第10話 再会と驚き

 今日もいつもと同じ。そんな事を思い、夕べ食べ残した肉を平らげる。そしていつも通り、辺りの観察を始める。

 別に覗き趣味が有る訳じゃ無いし、絶景に感動した事も無い。だけど、いつの間にか悪くないと思っていた。


 草を食む草食動物の群れ、遠くから狙いを定める肉食動物、これは何かの番組で見た光景よりも、圧倒的な感動が有る。逃げる、追う、それぞれが命懸け。それを目の当たりにし自然と胸が熱くなり、体を動かしたくなる衝動に駆られる。


 だけど今日はいつもと違った。ふと気が付くと、動物達が足を止め一斉に何処かを眺めている。

 視線の先に目をやると、空間が揺らいでいるのを感じた。俺は慌てて棒を握る。しかし、直ぐに警戒を解いていいとわかる。


 英雄ってのは酷く禍々しいみたいだ。かつての俺もそうだったらしい。そして動物は、人間には無い感覚を持ってる。


 仮に英雄が現れたとすれば、動物達は真っ先に逃げ出しただろう。だけど今この瞬間は、どの動物も様子を窺っているように見える。


 揺らいだ空間から人影が見える。その瞬間に、二十年の生活が終わったと理解した。

 

「はぁ、全くよぉ。呑気な面しやがって」


 俺は思わず独り言ちる。それもそうだ。やっと現れたと思えは、緊張感も無く深呼吸してる。

 そう見せかけて、全く油断して無かったりもするんだがな。相変わらずだよ、あんたはさ。


 街に向かってるみたいだし、ここは隠れて驚かそうか。俺の存在を忘れちまってるかも知れないしな。

 それはそれで腹が立つだろ。俺を探す仕草も無く、真っ直ぐ街に向かってるんだ。だから少しお仕置きと言う名の、力試しに付き合ってくれよ、姉さん。


 そう決めた俺は、気配を消したまま街に入った。姉さんの目的は想像がつく。

 これから本格的に活動するなら、この国の人間だって事を証明する必要が有る。所謂、戸籍登録に似たシステムだ。

 これが無いから俺は宿無しなんだ。どの道、人間モドキの仲間に成るつもりは無いがな。


 まぁ、そんな事はどうでもいい。ここにも役所が有って、魔法とやらで他の役所と繋がってる。地方の街で登録して、首都に向かおうって所だろ。

 どこまでが犯罪だかは知らないが、クソ野郎にバレなければどうでも良いだろ。

 

 だから、役所が見える辺りに隠れてれば、姉さんが来るって事だ。これでも元刑事だし、張り込み位は出来る。

 

 姉さんは、キョロキョロ辺りを見回すと、少しがっかりした表情をする。今更だろ、ここはそういう場所だ。それから姉さんは役所に入る。


 手続きに少し時間がかかったか? あんな場所に用がある奴が居るんだな。そして姉さんは役所から出ると、走って街外れに有る建物の影に隠れた。それに併せて俺も移動する。


 姉さんは、何かを警戒しているみたいに、辺りの様子を窺ってる。きっと英雄だな。クソ野郎にバレて、英雄が殺しに来ると思ってんだろ? あの手のクソ野郎は、そんなつまんねえ事を気にはしないぞ、多分だけどな。


 時間が経っても何も起こらないから、姉さんは安心したようだ。攻め時はここだ! 

 俺は背後に回って近寄る。気が付かれなければ、俺の腕が上がった証拠だ。


「よう、姉さん」

「えっ!」

 

 総毛立つ、それが最も適切だと思える。驚き、恐怖、それも大きいけれど、一番は後悔だった。

 英雄は来ない、そう思い込んで油断した。それが命取りだとわかっていたのに。

 私は瞬間的に死を覚悟し、その死を回避する為に全力で体を動かした。飛び退く様に反転して、素早く身構えた。

 しかし、目に飛び込んで来たのは懐かしい顔で、一瞬にして緊張が解ける。そして全身から力が抜け、思わずへたり込んだ。


「英雄様のご登場だぜ」

「タカギ? いつから居たの?」

「最初から」

「もう! 驚かさないでよ!」

「姉さんのそんな姿、かなりレアだな」

「それって、故郷の言葉だっけ?」

「あぁ、珍しいって意味だ」


 改めて見ると、タカギは前より鋭さが増した気がする。この場所で人々を守り、技を磨いて来たのね。ただのイタズラ小僧じゃなさそうね。

 それに私も、気を引き締めさせれた。ここは私達の戦場、一瞬でも気を緩めてはならない。


「無事で良かった」

「お互いにな」

「他の子達は?」

「他のってなぁ。魔窟に居る奴等と、連絡なんて取れるか!」

「確かに……、そうよね。無事で居てくれると良いけど」

「大丈夫だろ? よっぽどの事が無い限り、死にはしない」


 カーマは私の苦悩を理解してるから、この事に触れようとしない。前の異端はタカギが殺した、他の仲間もだ。その仲間達が命懸けで作った好機を、私はタカギを助ける事に使った。


 後悔は有る。未だに怒りでどうにかなりそうにもなる。私がもっと強かったら、仲間達を死なせずに済んだ。

 仲間達が生き返るなら、幾らでも悩む。だけど、それは不可能だ。私の後悔は、何の役にも立たない。わかってるけど、割り切れない。


 そして私は、タカギの洗脳を解いた事だけは後悔してない。


 あの日、タカギに取り巻く現状を説明した。タカギも自分の事を話してくれた。そして深く頭を下げ、こう言った。


「洗脳だか何だか、上手く飲み込めない。でも、あんたに救われた事は理解した。あんたの大切な仲間を俺が殺したのもな。だから償いがしたい」


 その言葉通りにタカギは、後続として現れた英雄と戦ってくれた。私だけなら、今頃は生きていなかった。カナとミサに会う事も出来なかった。

 

 それとタカギは、私達に様々な知識を齎せてくれた。恐らくアレは高度な文明を知りたくて、タカギや同郷の人達を拐ったんでしょうね。

 

「それより姉さん。俺はあの子達の護衛に着く」

「ありがとう。でも」

「わかってる。時間がかかるのは覚悟の上だ」

「ごめんね。あなたと同じ被害者は、引き続き探すわ」

「助かるよ姉さん」


 姉さんを見ると、あの時の記憶が鮮明に蘇る。今更ながら、怖くて体が震える。それを振り払う様に頭を振る。姉さんに余計な気を使わせたく無いからな。ドッキリとは別だ。


 それに姉さんは、俺に約束してくれた。失踪事件の被害者を探してくれるってな。もう刑事じゃないけど、誇りくらいは持ってても良いだろ? 

 ちっぽけなプライドだよ、捨てちまった方がいい位だ。そんなものが俺に一歩を踏み出させる。


「タカギ。わかってると思うけど」

「あぁ。あの子達には傷一つ負わせない」

「それと、英雄は極力捕まえて」

「取り調べか? あいつ等、ゾンビと一緒だぞ! 俺と一緒で、何も覚えてないし」

「それでもよ」

「難しい注文だが了解だ。クソ野郎の戦力も減らせるしな」

「よろしい。じゃあよろしくね」

「おう! 姉さんは気をつけてな。油断すんなよ」

「わかってるわよ!」

「そうだ姉さん、移動は馬車にしとけ。首都行きの乗合馬車なら、護衛がつくから」

  

 タカギは笑顔を見せると姿を消す。私は助言に従い馬車を探した。人と荷物が集まってるから、直ぐに見つかった。

 準備は出来ている。発破もかけられたしね。さぁ出発だ。

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