第9話 孤高の魂

 街の周りには平原が広がる。少し離れれば、肉食獣が草むらに身を隠し、草食獣を狙う姿が見える。

 そんな場所をのこのこと歩くのは危険だと、誰もが理解してるだろう。それでも週に何人かは死人が出る。まるで、間引きでもする様に。


 別に死んで行く奴らは、人間じゃない。だから、それほど悼む気持ちになれない。でもこの現状を胸糞悪いとは感じてる。


 街には城壁が無い、堀も無い。だからといって、街中に動物が入り込む事は無い。結界が有るから、鳥でさえも街に入れないって寸法だ。下ろしたてのシャツに、糞を落とされる心配も無い。


 快適だろ? 要するに、『壊されたくなければ、結界の中で大人しくしてろ』って事だ。まぁ人間モドキに、何を言っても無駄だけどな。


 未だに、これが夢だと思う事が有る。目を覚ましたら、失踪事件を追ってるんだ。たまに家へ帰りビールを煽りながらテレビを眺め、『警察には頑張って欲しいですね』なんて無責任な事を言う、馬鹿なコメンテーターの悪口を言うんだ。


 でも、これは現実だ。夢でも物語の中でも無い。幾ら頬を抓っても、幾ら願っても、元の生活には戻れない。

 そうじゃ無ければ、気が付いたら見知らぬ場所に居て、訳のわかんねぇ声が聞こえて、それからの記憶が全く無いなんて馬鹿げた話しを、誰が信じる。俺でさえ、信じられない気持ちでいっぱいだ。


 おまけに気が付いた時には、俺の全身は血塗れで、大勢の人間モドキが倒れてた。記憶が無い間に何をしてたかは、俺を救ってくれた美人の姉さんが教えてくれた。


 そんなのを聞かされた所で、勘弁してくれとしか言いようが無い。だから、自分に言い聞かせた。洗脳されてたから仕方無い、人間モドキだから殺人じゃ無いとな。


 でも、そんな事をしたって事態は変わらないし、時間が巻き戻せる訳でも無い。だから認めるしか無い。幾ら理解出来ない事ばかりでも。


 例えば、あの辺りに潜んでる狼、正確にはガルムって名だけど、人間の倍以上もでかい狼は図鑑でも見た事が無い。他の動物も似たようなもんだ。

 俺が無知なのは認める。でも俺の無知は、この現実が有り得ない事を証明しない。


 今も腹を減らしたガルムが、草むらに隠れてる。草食動物だけでは、腹が満たされなかったんだろうな。そいつが見ているのは、街道と言う名の畦道だ。


 体がでかいから、ぱっと見で居るのがわかる。でも、気が付いた時には、頭を噛み砕かれてる。

 ただし、わざわざ食われに来る人間モドキは、別に馬鹿なんじゃ無い。奴らは姉さんに救って貰う前の俺と同じだ。


 最初は高度なAIかと思った。喋るし、笑うし、悩む上に恋もする。だけど、話しが噛み合わない時が有る。そんな時に違和感を覚える。


 如何に人間らしく喋ろうとも、情感たっぷりに語ろうと、薄っぺらく感じる。心が籠って無い様に思える。

 内心では『キモブタ共め』と蔑みつつ、ファンにはとびっきりの笑顔を見せるアイドルにも似てるかな。


 別にアイドルを馬鹿にしてる訳じゃない。裏表の差が激しくてもいい。その方が人間臭いと思う。

 人間モドキは違う、人間臭さを感じない。多分、欲が無いんだと思う。腹が減っても、飯をよこせと暴れない。それは、高潔とか悟りを開くとか聖人みたいな感じじゃ無い。


 冒険物のゲームで仲間になってくれるキャラクターや、アニメのキャラクターってのと同じなんだ。

 声優が声をあてて、さも生きてる様に感じても、結局は絵なんだ。偽物なんだ。


 だけど姉さんは、俺に人間モドキを助けて欲しいと言った。俺だって多少の後ろめたさは有る。だから、日々ガルムや他の肉食動物を狩っている。


 実はそれも、最初は実感が湧かなかった。こういう駆除みたいなのは、専門家がやるもんだと思ってた。

 俺は逮捕術を習ったし、射撃訓練を受けた事は有る。だけど、実際には訓練の様に上手くは出来ない。銃に至っては、訓練の時しか撃った事が無い。

 元警官は何のアドバンテージにもならず、狩りに関しては素人以下のはずだった。


 記憶が無かった時に、俺の中で何かが変わったみたいで、やたらと体が軽い。オリンピックに出たら、全ての個人種目で金メダルを取れる自信が有る。その方が英雄っぽいな。それこそ夢物語だけど。


