第12話 謎のおじいちゃん

「ねぇミサ。何か見えるよ!」

「なに?」

「建物っぽい。ミサも見てよ」

「わかった」


 親指と人差し指をつけて輪っかを作ったら、にょ〜っと力を込めて覗くと、少し遠くの景色がはっきり見えます。残った指で輪っかを小さくすると、更に遠くが見えます。この時に、片目を瞑ると見え易いです。これが遠目の魔法です。


 実は、お昼頃の事です。ご飯を食べて休憩していたら、周りの景色が変わっていたんです。山が現れました。突然です、ぐぉって。


「カナ。そんな訳ない」

「そう?」

「私は少し前から気がついてた」

「凄いね!」

「凄くない。カナは風景を見てる様で見てない」

「そうかな〜」

「そう」


 ミサがそんな事を言うので、私はじっくりと景色を見回します。すると、なんて事でしょう。山間に、ぼんやりと何かが見えます。よく見ると、建物っぽいじゃないですか。


「人の気配がするね!」

「そうかも」

「えっしゃ〜! 行くぞおら〜!」


 そんな訳で気が付いたら、私は走ってました。ミサが追いかけて来るので、捕まらない様に逃げました。珠玉の逸品、凄く速く歩ける靴が、大地を切り裂きます。


「カナ、切り裂いちゃ駄目」

「あれ? もう追いつかれた?」

「いきなり走らないで」

「アハハ、ごめんね〜」

「悪い人が住んでたらどうするの?」

「悪い人って?」

「例えば山賊」

「おぉ! でも山賊は山に住んでるじゃない?」

「そうとも限らない」

「それじゃあ、ワクワク強盗団?」

「ワクワクしないの!」

「大丈夫だよ〜、そんなの居ないよ〜」

「可能性の話」

「そうだね。慎重に突撃しよう!」

「突撃は慎重じゃない!」


 ミサが心配性だから、建物の辺りをもう一度見ます。走ったから、だいぶ近付いてます。さっきより、はっきり見えます。

 やっぱり人が居ます。おじいちゃんです。背中が丸まってます。杖をついて、体をプルプルさせてます。

 他にも人が居るかなって、奥を見ようとしたら、おじいちゃんと目が合った気がしました。

 

「ねぇ、ミサ」

「カナ! 目を離しちゃ駄目!」


 ミサの声に驚いて、私は慌てて建物の辺りに視線を戻しました。ビックリです、おじいちゃんが居ません。


「カナ。私の後ろに隠れて!」


 カナは利き腕で、大っきな包丁の柄を掴んでます。逆の手で、私を庇ってくれます。私はグルンと見回して、おじいちゃんを探します。


 少しして、さっきのおじいちゃんが、走ってるのを見つけました。物凄い速さで、こっちに向かって来ます。真顔なのが、ちょっと怖いです。私はミサの後ろに隠れました。


「カナ。まだ見てる?」

「おじいちゃん、凄いよ」

「危険だから、カナは隠れてて!」

「ミサは?」

「危なくなったら逃げる。いいね?」

「うん」


 どんどん近付いて来ます。あんなにプルプルしてたのに、背中も丸まってたのに、びしっとなってます。走る姿はちょっと格好いいです。不思議なおじいちゃんです。少し面白くなってきました。


 あっという間に、目の前まで迫ってきます。おじいちゃんは、物凄い速さで走ってたのに、私達の何歩か先でぴたっと立ち止まりました。凄いお年寄りです。腰とか色んな所の骨が、折れないのかな?


