第11話 遠乗り

 肉食動物から身を守る為に、一部の草食動物は体を大きく進化させた。馬はその最たる例ね、見上げるほど大きいんだし。実際は大人しい性格で、人間の言う事を聞くの。それ故に重宝されてきたわ。


 どんな大量の荷物を積んだ車両でも、沢山の人間を乗せた車両でも、その強靭な八本の足で軽々と運んでいく。一つ難点を挙げるとすれば、爪音が五月蝿い事かしら。その音のおかげで、小さな肉食動物は近寄らないんだから、悪い事ばかりでも無いかしら。


 エレクラはこれまで、人目につかない様に移動をしてきたから、馬車を新鮮に感じてるでしょうね。


 街から首都までの間には山脈があって、辿り着くには山道を進み、峠を越える必要があるの。普通の人間には困難な道程でしょう。それに、鬱蒼とした道を進むのは危険を伴うわ。

 

 平原よりも沢山の動物が山を住処にしている、当然ながら肉食動物の種類も多い。そんな所を進むのだから、いつ襲われてもおかしくないでしょう。

 その意味では、何台も連ねる様にして集団で移動するのは正解だと思う。彼が馬車を勧めた理由は、そこに有るのね。でも快適とは程遠そうに思えるわ。


 決して広いと言えない車内に、多くの乗客が詰め込まれてる。ただでさえ息苦しそうな上、ずっと座っていると腰が痛くなりそう。ガタガタと揺れてるし、吐き気を催してもおかしくない。


 数時間程度なら我慢は出来ると思う。でも何日もなんて耐えられない。辟易するわ。貴重なお金を払うのが勿体無く感じてくる。色々と尽きないけど、一番の不満は緊張感を欠片も感じない所ね。


 乗客が不満を零さないのは仕方無い。だって、そんな感情を持たないんだし。道中で居眠りをするのも仕方無い。危機感を持たないのだもの。しかし護衛役は別だと思う。


 全ての肉食動物が、馬を恐れてると思ってるのかしら。道中は馬車を囲む様にして馬に跨ってるだけ。野営の際には交代で見張りを行うはずだけど、焚き火を眺めて談笑してるだけ。周囲を警戒する様子が一切無い。

 

 これで役目が果たせると思うの? それとも襲われないと考えているの? 餌になるのを受け入れるの?


 多分、こんな疑問を持つのが間違いなんでしょう。彼らが仕事を全うしようと、アレの気分次第で簡単に殺される。そもそも、こんな心配が無駄なのね。


 エレクラ、まだまだ道程は遠そうよ。


 ☆ ☆ ☆


 あの子達はもう旅立ってる、早く合流して守らなれけば。俺はそれだけを考え只々走った。あの子達は希望だ、幾ら戻れなくても変わらない。


 俺が誇りを持って二十年を生きたつもりだ。だけど、欠片すらも希望が無ければ、ちっぽけな誇りなんか役に立たない。それこそ、命じられるままに動く人間モドキの方がよっぽどマシに思える。だから希望を守りたい、同時に不可解でもある。


 異端は必ず殺されたと、姉さんに教えられた。俺がそうした様に。実の所、それこそが理解出来ない。

 

 俺は妙な力のせいで、強くなったかもしれない。けれど、記憶を無くす前は、野良犬さえ殺せなかった。それは倫理観だの、自制心だのといった道徳的な何かじゃ無い。俺が身につけたのは、人を拘束する技術だから。


 喧嘩ならガキの頃に嫌って程やった。チンピラをぶちのめして、報復された事もあった。俺に報復した奴等は知っていたから、痛めつけられただけで済んだ。


 死の間際において生き物が発する力は恐ろしい。犬や猫だって同じだ。常に戦いの中に身を置く動物達なら尚更だ。故に命を奪う事は、そう簡単では無い。


 タガが外れれば別だ。昔に暮らしてた所では、毎日の様に事件が起きてた。但し、タガが外れ無くても殺しは起きる。殺すより恐ろしい事を平然と行う。


 知らないから怖い、だから攻撃する、だから心を壊して支配下に置こうとする。それは人間の性だ。人間モドキだって、本性は変わるまい。寧ろ、自我を奪われた人間モドキなら、命を奪うのを躊躇うまい。


 だけど、そんなチンケな奴に異端は殺されるのか? そんなに異端ってのは弱い存在なのか? 人間モドキと違って特別な存在じゃ無いのか? 特別な力を持ち、クソ野郎から人間モドキを解放する存在じゃ無いのか? 