 なんて言うか、チーターと同じ速さでは絶対に走れない。大人を軽く飛び越える程ジャンプも出来ない。そんな有り得ない事が起きたら、怖いと思うのが正常だと思う。だけど、それが出来ちまう。


 だからガルムを狩るのだって難しく無い。走ってる時は、獲物に集中してる。そこに横から突っ込んで、首元にナイフを突き立てるだけ。


 ガルムの皮膚は硬く無い。仕留めるのはナイフで充分。死骸を放置して置くと、他の肉食動物が集まってくる。むさぼってる所に忍び寄る。後は棒でぶっ叩けば狩りの終わりだ。


 我ながら、もう少しスマートな方法が無いのかと思う。でも沢山の獲物を狩る時は、これが一番早くて楽なんだ。

 棒を使えば、岩でも何でも叩き割れるからな。多少皮膚が硬い獲物でも、簡単に倒せる。小さければ、殴る蹴るの方が早いけどな。


 言い訳かもしれないが、狩りをするのは個体数を減らすだけ。他に獲物がいれば、人間モドキが襲われ辛くなる。不必要な殺生は必要無い。


 それに、総じて動物は賢い。種を保存する為に、人間より遙かに早く進化を遂げる。

 もしかしたら人間モドキに期待するより、動物達が喋り出す方が早いんじゃ無いか? そんな下らない事が頭に過る。


 肉食動物は、俺の存在を認識している。狩りの間も常に俺を警戒しているフシがある。

 街道を通る人間モドキを狙うのは、狩りが上手く出来ない個体だ。そんな個体の餌になろうとするんだから、人間モドキは悲しい生き物だな。


 中には俺のせいで、狩り場を変える種も現れた。そいつらは他の肉食動物と縄張り争いをする。争いの中で知恵を付け、戦いの技を磨く。いずれ恐ろしいハンターになるだろう。


 そんな光景を眺めて一日が過ぎる。他にやる事が無いからな、俺は狩人より学者になれるかもな。本物の生物学者からは『馬鹿にするな』と言われそうだけどよ。


 それとな、俺は不法滞在みたいなもんだから、ずっと街の外で暮らしてる。外の方が、周りの状況を掴みやすいって理由もある。老化が止まったのも、理由の一つだな。


 体が変化した時だと思うが、俺は老けない化物になった。記憶が無い間が何年かは知らない。少なくとも姉さんに助けられてから二十年は経った。

 

 呼ばれ方が、おっさんから爺さんに変わる位の年月だ。変わらないのは不自然だ。きっと人間モドキは、疑わないんだろうな。街の風景も変わらないんだし。


 でも、不用意な行動は避けるべきだ。そうは言いつつ、たまには街に入る。主に情報収集と飯、それと風呂だな。

 都合が良い事に、銭湯みたいな公衆浴場が有る。人間モドキコミュニケーションを図るには、絶好の場所だ。

 

 俺の二十年は、何も起きなかった事の確認だ。人間は貪欲で、満たされる事は無い。そして、余裕が出来たら他人を攻撃して、愉しむ様になる。

 人間モドキには欲が無い。今が充分だから、変化が無くても飽きはしない。傍から見てると、何が幸せなのかわからなくなる。知らなければ幸せって事だ。


 だけどな、英雄だけは絶対に認めない。英雄なんてクソだ。ひたすら破壊を続ける道具だ。

 人間モドキだから、好き勝手に操って、好き勝手に殺すのか? 俺みたいな凡人には、こんな社会を創った奴の考えはわからない。

 

 未だに俺は信じてる。連続失踪の被害者は、セカイの何処かに居る。俺と同じ様に何かをやらされてる。

 今更、元の場所に戻っても、浦島太郎と一緒だ。元の生活には戻れない。


 俺はもう刑事じゃ無い。無職の宿無しだ。だから、失踪事件に拘る必要が無い。でもな。


 神様気取りのクソ野郎! 絶対にてめぇをブチ殺してやる!

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