第5話 みちくさくさまつり

「平野でえいやぁ!」

「カナ。駄洒落になってない」

「あれれ? ミサはまだ泣き虫さん?」

「違う」

「じゃあ、寂しがりやさん?」

「違う」

「じゃあ。手、繋ぐ?」

「うん」


 ばあちゃんとお別れしてから、ずっとこんな感じです。わかるよ、まだばあちゃんの温もりが残ってるんだもん。だから、余計に寂しくなっちゃうの。

 

 ずっと、ずっと、ず〜っと、我慢してたの。特にミサは、私の分まで我慢してたと思うの。

 私は直ぐに泣いちゃうから。ぶわって言っちゃうから。ミサは頭が良いから。色々と察しちゃうから。我慢させちゃった分だけ、甘えてもらうの。


「今だけだぞ〜」

「駄目」

「アハハ、大丈夫だよ〜」

「カナの手、温かいね」

「燃える女やけん」

 

 うつむいてグスってしてるミサは、かなり可愛いです。頭を撫で回したくなるんです。

 良いんだよミサ。私の燃え盛る情熱的なやつが、ミサのしょんぼりをジュってしてあげるからね。

 でもね、ミサが俯いてると困るんです。ここは見渡す限り原っぱだから、どっちに向かえば街に着くのか、全くわからないの。


 私は、一人でお散歩に出ると、家に帰れた事が有りません。大抵ミサが、迎えに来てくれるんです。たまに、ばあちゃんがヤレヤレって顔して来ます。

 一人でお出かけ禁止って言われてたけど、止められないんだなコレが。


 ばあちゃんと離れて寂しいけど、そんな事ばっかり考えてちゃ駄目だもん。だって、お空はこんなに晴れてるし、風さんは気持ちいいし、絶好のお散歩日和だもん。

 きっと、お空と風さんが応援してるんだよ。だから、のんびり歩こうね、ミサ。


 私が適当に歩いていると、たまにミサが手をひっぱります。流石はミサ、ちゃんと方角がわかってるんだね。でもさ、ず〜っと、ず〜っと景色が変わらなかったら、飽きちゃうね。


 そんな時に、ミサはやってくれます。そう、こんな風にね。チョロっと横を向いて、じって何かを見て、そしてぷ〜んって。おぅ、私も気が付いちゃたよ。


「カナ、あれ!」

「クサクサ草だね。群生してると、臭いも凄いね」

「採る?」

「でもな〜、臭いしな〜」

「乾燥セットは?」

「二種類有るよ。背負うのと吊るすの」

「背負うのは嫌」

「そうなんだよ〜。虫除けになるけどさ〜」

「リュックに入れる?」

「いやいや、ミサさん! 服が臭くなるぜよ!」

「もっと嫌、ぜ〜ったい嫌」


 でもね、うちのミサは、転んでもただでは起きない子なんです。クサクサ草の向こうに、何か見つけた様です。可愛く指を指してます。


「カナ、見て」

「なぁに?」

「カナが変」

「なにが?」

「お姉さんぶってる」

「今は、私がお姉さんなんだよ〜」

「私の方がもっとお姉さん」

「それよりもさ、凄いね」

「うん」


 こんな所に、色んな薬用の植物が生えてました。お薬にしてよし、お料理に加えてよし、怪我もお熱も腹痛さんも治っちゃいます。

 それよりも、こんな所に何と!


「豆だね」

「いやいや大豆だよ!」

「腐らせると毒になる」

「それはちょっと違うのだよ、ミサちゃん」

「何?」

「カーマの錬金書第十一章二十八項、お味噌とは!」

「おぉ、お醤油も?」

「ふふふ、ミサちゃん。本命はこれだ! 三十二項、お豆腐とは!」

「あんま味のしないやつ」

「美味しいよ、美味しいんだよ」

「はいはい」


 ミサはわかってないんです。あの味わい深さを、主張し過ぎないからこそ、色んな食材と合わせられる事を。お出汁や調味料を吸って、更に美味しくなるんです。錬金書より。


「豆も採る?」

「いいの? 誰かが育ててたんじゃない?」

「それは問題ない。これ見て」


 ミサが指をさした方には、倒れて見えなくなった看板が有りました。そこには、「エレクラの畑、盗んだらお仕置き」と書いてました。


「エレクラさんの畑だよ? お仕置きって、何か怖いよ!」

「違う、ばあちゃん」

「おぉ。ばあちゃんはエレクラさんだったか!」

「採り放題」

「ふふふ、ばあちゃんめ。秘密の大豆を横取りだ〜!」


 私がカバンから乾燥セットを出してる内に、ミサの大っきな包丁が火を吹きます。

 大豆の枝をバサバサ切って、放り投げてきます。薬草は葉っぱと種を千切っては投げ、千切っては投げ。もう、そんなに投げても取れないよ。


「カリノカ草は、根っこを抜いてね」

「わかってる」

「え〜っと、あとはね」

「カナ、落ち着いて」


 大豆はともかく、薬草は色んなのが群生してるから、私もちょっと混乱中です。そこで大活躍の錬金書! すっごく万能だね!