 違うな、全て詭弁だ。納得しようとしてるだけだ。


 自分を誤魔化しても、逃げられはしない。わかってるだろ、俺はムカついてるだけだ。幼い子に希望を託すしか無い。ぶち殺すと思っていながら、クソ野郎を恐れている。そんな不甲斐ない俺に、ムカついてるんだ。


 まぁ、今更こんな簡単な事に気がついても遅いがな。俺は人間で、人間モドキとも変わらない。それでも、海中に隠れて揚げ足を取る連中や、それを傍から眺め笑ってる連中より、多少はマシな気がする。


 尤も、連中は知らないだろうがな。捌け口を作ってるのは何故か、そう仕向けているのは何故かを。

 クソ野郎も、元いた所の支配者達も、やる事は同じだ。人間の浅ましい姿を見て、湯悦に浸っているだけ。どっちも下らない。


 そして俺は、ビビって何も出来ないゴミクズだ。まぁゴミクズでも、それ以下よりは役に立つ所を示さなきゃな。それが出来なければ、誇り云々を言う資格が無い。そして今の役目は、あの子達の護衛だ。

 

 あの子達の居場所は理解してる。その理由は、姉さんのせいだ。その本人は、いまいち理解が不足してる様だが。


 このセカイは平穏なんだ。そう思えないのは蚊帳の外だから。只中にあれば、ここ以外に完全は無いとすら思えるだろう。そして、セカイを越える時に起きる揺らぎは、このセカイにおいて異常でしかない。二十年間も観測を続けたんだ、異常を察知する事はそう難しく無い。

 

 俺が出来る程度なら、他の奴にだって出来る。特に神様を気取る奴とか、狂信的な馬鹿とかな。


 だから馬車を勧めたんだが、わかってるのか少し心配だ。全く、頭が良いのか悪いのか。的外れな事を平気でやるのは、異端に作られた存在に共通した特徴なのか?


 姉さんと友人の皆さん、足を引っ張ってくれるなよ。どれだけ早く走っても、姉さん達が暮してた場所まで一日はかかるんだぞ。


 ☆ ☆ ☆


 山の中は危険だ、そんな所に足を踏み入れないだろう。しかし、何が起こっても不思議じゃない。それに、襲われる危険性は減らしておきたい。

 そう思った俺は、周囲に広く意識を向けて山道を進んだ。実際にガルムや他の群れと遭遇した。余計な時間を使ったが、少しは安全を確保出来たんじゃ無いか?

 

 戦いに意識を向けてた時にすれ違ったのか、子供達を見つける事なく姉さん達が暮らしていた所に辿り着いた。何も無い平原だ。こんな所に十年も住んでたなんて、一見しただけなら気が付かない。

 それだけ上手く隠れてたんだろう。流石は姉さんと言いたいが。手を抜くなよ、足を掬われる。


 この辺りをぐるっと円で囲む様に、やけに植物の生育がいい場所がある。『まるで何かに隔てられていたみたいだ、ここで何かが起きていたな』と、感のいい奴ならピンとくる。

 そんな些細な手掛かりから、多くの事実を解き明かしていく。それには特別な力なんて必要ない。俺が気が付いたのは、不思議な事じゃない。


 道中、あの子達と会えなかった俺が、他人の事をとやかく言う資格は無いけど。こんな痕跡を残す間抜けが、よく無事でいられたな。まぁ追ってくるのは、思考を停止させられた奴だしな。そこまで気を配る必要がないって事か。

 

 そういえば、ここから遠くない場所に畑らしいのが有ったな。何か特別な野菜でも育ててたか? やけに臭うのは、それが原因か? 畑に生ってるだけで臭う植物なんて有るのか? いや、有るんだろうな。


 俺は畑が気になり見に行った。そして呆気にとられた。旅立ってから一日程度のはずだ。その間に雨が降った様子もない。それなのに足跡が残ってない。だけど、畑の近くで野宿をした形跡は残ってる。


 あの子達は、狙われている自覚がないのか? それとも俺の考え過ぎか? 妙な技術を宝の持ち腐れとまでは言わないが、極端過ぎやしないか? あの子達は、何を教えられて来たんだ? 


 ただな、何もわかって無かったのは俺だった。異端の特異性も、あの子達が特別だって事もな。

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