 そんな事より後一歩でも近付いたら、おじいちゃんは大っきな包丁の餌食になってたでしょう。

 良い走りのおじいちゃんは、命の危機から逃れました。


 そしておじいちゃんは、ドンって音をさせて杖を突きます。それで、カッと目を見開いて、話し始めました。


「おじょ〜さんたち〜はぁ〜、たびぃ〜をしてるぅ〜のかなぁ〜」


 おじいちゃんは、話すのが遅いです。背中を丸めてプルプルしてます。さっきの走りが嘘みたいです。


「たびぃ〜のおかた〜かなぁ〜。おじょ〜さんたち〜わぁ〜、たびぃ〜をしてるぅ〜かなぁ〜」


 繰り返してます。変なおじいちゃんです。ミサは警戒してます。まだ大っきな包丁の柄を掴んでます。いつでも、バッサリ出来ます。おじいちゃんの危機再びです。


「おじょ〜さんたちはぁ〜」

「おじいちゃん。どうしたの?」

「カナ。答えちゃ駄目!」

「なんで?」

「あれは山姥! 人を食べる!」

「おじいちゃんだよ?」

「答えた隙に、手足を食べる」

「食べられてないよ」

「そうじゃ〜、せんよ〜」

「しないって言ってるよ」

「助けてぇ〜くれぇ〜んかのぉ〜」

「ん〜、いいよ。何をするの?」

「駄目! カナ!」

「たすぅ〜けて、くれぇ〜んかのぉ〜」

「ねぇ、ミサ。このおじいちゃん、なんか変だよ」

「山姥! カナに近付くな!」


 困りました。ミサは怖い顔して臨戦態勢だし、おじいちゃんは同じ事しか言わないし、何かキーンって音がするし。この音は何だろうね? 


 このおじいちゃんは、人を食べないよ。多分だけど。私の勘は、たまに当たるんだ。

 でもさ、このおじいちゃんは役立たずっぽいよ。建物の辺りまで行かないと、駄目っぽい気がする。


 だってね、事情がわかんない上に、ミサの大っきな包丁が火を吹きそう。どの道、ミサが冷静になってくれないと、どうしようも無いね。

 う〜ん、おじいちゃんに帰って貰おうか? お願いしたら、帰ってくれるかな?


「あのね、おじいちゃん。帰って貰えないかな?」

「たゃ〜すけてぇ〜、くぅ〜」

「うん、わかってるよ。後から行くね。だから先に帰って」

「そ〜か〜」


 一先ずおじいちゃんは、体をプルプルさせながら、ゆっくりと歩いていきます。本当に、さっきの走りは何だったんだろうね? ミサが睨むのも、無理ないよね。


「駄目だよ! その前に、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「気にしない。それより、山姥は危険」

「そう? 大丈夫だと思うよ」


 おじいちゃんが帰っても、ミサは心配性のままです。そして少し変です、地面に手を添えてます。

 暫くしてミサが立ち上がります。そういえば、キーンって音が消えました。ミサが何かしたのかな?


「もう! カナの呑気!」

「そうだね〜」

「本当に行くの?」

「ミサも一緒に行くでしょ?」

「当り前!」

「ありがとう、ミサ」


 まあね、何に困ってるのか全く理解出来ないけど、約束したし早く行かないとさ。そんな訳で私達は、早歩きで建物へ向かいました。


 ようやく遠目の魔法を使わないでも、建物辺りの様子が見える所まで来ました。パッと見た限りは、十棟位の建物がまばらに立ってます。奥にはもっと有るかもね?

 建物は屋根が藁、後は木で出来てます。でも村の建物より丈夫そう。

 おっと違うんだよ、建物には特に違和感が無いのさ。おかしいのは、おじいちゃん達だよ。


 一番手前の建物辺りに、おじいちゃんが杖の代わりに鍬を持って、でんと構えてます。おじちゃんって、実は杖が要らないんじゃない? 何者なんだろ?


 そして、おじちゃんとおばちゃん? 数人が、おじいちゃんを取り囲んでます。おじいちゃん以外は、怪我でもしたんでしょうか? 布みたいな物で、腕を固定してます。


 流石に話し声までは聞こえないけど、何だか険悪な雰囲気です。一人のおじちゃんが、捲し立ててる様に見えます。

 私の頭が危険だと騒いでます。私の心は何だかワクワクしてます。ちらっと横を見ると、ミサが訝しげな顔をしてます。


「ねぇミサ」

「もう遅い」

「何が?」

「もう、巻き込まれてる」

「そっか〜」

「だから言ったのに。カナのバカ」

「ミサ、ごめんね〜」

「今からでも、遅くない」

「さっき、遅いって言ったよ」

「知らない」

「ミサが面倒な子になったよ」

「大丈夫、私がついてる」

「心配だよ」


 ちょっと後悔してます。ミサが言うほど危険な感じはしないけど、厄介な予感がします。きっと、面倒くさ帝国の門番くらい面倒そうです。

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