 因みに、特殊な文字で書かれてるから、普通は読めないそうです。私は読めるけどね、ばあちゃんに教えて貰ったし、もしかして私って凄い?


「凄いのは、ばあちゃん」

「もう! ちょっと位はいいじゃない!」

「私も読めるよ」

「ミサは頭が良いもん!」

「それ程でも、ふふ」

「あ〜、ずるいよミサ! 私もフフンってしたい!」

「カナは、手を動かす」

「わかってるもん!」


 ミサが採って、私がちょちょいと。うんうん、流れるような連携だね。いいね、最高だね、そして日が暮れるね。え?


「ミサ、大変! お日様が!」

「うん。綺麗」

「おぉ、そうだね」


 お日様の優しい光が、緑の大地を橙色に染め上げる。赤いお空は反対側に向かって、少しずつ色を変えて黒く変わっていく。ここには遮るものが無いから、夕暮れはとっても綺麗ね。

 たださ、見惚れてる訳にはいかないのだよ。お泊りの準備をしなきゃ、あっという間に暗くなっちゃう。

 

「そんな訳で、ミサ。お泊りの準備をしよう」

「うん」

「ミサは、地面に木の棒を刺して」

「丸? それとも四角?」

「任せるよ」

「じゃあ丸ね」

「ちょっと長めの棒には、クサクサ草を入れたカゴを吊して」

「虫除け?」

「そうだよ〜」


 私は意外とやる子なのです、野宿のプロなのです。ばあちゃんに内緒で、お外で寝た事が何度も有ります。でもね、目が覚めるとお布団が有るの。あれは誰がかけてくれたんだろう?


「ばあちゃん」

「そうなの?」

「そう」

「それよりミサ、準備は終わった?」

「終わった」

「じゃあ、いくよ!」

 

 ミサが私達を中心にして、円形に棒を刺してくれたので、それを手がかりに透明の膜を張ります。透明の膜には、クサクサ草の臭いを付けます。


「お家よお家よ、出ておいで〜。みそカツ、ヒレカツ、三倍だ〜。は〜やくしないと食べちゃうぞ〜。さ〜て、結界さ〜んの完成だ〜!」


 あのね、村の外は夜になると血を吸う虫とか、病気を持ってる小さな動物とかが、元気に動き出すらしいの。

 寝てる間にガブってされたら困るもんね。だから入って来ない様に膜を貼るの。見えないお家みたいな感じかな。

 それと膜は、虫が嫌いな臭いを放ってるから、近寄っても来ないの。おまけに朝起きたら、クサクサ草が乾燥してるの。錬金書に載ってた、生活の知恵ってやつだよ。


「カナは詠唱が適当過ぎ」

「ふっ、私は出来る子ですから!」

「もっと錬金書の真髄を知るべきなの」

「ん? 汚れないし破けないし燃えない、すっごい本でしょ?」

「それに、分厚くて重い」

「持ち歩くの大変だよね」

「だから盾にする」

「おぉ! でも、貴重な本だよ。怒られるよ」

「武器にもなる」

「怖いよミサ! あれでぶったら痛いよ」

「そして枕」

「今度は首が痛くなるね」

「有効利用。カーマ大先生も喜ぶ」

「カーマさんを知ってるの?」

「ばあちゃんの友達だって」

「凄いね! 流石ばあちゃん」


 本当に凄いのは、ばあちゃんじゃなくてカナ。あんな詠唱だと、魔法は発動しない。多分、カーマより凄いかも。

 カナは頭が良いのに、たまにお馬鹿さん。凄いのに、あんまり凄くなく見えるから凄い。でも調子に乗るから、褒めてあげない。


「ねぇミサ。お夕飯作ってる間に、残りのを乾燥セットに入れといて」


 なんか、ばあちゃんみたい。やっぱ調子に乗ってる。褒めてあげない。

 

「オムにしてくれたら許す」

「いいけど、何を許すの?」

「カナの。……何でもない」

「なに? どうしたの?」

「何でもない」


 本当はね、凄く頼りにしてる。ばあちゃんと別れるのが寂しくて、泣いちゃった時に手を握ってくれた。凄く嬉しかった。

 私は口下手だから、これから先は凄く苦労すると思う。でも、カナが居てくれる。

 カナが苦手な事は、私がやる。カナが困ってる時は、私が助ける。だって、大好きだから。でも、今日は照れくさいから言ってあげない。


「せっかくだから、薬草を使ったシチュー作るよ」

「オムは?」

「アハハ、オムも作るよ〜」

「うん」

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