ事しか出来ないんだろ?


 人間を舐めんなよ!


 ☆ ☆ ☆


 準備が終わり、カナは結界を張り直した。半永久的に継続する本格的なやつだ。力を使い過ぎてカナは倒れた。ただ、それに関しては問題無い。寝れば回復するだろう。


 これで、あの子達の役目は終わりだ。未だ洗脳下に有るモドキ達も、いずれ解放されるだろう。

 爺さんに別れを告げて、あの子達は旅立つ。本来なら俺も後を追うべきだが、敢えてこの場に残った。


 無論、あの子達の位置は把握している。のんびり歩いてるから、直ぐに追いつける。先に間引いてたのが功を奏したのか、あの子達を襲おうとする肉食動物は見当たらない。


 そして爺さんは、セカイと繋がった時に理解したんだろう。俺と同じ事を考えてる様だ。


 英雄はあの子達の所じゃ無くて、この村に現れる。


 理由は容易に推測出来る。クソ野郎は、助けた筈の爺さんにあの子達が殺される様を見たいんだ。悪趣味を超えてる、腸が煮えくり返りそうだ!


 俺がそんな想像をしてムカムカしている間に、爺さんは自分の家をぶっ壊してた。何がしたかったんだ? 相変わらずよくわからん爺さんだ。ただな、頼りになる爺さんでもあった。


 予想通りに英雄は村に現れた。二人もだ。当然、俺はあの子達から意識を外してはいない。別の奴があの子達の前に現れたら、英雄二人をぶっ飛ばして、その後そいつもぶっ飛ばす。そのつもりだったが、またしても俺の予想は覆された。


 禍々しい気配は確かに英雄だった。少し驚いたのは、そいつ等が喋った事だ。遠目でもわかる。奴等は爺さんを執拗に説得してた。そう命じられたからだろうけど、今までの英雄と違って理性的に見える。


 もしかすると、ちゃんと現状を理解した上で、クソ野郎に従ってる奴が居るのかも知れない。そう思った矢先だ、爺さんはとんでもない方法で、英雄を無力化しやがった。


「臭え! 目が痛え! 何だこれ! あのジジイ、何しやがった!」


 ありとあらゆる悪臭を集め凝縮したのを、思いっきり吸い込んだ辛さ。例えるなら、世界一辛い唐辛子を、目玉に擦り込んだ時の激痛。一瞬でも感覚器官の制御が遅れたら、俺も無残に転がってる英雄みたいなってた。


 それにしても、何キロ離れてると思ってる。広範囲に効果を及ぼすなんてよ。山を住処にしてる動物の半分は、ぶっ倒れてるぞ! まぁ、もう半分は逃げ出したけどな。

 全く何してんだよ爺さん。どうせ、村の周りに植えた植物の転用だろけどな、動物避けに植えた植物でも、濃縮すれば凶悪な効果を発揮するんじゃねぇのか?


 本当によくわからん爺さんだ。それに英雄共と和解でもしたのか? 禍々しさが完全に消えてるぞ! まぁ、それならそれで好都合だ。この際、仲間を増やすとしようじゃねぇか。


 そんな訳で、俺は爺さんの所まで移動した。移動っても大した事はしてない、ただ走っただけだ。そこに居たのは英雄と爺さんだしな。尤も仕返しする気は更々なかった。何せ、爺さんは俺に気が付いてたからな。


「はじめましてだな、爺さん」

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